その十一 悶着
早朝の時間帯。まだ授業すら始まっていない、クラスメイトが教室に入って来る時間帯だ。
そんな教室内、ワタシは苛立った気持ちで席に座していた。
「マリ様、どうなさいましたか」
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
話しかけてきたのはタリム・レッドゲイル。
この女、忘れていたがワタシの隣の席なのである。
「どうなされたのかしら、タリムさん」
「ねぇ誰よ、あの横の女。てか何かキャラ違わない?」
「百合……尊い」
遠巻きでヒソヒソと話すタリムのファンガール達。
タリムはこれでいて容姿は整っている。
ロングストレートの赤髪や色白の肌は、少なくともこのクラスメイト達(ワタシ以外)には好意的に映っているようだ。
そんなタリムが特に目立つことないワタシを、いや強いて言うなら多少問題のあるワタシを様付けで呼び出したのだ。
怪しまないわけが無い。
「ね、タリムさん。様付けはどうにかならない?」
「できませんね。魔お………ん゛ん゛!マリ様を呼び捨てするなんて、恐れ多くてとてもとても」
「ちぃ、タダでさえ昨日ので目立ってるのに……いやいいか、この際呼び名くらい」
学校に向かう途中、タリムは従者の如くワタシの世話を焼き続けた。
周りから見れば不審なくらいだったが、上機嫌だったワタシは注意することなく了承。
隣に居たリリナは特に尋ねることなく苦笑いしていた。
それが原因なのか知らないがリリナは教室内にはいない。用事があるから、と脱靴場で別れたのが最後だ。
今更取り繕っても遅いだろう。
「ていうか、タリムさん学校の生徒より断然強いはずだよね。優秀なら魔術科に行くんじゃないの?」
「魔術科には私とは別で潜入している魔族がいます。剣術科は私の調査担当なんです」
「調査……そのためにわざわざこの学校に潜入してるの?」
「封印の間について必要な情報を調べてたんですよ。もう調べる必要はなくなりましたがね」
「あぁ……」
「本当は潜入しているその魔族に一報入れなきゃなんですが」
「なんで?連絡したらいいじゃん」
「マリ様の存在を知れば、多分ソイツもこっちに来ます……従者は1人で十分だとは思いませんか?」
ワタシは何も言わずに頷いた。
確かにタリムみたいなのがもう1人増えても鬱陶しいだけだろう。
「アイツは今頃、セイヴハート家や封印魔術について調べ回ってるでしょうね」
「あ、それならちょうどいい。重要そうなセイヴハートの情報は逐一私に報告するように」
「は……ああなるほど、封印した憎きセイヴハートに復讐するため、まずは情報収集からという訳ですね」
「違うが…まぁそういうことにしておこうか」
タリムを軽くはたいたその直後、廊下から黄色い歓声が上がった。
見ると教室のすぐ横の廊下に尋常ではない人集りが出来ていた。
その様子に教室中もザワついている。
何となく嫌な予感がした。
「……タリムさん、今から机に突っ伏すから上着か何かで覆って隠してくれない?」
「えぇ?は、はい……どうなさいました?」
「とりあえず、誰か来たら私はいない体で話して。今の廊下の人集りはどうなってる?」
「はい。誰か中心に……あぁ、セイヴハートの小娘が教室の入り口付近に来ました」
「マイン・セイヴハートのことだよね?」
ええ、とタリムは声を潜ませながら返事した。
想定内の展開だ。あのマイン・セイヴハートがわざわざ1年生の教室まで赴くということは……。
「すいません!このクラスにセイヴハートの姓の方はいませんでしたか?」
その言葉に教室内のどよめきはさらに大きくなった。
このクラスにセイヴハートがいるのか、と騒ぎあっているのだ。
見えてはいないが、教室の入口でマインが声を張り上げ続けているのが分かる。
「セイヴハートの人間を探しています……このクラスにそんなの居ましたかね?あ、教室の生徒に聞き込みを始めました」
「……」
「どうかしましたか?何故マリ様が隠れる必要が……ん?そういえばマリという名前は」
「静かにしろ。あまり私の名前を口にするな」
「はい。承知しました……マイン・セイヴハートがこちらに来ます」
ツカツカと靴の音が近づいてくる。
思わず息を飲んだ。
「すいません。マイン・セイヴハートと申します。1年生で私と同じセイヴハートの姓の人を探しているのですが、何か知りませんか?」
「いいえ、全く」
タリムは冷たく、抑揚のない声で答えた。
「そうですか。ありがとうございます……そこの方はどうなされました?」
「ああ、彼女まだ学校に慣れず調子が悪いんですよね。こうして気持ちを落ち着けているんです。そっとしておいて下さい」
「そうですか……」
ポン、と頭の上に何か乗った。わずかな温もりを感じる。
「大丈夫です。きっと数日もすれば慣れますよ。ここはとても良い学校なので無理なさらず勉学に励んで、是非立派な討魔師になって下さいね」
「……ハイ」
「それでは失礼しました」
温もりが離れると共に足音が遠ざかっていく。
数十秒してから顔を上げると、タリムの不機嫌そうな顔がまず見えた。
「はっ!……勇者様はお優しいですねぇ」
「セイヴハートは嫌い?」
「そりゃあもう。勇者の家系、有望な討魔師を排出する我らの天敵ですからね。あわよくば殺しますよ。チャンスがあれば、いくらでも」
「ふぅ……ま、私も一応、セイヴハートなんけどね」
「え?ああ……それに関しては後で聞かせてください」
ため息をつくタリム。
入り口を塞ぐ人混みをかき分けるリリナを眺めながら、マリとの在りし日の感傷に浸っていた。
マイン・セイヴハート
どういうわけか現在のワタシ、マリのことを探しているようだ。
確かにあちらからすれば、死んだ親戚に似た人間がいれば、多少は気になるが、かなり積極的すぎる。
王都に済んでいるセイヴハート家の者は皆、本家の者らしいが。
ならば、マリにとって彼女は妹か姉に当たる人物なのか。
それにしてはおかしい。
家のことをよく話すマリの口から、マイン・セイヴハートの名が出たことなど1度としてなかった。
セイヴハートの疑念は深まるばかりである。