その九十四 果たし状
「ささ、遠慮せんとジャンジャン食うて下さい!」
「……なんだこれは」
とある宿屋にて、大量の料理を前にしている。
謎の男をねじ伏せた後、ワタシ達は何故だか男に案内され、宿屋にてもてなしを受けていた。
「それ?肉と野菜を炒めたものだと思うわよ」
「いや、料理についてじゃなくてだな……」
「マリ様!どうですか僕の料理!お口に合いましたか?おかわりが必要ならいつでも言うてくださいね!」
腑抜けた面の男に思わず嘆息する。
この訛りが強い男の名はハーミル・セイヴハート。
何でも、セイヴハート分家の者であるらしい。
つまり、ワタシやマインを本家の人間だと思ってもてなしているのだ。
それもあってか、機車のことは不問としてくれていた。
「姫、それ食べないなら私にくれます?」
「だーれが姫だ。アタシのよ。絶対やんない」
「あ、レイミ。これ、食べてみて。おいしいよ」
「ボクのこれ!おかわり!おかわりくださーい!」
「酒!酒だ!酒!」
それぞれが出された料理に舌づつみを打っている。
今日は皆色々あったからか、目の前の美食に目を奪われている様子。
ワタシは周りの雰囲気に流されないよう、黙々と料理を口にしていた。
「どうですマリ様。気に入ってくれました?」
「あー、まあ、食べられなくはない」
「えらい雰囲気変わりましたねえ。前はもっとふわぁ、って感じでしたのに」
「気にするな。人とは変わるものだ」
ハーミルはゴマをすりながら何度もワタシに話しかけてくる。
どうやら幼い頃、マリに会ったことがあるらしく、その時に一目惚れしたとか何とか。
そんなヤツをワタシが気にいるわけがなかった。
「いやー、残念!本当は本家の当主さんにも僕の料理食うてもらいたかったんですけど」
「しょうがない。お父様は今日の長旅でお疲れだ」
「部屋で毛布に包まれてましたけど、そんな大変な旅やったんです?」
「ああ。ちょっと道中で魔族の群れに襲われてな……ここには野暮用で来た」
「へえ……それにしてもマイン様や、妹さんおったんですね。いくつになります?」
「14歳……って、いい加減食わせてくれないか?」
露骨に嫌そうな顔をするとハーミルはそそくさと退席した。
本家に取り入る気なのか、マリに気に入られる気なのか、はたまた両方なのかは知らんがどのみち気に入らない。
「なーに難しい顔してんのよ。飯が不味くなるわよ」
「……別に難しい顔は」
「してたわよ。なに、さっきのヤツが気に入らないとか?」
「そんなことないですって」
「言っとくけどアタシらもう大丈夫だから。あっちも怪我させる気ではやってなかったみたいだし」
「いや、そういう問題じゃ……」
「……?何よ」
思わず口をとがらせる。
ケイナやクルが無事なのを知った上でも、どうもヤツを許せなかった。
それにはきっとセイヴハートとか、マリとかは関係なく……。
「ボク差し置いて、何を2人で喋ってんです!」
「ぐえっ……」
「うぐっ、ゴラ自称天才!人が食べてる最中にのしかかんな!」
〜〜〜〜〜〜
食卓を終え、夜の帳が下りる頃。
「……よし。じゃあ照明消すぞ」
「ああ」
フゥ、とセリルが蝋燭を吹き消すと、部屋は薄暗い闇に染められた。
ワタシ達はハーミルの計らいによって無償で泊まれることになった。
借りた部屋は2人につき一部屋。
ワタシはセリルと、縛ったザインと共の部屋に宿った。
暗い部屋の中、ワタシは夜風で髪を乾かしながら、月を眺めていた。
「寝ないのか?」
「今日は、不思議と眠くない」
「そうか……なあ魔王。お前、これからどうするんだ」
「……それを今、月に聞いてるところだ」
「急にポエミーになるなよな……お前も会った時に比べたら随分と丸くなったもんだ」
「……かもな」
静かな声に、静かに答えた。
なんだかんだセリルとの付き合いは4年に渡る。
人間の常識だの、体術だのを嫌々教え込まれたものだ。
あの時はマリの仇を討つことしか考えてなかった。
「なあ。復讐なんていいんじゃないか?」
「何……?」
「暗殺者の位の死は悲しいし、その黒騎士ってのな許せないのは分かる。けど、またその復讐で何かを失う可能性だってあるだろ?」
「……それは、知っているさ」
「なら、いいんじゃないか。このまま王都から隠れて、何もしないってのも幸せだと思わないか」
「幸せ……それで、いいのか」
「……すまん、いい加減だったかもしれない。けど私は、お前にどこまでもついて行くつもりだ。それだけは覚えててくれ」
バサり、と掛け布団が翻るとセリルの姿は小さく沈んでいった。
肩を落として、頭を巡らせる。
今いる者達を考えれば、それが良いのは分かっている。
死んだ者のことを想い続けることは途方の無いことだと、分かっている。
だが、それで良いのか?恨みを忘れれば、マリやリリナを忘れれば、それで良いのか?
「……は」
月を眺めたところで答えは返ってこない。
ワタシは思考を放棄するように、眠りについた。
〜〜〜〜〜〜
ギィ ギィ ギィ
床の軋む音に目を覚ます。
目に映るのは月。まだ真夜中だ。
パサリ
何かが後ろに置かれた音。
そのすぐ後、再び床の軋む音と共に何かは去っていった。
バタン
ドアが閉まる音。影の不在を確認すると、ワタシは置かれた何かを手に取った。
『果たし状
起きてるなら降りてこい
馬鹿後輩!!』
荒っぽく書き殴られた文字に、思わず目が醒めた。




