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その八十一 乖離

 

 私は天才だった。


 暗殺者の位(アサシン)である母の一人娘であった私は、5歳にしてその身に授かった内包式(スクロール)を使いこなせていた。

 内包式(スクロール)の発現には個人差がある。

 20歳で目覚める者も入れば、死ぬまで使えない者もいるらしい。


 内包式(スクロール)影の表皮(マスカレード)

 己の肉体を好きに変化、変形させられる力だ。

 使いこなせば見た目や形だけではなく、内部まで好きに変えられる。

 母と同じ内包式(スクロール)だった。


 5歳にしてその力を扱えた私は人々から期待されていた。


「1000年に1人の逸材だ!」

「初代五聖(グローリー)に匹敵するだろう」

「この子が入れば王都は安泰だ」


 最初は皆、私を褒めていた。

 だが、数年もすればすぐに見る目は変わっていった。

 化け物。魔族よりも恐ろしい人間。馬鹿な話だが、内包式(スクロール)を解けば中身は魔族なのではと思っている者もいた。


「大丈夫だよ。ローナには私がついてる」


 私を恐れた父が家を出ていった時に、母が言った言葉だ。


「お母さんは受け入れられたのに、どうして私は受け入れてくれなかったの?」


 違う。貴女は悪くない。お父さんが悪いのよ。

 母は必死に誤魔化したが、私は分かっていた。

 私が受け入れられないほど異常だったのだ。


「お母さん大好き」


 それでも、毎日そう言った。

 存在が許された気がして、少しでも救われたから。

 母がいなければきっと私は壊れていたから。

 感謝は伝えられる内に伝えようと思ったから。


「カドラン様は……お亡くなりになりました」


 母の死を、私よりずっと大きな役人さんが涙ぐんで語った。

 伝えるべき感謝は足りていただろうか。

 人一倍伝えておいたから足りてたよきっと。

 そう、ポジティブに考えようとしていた。

 本当は泣きたかったけど、涙は既に枯れていたようで。


「……はい。分かりました」


 泣かなかったから、そこで1度壊れた。


「今日から君が「暗殺者の位(アサシン)」だ。いきなりで悪いけど、頼みごとを聞いてくれるかな」


 母の死から3日も経たない頃。

 大きなお城で、同じ背くらいの王様に言われた。

 母の代わりに五聖(グローリー)になってほしいのだと。

 私に断る余地は無かった。

 その日から「頼みごと」もされるようになった。


「ひっ、わ、悪かった!もう王都には逆らわ」


「_______________知らねぇよ。死ね」


 「頼みごと」で初めて人を殺めたのは8歳のとき。

 最初は苦しかった気がしたけど、気のせいだった。

 存在を許されていない私が王都のために働けるのは、ありがたいことだからだ。

 それに、壊れた私が苦しみを感じるはずが無かった。


 きっと私しか出来ない。母もこうだったのだ。

 私しか、私だけが……1人だけ。

 孤独の時間が1番慣れていたので、心配して寄ってくる大人達は全て追い返した。

 第一、血の繋がりのあった父ですら受け入れられなかったのだ。

 他人が何とか出来るわけがない。


 1人の暗闇が1番幸せのはずだった。


 9歳の頃、私の生活に転機が訪れた。

 父の家出から久しく通っていなかった学校とやらに何となく行ってみたときだ。

 腑抜けた連中の中、見覚えのあった2人が目についた。

 五聖(グローリー)の集まりで顔を合わせたことがある2人だ。


「よし!マリ、もう一本だ!」


「えー、ミヅキくんの相手するの飽きたよー」


「バッカ、俺はいつか最強になる男だ!手始めにまずはマリを超えるんだよ!」


「付き合わされる方にもなってよー」


 「戦士の位(ウォーリア)」ミヅキ・レックウ

 「僧侶の位(プリースト)」マリ・セイヴハート


 棒きれで叩きあっている2人を見て当時の私は苦笑した。

 あんなの命の取り合いに比べれば大したことない。

 五聖(グローリー)と言えど、やはりコイツらも私とは違うのだ。


「ん?誰だアイツ……ずっと見てるぞ」


「あ!ローナちゃんだよ!ほら同じぐろりーの子だよ!おーい!こっちに来て一緒に遊ぼーよー!」


「バカ、俺たちのレベルに付き合わせるなんて可哀想だろ」


「ええっ、そうかなぁ?」


「同じ五聖(グローリー)でも暗殺者の位(アサシン)だろ?……戦士の位(ウォーリア)の俺の相手にもなんねぇよ」


「……ぁんだとクソガキが!!」


 その一言にムカついたので、参加してやった。

 お遊戯をしているコイツらとは格が違うのだと、子供ながらに思っていた。


「やったー!これで私がいっちばーん!」


「おい女子ども……俺の顔ボコるのは楽しいか?」


「くそ……こんなクソガキどもに……」


 マリ・セイヴハートには完敗、ミヅキ・レックウとは五分五分といった結果だった。

 苦労のくの字も知らないガキに負けるとは思わなかったからショックだった。

 ちゃんとした武器を使えば、私が絶対最強なのに。


「ねぇ。ローナちゃんは学校に来るのって今日だけ?いつもは見ないけど」


「む、そうだな……お前に勝ち越せるまで、通うことにした。今決めた」


「剣の稽古目的かよ。学校ってのは勉強するところなんだぞ」


「敗者は黙れ」


「んだとぉ!」


 それから私は学校に通い始めた。

 ヅキくんには勝ち越せたけど、マリちゃんには勝ち越せなかったから結局最後まで通ったな、そういえば。

