その九十五 エゴイスティック
「……来たわね」
宿を抜け出し少し進んだ先。
真っ白な花が生る原っぱの上にケイナはいた。
まだ空には月が高く上がっている。
「そりゃ呼ばれたので。何ですか、果たし状って」
「そのまんま。果たし合いを所望したの……そういえば、前もこんな感じで呼び出したことあったかしらね」
「その時に待ってたのはミヅキでしたけどね」
生徒になって間もなかった、いつかの出来事。
まだ、リリナもタリムもワタシの隣にいた頃の事だ。
「あの時はアンタのこと得体の知れない奴だって思ってたわ……けど今は違う。見え透いてるわアンタの魂胆」
「私の何が見えてると?」
「アンタ、1人で行く気なんでしょ」
「……なんの話か」
「しらばっくれないで。1人で仇討とうって、また1人で危ないことしようって考えてるんでしょ」
「それは……私_______________」
紡ごうとした言葉は、投げられた剣で遮られた。
「取りなさい。いつかのリベンジよ」
「これは……」
「白帝で生成した長剣。欠けないし、よく切れるわ」
ケイナの手にも握られた白銀の剣が月光に妖しく光った。
いつかのリベンジ。その言葉に再び過去を追想する。
「あの時は実習でした。こんな剣で斬り合えば、お互いただではすみませんよ」
「アンタは大丈夫でしょ……あと、ここからは敬語禁止。じゃなきゃ返事しないから」
「いや、待ってく_______________」
言い切るよりも早く、剣戟は始まる。
振り下ろされる刃には遠慮も容赦もなかった。
「待ってください!こんなのする意味が分かりませんって!」
「……フン」
「っ、待て!この勝負に何の意味がある!」
「意味?無いわよ。アタシがアンタを気に入らない、それだけよ!」
困惑しながらも攻撃をいなし続けた。
力も、技術も、やはりミヅキには劣っている。
ワタシには何もかも敵っていない。
本人は気づいていながら、それでも剣を振り続けた。
「アタシは、アンタが拒んでも着いていく気よ!どこへ行こうと、何をしようとね!」
「馬鹿なことを!私の望みはリリナの復讐だ!あの新魔王軍の本拠地に、攻め入ろうとしているのだぞ!」
「はっ!やっぱりね、予想通りだわ」
「死にに行くも同然。まだ、王都に追われていた方がマシだ!」
「_______________!!」
しつこく振るわれる剣に、思わず切り返した。
ケイナのものとは比にならない程に重い一撃。
人間1人の体重など軽く吹き飛ばした。
「うっ、いったぁ……」
「あ!……っ、お前のような弱者。すぐに殺されて終いだ!ただの足でまといなのだ!」
「弱者……ふ、ふふ。人1人死んだくらいで気後れしてるアンタよりは強いつもりよ」
足を震わせながらも、ケイナは立った。
その瞳には微塵の恐怖もない。
あったのは、何かに対する不満のみ。
「死ぬ?それも承知でついて行ってやろうって、言ってんの」
「承知のわけがない。死だぞ?怖いだろ、怖くないわけがない!」
「うっさい……うっさいうっさい!この鈍感!意気地無し!」
「なっ、そんな言葉で私が引くと思ってるのか!」
「思ってるわよ!アンタ何百も生きてるんでしょ!そのクセして、人の死をズルズル引きずってるんでしょ!この、根性なし!」
「っ……何が、この、天の邪鬼、短気女が!」
「この弱虫!臆病者!腰抜け!」
月下の元、手当り次第の罵詈雑言をケイナに投げた。
対するケイナも同じように、思いつく限りの毒を吐いた。
まるで子供の口喧嘩だ。
「この_______________魔王のくせに、なに他人を気遣ってんのよ!」
「魔王の、くせに……魔王で、魔王で何が悪い!」
魔王のくせに。
その言葉が一番、今のワタシに刺さった。
去り際にタリムが言った。
『昔から憧れだった貴女には、嘘でも……己のためだと言って欲しかった……』
「リリナの、友を慈しんで何が悪い!友の死を弔って何が悪い!私が、私が魔王だからか!」
「私だって望めるのならマリのように生きたかった!魔王としてではなく、人間として、学校の一生徒として、お前らの友として!」
別れ際、リリナは言った。
『_______________サヨナラ。私の、大好きな』
「あんな思いをするくらいなら、こんな強大な力など要らなかった!私など、いなければよかったんだ!」
「私がいなければこんな騒ぎにならなかった!私がいなければお前らを、危険に晒すこともなかった!」
気づけば一心不乱に剣を振っていた。
実に粗野に、野暮ったく、雑な剣さばき。
技もへったくれもないその攻撃を、ケイナはただ受け止めていた。
「だから死にに行くの?そうやって、1人で何もかも投げ出して」
「私の命を犠牲に新魔王を打ち倒し、人の世を泰平にできるなら!……だとすれば、十分だろ?」
「人の世なんて大層なこと、考えてないくせに」
「だからなんだ!いい……もう、いいんだ」
飛ぶ鳥が高度を落とすように、剣は徐々に勢いを失っていき……果てには止まった。
仇も、王都も、魔族も、その友すら、ワタシにはもうどうでもよかった。
もう苦しまずに済むなら……。
「こんの、馬鹿後輩!!」
無慈悲なビンタがワタシを襲う。
「うがぁ!!」
バランスを失い、地へと転がった。
その姿を見下ろす、ケイナの瞳は変わらない。
何も認めていない目だ。
「魔王、だからなに?アンタはアンタのやりたいことやればいいじゃない!人間大虐殺とか!王都大崩壊とか!」
「そんな、自分勝手な……」
「自分勝手でいいのよ!人間や魔族がそうしてるのに、魔王のアンタがしたらダメなんて無いの!」
ケイナはいつの間にか剣を投げ捨てていた。
剣を持っていた手は、ワタシを強く指すのみだ。
「アンタに着いていくの、アタシは怖いと思ってるわ!」
「……え?」
「でも、これは口で言ってるだけ。本当に思ってることなんてアンタには分からないわよ!」
「誰かのことを完全に理解するなんて、他人のことを考えるなんて不毛!だから、誰かのためじゃなくてもいい!アンタがやりたいことをするの!」
「私の……」
「気に入らないんでしょ?好き勝手やってる魔王軍がムカつくんでしょ?ならぶっ飛ばしてやればいいの!」
「アタシみたいに、ついてくる馬鹿を利用して、いくらでも好きにやってみなさいよ!マリ・イルギエナァ!!」
横暴だ。
人間は社会を築ける生き物だ。
自分勝手が何でも通るわけではない。
それなのに、エージェントという身の女がこう言っているのだ。
暴論、だが不思議と反論する気にはなれなかった。
「ケイナ、私は_______________」
スっと軽くなった胸の内。
立ち上がろうと手を伸ばした。
「うおおおらああぁぁ!!」
だが、ケイナの鉄拳がワタシを殴り抜いた。
「ぐおっ!お、おい、待て、今は、そういうのでは、無いだろ!」
「言ってたらムカついてきたぁ!剣の次は拳、第2ラウンドいくわよぉ!!」
「待て、ふざけ_______________」
月の夜、星々の空を背景にワタシ達は殴り合った。
力も理屈もそこには無い。
ただの純粋な、洗練された想いだけがそこにはあった。
後日。
気づけば朝、野原の上で横になっていたワタシとケイナは肩を組みながら宿屋に戻った。
_______________3度見する一同の反応がただただ愉快だった。




