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その八十七 安堵

 

 セリル宅、風呂場にて。


「はぁ……」


 身体を湯船に浸からせて、息を吐く。

 染み入る温かさがワタシの緊張を解していった。


「……あー」


 雫の音だけの静寂を声で破っま。

 湯に沈んでいるときは何も考えなくて済む、入る前はそう考えていたがそう上手くいかなかった。


『サヨナラ。私の、大好きな』

『_______________次、会うときは敵ですよ』


 思い出したくもない光景がフラッシュバックする。

 たった二人、ワタシのそばに居た友が離れた。

 胸にポッカリと穴が空いたみたいだった。


 ワタシが悪いというのか。

 マリの為に仇を討とうとしたから。

 リリナの為に仇を討とうとしているから。

 らしくないと思いながら、気分はみるみる沈んでいった。


 キィ……


「あ、あの」


 そんな中、唐突に浴場の戸が開く。

 そこから現れたのは、マインの一糸まとわぬ姿。


「え?」


「お、お背中を流しに、来ました」


 マインは幼げな体を微振動させながら風呂場に踏み入った。

 湯気の中でも、胸の01の刺青がハッキリと見える。


「ふん……レイミに言われたのだろう?余計なお世話だ」


「はい。泊めてもらうんだから、恩は今のうちに返しとけって……あと、困るから慣れておけって」


「何だそれ?必要ない。それに、体はとっくに洗っている」


「う、ぇ?……ど、どうしよう」


 マインはドアの前でアタフタし始めた。

 外見はマインだが、どこか決断力が欠けている。

 見かねたワタシはパシャリと水面を叩いた。


「ああもう、風邪ひくから入れ……って私がいるとダメなのか。じゃあ私は上がるとするよ」


「あ……ま、待ってください。そのまま入っていてください」


「ん?客人ではあるのだ、湯船くらい浸かっても咎められないぞ」


「その、一緒に入ります。だから、そのまま……」


 嘆息しつつ。言われるがままに湯船に留まった。

 マインは1度深呼吸した後、背中を向けてゆっくりと湯船に入っていく。

 狭い湯船なので、ワタシの伸ばした足にマインの尻を乗る形となった。


「おい、このままだと触れ合ってしまうぞ。また吐くんじゃないのか」


「大丈夫、大丈夫……」


 膝の辺りに柔らかい感触が伝わったと思うと、マインの口から息が漏れ出ていった。


「は、ふぅ……」


「だ、大丈夫なのか?」


「はい、思った通りです。顔を見なければ大丈夫みたいです」


「そ、そうか」


「……そちらから触れてみてくれますか?この際どこまで大丈夫なのか、試してみましょう」


 言われるがまま腕をマインの前に回していった。

 ハリと弾力のある柔肌がワタシの手首を包み込む。

 顔を見なければ大丈夫、というのもどうなんだ。少し複雑な気分だ。


「触れてみたが、大丈夫そうか?」


「ありがとうございます。触れるのも大丈夫みたいですね」


「よかった……あまりレイミの言うことを鵜呑みにするなよ。多分アイツは面白がって言ってるんだ」


「あ、そうなんですか……?」


 マインは呟くように言うと、恐る恐るワタシの腕を握った。

 そこに力はほとんど篭っていない。ワタシにとっては赤子が握っているようなものだ。


「ぷにぷに。結構細いんですね」


「かしこまってる割には遠慮が無いな」


「あっ、いや!その、この腕が私を、と思ったら気になって……」


「いい、怒っては……ん?待て、それ以上考えるな!湯船をゲロまみれにするつもりか!」


「お_______________ヴ……す、すいません」


「気をつけろよ……ったく。つい昨日だから、思い出すのもしょうがないだろうけど」


「す、すいません。あれから忘れようにも忘れられないんです。剣、握ろうとしても思い出しちゃって……」


「……まさか、戦えないと?」


「は、はい」


 力を手に入れてから、戦えなくなるとは難儀なものだ。

 結果としては誰も得しないことになった。

 今のマインがリンクの下にいればロクな扱いがされなかったに違いない。


「でも、戦えないって方が幸せかもしれんな」


「戦えない方が幸せ……前の私に何か?」


「前のマインは私を姉と慕ってくれててな。リンクに私と戦うのを強制されて、かなり苦しんでいた」


「ま、前の私とは仲が良かったんですね」


「姉さん姉さんと言って、会う度に喜んでくれてたよ……だが最後はリンクに逆らおうとして、消えてしまった」


「……私に代わって戻って来れるなら、戻って欲しいですか?」


「確かにあのマインが戻ってくれたら嬉しいとは思う」


 息を吐きつつも、不安げなマインの頭を撫でた。

 つい昨日に生まれた意識なのだ。

 必要とされているのか、以前の人格の方が望まれるのではないか、と不安になるのもしょうがない。


「でもな、お前はお前だよ。誰が何を言おうと、それを気にしてはダメだ。お前の意思は、今そこに在るお前のものだからな」


「私は、私のもの……」


「大丈夫だ。私も、レイミも、お前のことを必要としている」


「……はい」


「いいな?……さて。私がマインの背中を流すとする!そら出ろ出ろ!」


「へっ?いや私、自分で……ぅわぁ!」


 無理矢理マインを抱え上げて湯船から出た。


 〜〜〜〜〜〜


「上がったぞ。お前ら……ヴぅあ!」


 アルコールがワタシの鼻を刺す。

 風呂場から出ると、部屋には酒の臭いが充満していた。

 机の上には大量の酒瓶が並んでいるのが見える。


「はっはは!おお、上がったが!どうだ、ガキ2人も飲むか?」


「素晴らしい!酒とはこんなにもおいしいもの何ですね!マイン、貴女も飲んでみなさい!」


 そこには酒盛りをしているセリルとレイミ。

 顔を真っ赤にして酒を飲み漁っている(さま)に普段の威厳はない。

 2人とも上機嫌にガラスのコップを酌み交わしていた。


「レイミ、すごい笑ってる……!」


「楽しいですよ!こんなに楽しいのは、生まれて初めてです!さあマインも1杯どうですか!」


「え……ち、ちょっとだけ、ならいいのかな」


「駄目だ。さっき鵜呑みにするなと言っただろ」


「あ、はい……」


「酒飲みの言うことは特に信じるな。とりあえずは部屋に行っていろ」


 マイン小さく頷くと奥の部屋に戻って行った。

 さて、こいつらをどうするかだが……。


 コン コン コン


 酔っ払い共の対処を考えていると、玄関のドアが3度ノックされた。

 今は夜。来客としては遅い時間帯だが……。

 他に出る者がいなかったので出ようとドアに近づいた。

 次の瞬間だった。


「_______________っ!伏せろ!!」


 小規模の爆発が玄関を破壊した。


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