その八十六 離反
マインの吐瀉物を処理し終え一悶着ついた後、ワタシは自室へと向かっていた。
マインとレイミは1階の空き部屋で一晩過ごすんだそうな。
これから毎朝起きる度に顔を合わせなければならない。そう思うと少し不安になってきた。
そんなことはさておいて、まずはザインの拷問である。
意気込んでドアを開けたのだった。
「ひあっ!……」
「来ましたか。マリ様」
「_______________タリム。お前いつの間に」
椅子に縛られたザインの横にタリムが立っていた。
どこか浮かない顔をしている、
「すいません。窓から上がらせていただきました」
「いい、その程度のこと。そこの奴から情報を聞き出してて、王都の方へ行けてないんだ。今王都がどんな状況か知っていれば教えてくれるか」
「それは……ご自分の目で確かめてはどうですか?」
「……何?」
タリムはワタシを敵視するような目で見た。
いつもの敬意を表す態度でも、媚びを売る態度でもない。
確かな反抗の意思がその目から窺えた。
「どうした?いつものお前なら……」
「マリ様。私は貴女を魔王だと信じていました」
「私は魔王ではない、と言いたいのか?」
「貴女とは違いもう1人、魔王と呼ばれる者が現れたのを知っていますよね?」
新魔王。
リリナを殺したあの黒騎士のことだ。
「言っておくがアイツは本物ではない。私の遺体を継ぎ接ぎして作った偽物だぞ」
「知っています……貴女が本物の魔王ということも」
「……何が言いたい」
「貴女が人間を殺せるのか、ということを聞きたいのです」
タリムは鋭い目でワタシを見つめた。
忠を尽くしていたタリムとは別人のような目だった。
「初めて会った時に言った通り、私は中立だ。マリが行動原理だが、人間を殺せるかどうか奴らの動向を私がどう見るかによる、とな」
「では、貴女はこの男に何を聞いて何をしようとしているのですか?」
「ひぃっ!あ、あぃぁぁぁ!!」
タリムの炎を纏った指がザインの首を突いた。
指はジリジリと音を立ててザインの首を焼いていく。
「マリの死の真相を確かめる。今はそれだけだ」
「……この男は新魔王軍にいる魔族と繋がりを持っています。ザヲという魔族です」
「……何?」
「この男は新魔王軍の本拠地を知ってるんです」
聞いたワタシは思わず拳を握った。
黒騎士の所まで辿り着ける。リリナの仇が討てるのだ。あの夜から、あの姿を忘れた時はない。
リリナの亡骸も、あの漆黒の鎧も。
「そうか。ならば案内させれば……」
「案内させて、そこからどうするのです?」
「当然だ。あのようなふざけた組織、私が叩き潰す」
「……それは貴女がしたいから、ではないのでしょう?」
「いやそんな、ことは……」
リリナを失ったあの日。
黒騎士を前にしたワタシは何を思っていた。
憎しみと悲しみでグチャグチャになったワタシは、リリナの為に戦うと誓ったのだった。
ワタシの為ではなく、リリナの為に。
「私達に必要なのはかつて魔王だった者ではありません。人間を滅ぼせる魔王なのです」
「……私はそういう存在ではない。お前はずっと前から分かっていただろう?」
「っ、私は!!自分の為に戦う貴女に、憧れていたんです……」
「……タ、リム、お前」
「昔から憧れだった貴女には、嘘でも……己のためだと言って欲しかった……」
タリムは俯き、顔を覆った。
表情は影になって見えなくなった。
「私は……新魔王軍に入ります」
「バカを言うな!私と敵対するつもりか!」
「そこが私の本来居るべき場所なんです。人間の学校で仲良しこよしなんてする方がおかしかったんです」
「タリム……何を焦っているんだ?」
上げられた顔、明るみになったタリムの表情には色々な感情が入り交じっていた。
後悔、悲しみ、失望、そして焦り。
その中の、ある感傷が見えた。
「そうか_______________お前、もしかして死んだリリナが」
「っ、違います!あんな奴!」
「もう、知っていたんだな」
「……ふ、むしろ死んで清々しましたよ!腹黒で、マリ様から気に入られてて!元から、気に入らなかったんです」
「悲しいんだろう。今のお前はその感情に混乱しているだけなんだ」
「違う、違う違う違う!黙っててください!」
「本当は、新魔王軍なんて望んでない。私にはそう見える」
「違う、私は人間を憎んで_______________例え貴女と敵対しようと、魔族として在る為に……!」
「タリム……」
「だから、これからはあの御方が私にとっての魔王なんです」
炎に沈むと、そこに制服姿の彼女はいなかった。
真っ黒な翼に火の粉を纏った赤髪、そして長く伸びた切れ長の耳。
彼女の流れかけていた涙は、炎の中で蒸発した。
「_______________次、会うときは敵ですよ」
「待て!タリム!」
タリムは翼を羽ばたかせ、窓から出ていく。
森を滑空していくそのシルエットを、ワタシは見ることしか出来ないでいた。




