その九十二 田舎
3日ぶりの紙の匂い。それと大量の本の山。
機車で追っ手を振り切ったワタシ達は王都、レガートから遠く離れた小さな街に辿り着いた。
相当な田舎だからか、掲示板にワタシの記事はまだ貼られていない。
セリルの予想なら3日程この街に滞在出来るそうだ。
到着後、セリルは機車の燃料を買いに、形白2人は食料の調達、ケイナとクルは縛ってあるザインの見張り番をしている。
「ふぅ……やはり良い。落ち着くな」
ワタシは、というと街の図書館に訪れていた。
あれから未だに決断出来ないでいたワタシは、本に囲まれた空間で気を落ち着かせているのであった。
「クル……はいないし、ウェルスもいないか」
いつもならクルかウェルスに本を勧めてもらうのだが、2人はおろか周りには誰もいない。
田舎だから人通りが少ないのだ。
それでも気持ちは穏やかだった。
本に囲まれて癒されるなど……やはりクルの言う通り、人間の精神に近づいているのが実感できる。
「これ、そこのお嬢さん」
「……はい?」
何気なく本棚を見て回っていると、後ろから呼び止められた。
振り返ると腰の曲がった老人がそこにいた。
「見ない顔だ。旅の方かね」
「はい。そんな感じですかね」
「わざわざここに来るとは珍しい。何か調べものでも?」
「いえ、本が好きなだけです。何か調べようとは……」
「本好きとは素晴らしい。何かお勧めしましょうか」
「あぁ……はい。お願いします」
名も知らぬ老人だが、読む本もないから勧めてもらおう。
ヨボヨボと歩く老人に黙って着いて行った。
「この街に訪れたのは、何か目的がおありで?」
「いえ特に。偶然訪れたもので」
「なら、この街のことはあまり知らないのですね……それなら、この本がよろしいかと」
老人は慣れた手つきで棚から本を出した。
受け取ったのは見たことがある本、セイヴハートの歴史に関する本だった。
「これ、読んだことあります」
「ああそれは申し訳ない。別の本にいたしましょう」
「……何故この本を?」
「この街は初代セイヴハート家当主、ジン・セイヴハートが生まれた場所と言われています」
「ジン・セイヴハートが、この街で?」
「ご結婚されてからは王都のあった辺りに住まわれましたが、魔王を討伐に出発したのはここからだと言われております」
ジン・セイヴハート。
ワタシを討伐した勇者だ。
今思えば、彼の魔力はワタシに匹敵する程の量だった。
あれほどの力の者……どのような死に様だったのだろうか。
どの本にも老衰で亡くなったとあるが、ワタシはそれがにわかには信じられなかった。
「……何か、貴女は悩みを抱えていますね?」
「え?私ですか?」
「何かの選択を迫られていて、貴女は苦しんでいる。だから、貴女は安らぎを求めてここに来たのでしょう?」
「……何故そう思われたのですか?」
「そういう方を幾度か見てきましたので」
老人は長い髭をさすりながら笑った。
100年も満たない人間に見抜かれるとは、不覚だった。
「詮索はしません。ですが、私にはそういう方に決まって言うことがあります」
「それは……?」
「勇者には旅を共にした仲間がいました。魔王に挑む前、勇者には魔王を討伐し人間を救うという使命感を感じる半面、仲間を失うという恐怖もあったでしょう」
「大事なのは、何かを得るには何かを失う。それを受け入れる覚悟が必要ということです」
「……はぁ」
「当たり前と思うかもしれませんが、意外と皆様気づいてらっしゃらないことなのですよ」
確かに、ワタシには今まで何かを失う覚悟が無かった。
それどころか、失うものが自分にあると思っていなかった。
ワタシには、マリだけだと思っていた。
今は違うんじゃないのか。
〜〜〜〜〜〜
「はえー、お腹空いたー」
木にもたれたクルは空を見上げて呟いた。
「買い出しに行った2人はいつ帰ってくるんでしょーか」
「ちょっと、オッサンから目離してるんじゃないわよ」
ケイナは木の葉や枝を撒き、停めた機車をカモフラージュしながら言った。
2人は停めてある機車とザイン・セイヴハートの見張りを任されている最中である。
「てか、あの後輩魔王はどこに行ったの?なんか買い出しにでも行ったのかしら」
「あー、マリーは図書館に行きました」
「図書館?」
「なんでも、安らぎが必要とか何とか」
「はあ?要するに暇つぶしに行ったんじゃない!」
「いいじゃないですか。マリーなりに悩んでるんですよ」
「何それ……前から思ってたけどアンタ、アイツに甘くない?」
「そうですか?……ケイニィ、もしかして嫉妬?」
「誰から、誰に対してよ。殺すわよ」
「はは、怖ー……ま、マリーはボクの親友ですからね。ケイニィもなります?親友!ボクが甘やかしてあげますよ」
「ぜっっったいにならないわ!」
「えぇ、そんなに否定しなくても……」
2人の声だけが響く閑とした森の中、近づく影1つがあった。
「あら。ダメダメダメやて。こんなとこに機車停めたら」
突然の訛りの強い喋りに、2人は肩を跳ね上げた。