 2人との付き合いもそれからずっと続いていった。


「ローナ。お前さあ、王様にパシられてるだろ」


「パシ……?何、言ってるの」


「こき使われてるって話だよ。そういうの良くないよな」


「いや、私は五聖(グローリー)としての御役目を王から」


「ローナちゃん可哀想。今度私たちで王様に文句言いに行こうよ」


「そうだぜ。俺たちは頼まれてないのに、ローナだけ頑張ってるのはおかしい!王様に言いに行かなきゃな!」


「そうだそうだー!」


 まだ幼い、子供ながらの気遣い。

 きっと2人は「御役目」の内容も知らないだろうに。

 私がどれだけ苦しんでいるかなんて、知らないだろうに。


「……ありがとう。2人とも」


 でもそれが私にはたまらなく嬉しかった。

 2人は私にとっては光だった。闇の中にいた、私にとっての。

 母がいなくなっても、2人がいれば……何も怖くない気がした。


 〜〜〜〜〜〜


「お前は……ロー、ナ?」


 黒騎士の斬撃。

 放たれた必殺の一撃を受けたのはワタシではなく、ローナ。

 ワタシは鮮血と共に崩れるローナを戸惑いながらも受け止めた。


「あれ、私」


「何でだ……何故お前がここにいる」


「え……?だって、マリちゃんが、危なかったから」


「私は……マリではない。魔王だ。お前の知っているマリではないのだぞ」


「知って、るよ」


 ドクドクと切られた跡から溢れる血。

 ローナは青ざめた顔で力なく微笑んだ。


「でもね。分かっててもやっぱり、マリちゃんの姿が傷つくのなんて見てられなかったの」


「そんなことで……それでも五聖(グローリー)か?」


「それでも、五聖(グローリー)なの」


「……愚かだな。ミヅキから聞いているだろう?私は魔王だ。人間などゴミのように扱う、魔族の王なのだぞ」


「そんなこと、ないでしょ」


 ローナの顔がモザイク状に歪むと、その姿は別人のものへと変わった。

 その顔は私の知っている人物だった。


「え_______________リリナ?」


「あ、あれ?今、私、どっちだ。マリちゃんが、目の前にいるから……あれ?」


「リリナ、お前、何で……!」


「あ……れ、バレちゃった?はは、最後の、最後で、バカだな私」


 長い黒髪と眠そうなタレ目は、間違いなくリリナのものだった。


 ローナの内包式(スクロール)は、変装の域を超えた偽装。

 何かの手違いの可能性もある、だが……。

 つまり、ワタシが今まで学校生活を共にしてきたのはただの生徒ではなく。


「あ、ああ!ご、めん!私、リリナは、ただの友達だと……私だけの友なのだと、思って……!」


「なんで謝るの……?謝りたいのは、騙してた私の方だよ」


「違う。お前は……マリの、友だったんだ。何に変えても、守るべきだった!私は、なんて、なんてことを」


「違う_______________マリちゃん。私、楽しかったよ」


 リリナの声だ。

 彼女は両手を伸ばし、ワタシの頬に触れた。


「貴方との日々……中身は魔王だし、最初はちょっと複雑だったけどさ、過ごしていくうちに。ちょっと救われた気分だったんだ」


「違う……違う……」


「マリちゃんが死んで、2回壊れた私の心。貴方との暮らしの中でちょっとずつ、ちょっとずつ治っていったんだよ」


「私は、マリだけじゃなく、マリの友までも……」


「んーん。私はマリちゃんと、貴方の友達。どっちか、じゃない。どっちも、私を救ってくれたんだよ」


「救われたのは……助けられていたのは、私だ」


「もう、またそんなこと……ぁれ、私まだ、なにも伝えれてないのに」


 徐々に、徐々に、伸ばされた腕は頬から離れ、重力に抗いながらも下がっていった。

 まるでローナの命の明滅を表しているようだった。


「えと、ね、ヅキくん、とか、タリムにも、よろしく伝えて」


「そんなの、ダメだ。自分で伝えなきゃ、ダメだろ」


「ふ、ふ、ごめん_______________だから、サヨナラ。私の、大好きな」


「っ、ダメだ!リリナ!まだ何も!」


 掴もうとした腕は、私の掌からするりと抜けていった。

 散った花びらが地面に着くように、手は床へと落ちた。


「……ああ。」


 今そこに、ワタシの膝上にあるのは……目を閉じた1人の少女。

 暗殺者の位(アサシン)だった1人の少女だ。

 彼女はマリの友人でもあり、私の友人でも、()()()

 だがもう、そこには……。


「……アァ」


「何を、見ている……」


 顔を上げた先には、黒騎士。

 彼女を、殺した、1人の、魔族。


「彼女を、見るな。貴様が見ていいものではない」


 ただそこに立ち私達を見下ろしていた。

 攻撃をする素振りすら見せることはなかった。

 その兜の下で、コイツはどんな顔をしている?


「この死は、貴様がもたらしたものだ。分かっているのか」


「……!」


「彼女は、きっと死を望んではいなかった。もっと、生きたかったはずだ」


 丁重に、彼女の体を膝から下ろした。

 そしてワタシは立ち上がった。憎き仇を見つめながら。


「殺した貴様が何を思い、何を感じているかは知らない。それは貴様自身にしか分からないからだ」


「だから私も、私がやりたいことをやる」


 悲しみ、怒り、憎しみ、今の私はどれだか分からない。

 どれに従えばいいか、全く分からない。

 だから今はワタシのためではなく、彼女を思って。


「殺す。今、貴様を、ここで!!」


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