その八十 剣難
「おぉ……!ようやく」
上級魔族ザヲはローナにナイフを突きつけられていた。
ナイフはその気になれば刺せるほどの近さ。
そんな状況であってもザヲは笑みを崩さなかった。
「何、ようやくって」
「覚醒ですよ。あの場所で今起こっているのです」
「覚醒?都合のいい力でパワーアップ、みたいなやつ?」
「少し違いますね。覚醒とは、目覚めです。既に持っていた力が目を覚ますことを言うのですよ」
ザヲの見つめる先にあるのはセイヴハート邸。
行動はこの騒ぎに新魔王軍が絡んでいることを暗に示していた。
「ふーん。ねぇ、さっきからなんで攻撃してこないの?私を殺しに来たんじゃなかったかな」
「もちろん貴女の命は頂くつもりです。ですが、それは今ではないのですよ」
「何それ。意味、わかんないなっ!!」
伸び歪んだ腕のナイフがザヲの首を切り裂いた。
ポーン、とザヲの頭が放物線を描くと、それは宙で止まる。
「うわなにそれ気持ち悪っ」
「ご安心を。私達が来た意味ならすぐに分かります」
「……私的には今すぐ知りたいんだけど」
「なら、見てきたらどうですか?新旧魔王の対決が、今そこで行われていますよ」
「新旧、魔王……!まさか、マリちゃん?!」
放たれた短剣がザヲの脳天を貫く。
ローナは聞くや否や、セイヴハート邸へと走り出した。
〜〜〜〜〜
「ォ……ォォ、オオオオオ!!」
「……なんだ?」
両者が撃った魔力塊はぶつかり合うと、光を放って消えた。
一連の流れの中、互いにダメージはなかったはずだが何故か黒騎士が苦しそうに呻いている。
「ァ、ァァ……」
「会話できないのは不便だな……どうした、もう降参か?」
「トモ、ダチ……ァ、ァアア!!」
「……まあいい。降参したところで見逃す気はないからな」
何やら「友達」に反応しているようだが、ワタシの体で狼狽えられるのは少し不快だ。
さっさと始末してしまおう。
追撃をかけるべく、黒騎士へと近づいた。
「悪いが、貴様に手加減できるほど私も暇ではない」
「トモ、ダチ。トモダ、チィ……」
「喧しい。戦う気が無いのならさっさと_______________」
「ァ……ァオウ!!」
唐突に立ち上がった黒騎士の腕がワタシの頭を掴んだ。
「!!貴様、離……」
「オオオオオオオオ!!」
黒騎士は掴んだ頭を叩きつけて壁を打ち砕いた。
ただの壁だ。大した衝撃ではない。
だが、ワタシを掴むその手には尋常ではない力が込められていた。
「アオォ!!」
黒騎士はそのまま前進を続け、次々に壁を砕き抜いていった。
蓄積されていく衝撃がワタシの脳をわずかに揺らす。
「っ!は、な、せぇ!!」
五、六枚の壁を通り過ぎた頃、放たれたワタシの反撃が黒騎士を突き離した。
揺れる視界の中、立っている黒騎士を睨みつける。
出たのは一際広い、邸内の一室。
「ォ、アアアアァァァ!!」
「それは……なんだ?」
黒騎士は雄叫びと同時に、手元から黒の大剣を出現させた。
それには大量の魔力が流れ込んでいる。その量は本体と同じくらい、まるで体の延長かのように流れている。
加えて、いくら目を凝らしても大剣の正体は見破れない。
相当複雑な術が施されているようだ。
「マオー!マオォォ!!」
「なるほどそれが本気か!ならば、私も決めにかかるとしよう!」
黒騎士は獣のように身を低くし、大剣を肩に担ぐ。
向かい合ったワタシも低く身構えた。
おそらくあの大剣が奴の奥の手。
どんな攻撃をしようと、大剣以外による攻撃は全て牽制。
警戒するのは奴の接近のみだ。
「ふぅ……」
肩を下げ、ゆっくりと息を吐いた。
大剣による攻撃だけを回避する。以外は全て無視だ。
剣撃を掻い潜った上で、まずは奴の腕を潰す。
「_______________来るがいい!」
「ア、ウオオオォォ!!」
黒騎士は曲げていた膝を勢いよく伸ばし発進した。
化け物じみた加速だ。
やはり奴の狙いは接近からの大剣を用いての接近戦_______________
「ォォォオオオオ!!」
常軌を逸した加速は、常軌を逸した力によって急停止した。
「……は?」
切っ先を向けて振り上げられる大剣。
次の動作に気づくも、警戒しすぎて強ばった体では上手く動けない。
ブ オ ン
巨大な翼が風を扇ぐかのような音。
暴力的なまでの投力で、大剣は投げられた。
「_______________っ、う、ごけぇ!!」
咄嗟に反らせた上体が迫る大剣を回避した。
剣はワタシの肩を微かに掠め、壁へと突き刺さる。
「アオオオオオ!!」
黒騎士の手元にはもう武器は無い。
何も持たぬ黒騎士は獣のようなフォルムで突撃して来た。
決め手を投げ捨てるとはとんだ博打だったが、不発に終わったのだ。
_______________勝機。
「愚かだな!貴様はもう突進するしかない能無しだ!」
四足歩行の黒騎士は床から壁、壁から天井へと飛び移り、3次元に移動して見せた。
だが無意味。いくら手段を捻ったところで。
「向かう先が私だと、分かっているからなあ!!」
迫る黒騎士の両腕に高密度の魔弾を放つ。
狙い通り、接近する黒騎士に容易く命中した。
「ォアァ!」
爆発音と共に吹き飛ぶ両腕。
大剣を掴むために再生してみろ。
その隙をワタシが射貫くぞ。
と、無防備となる瞬間を見計らった。
「ガ、アァァ!!」
ガキン、と鳴る金属音。
気づくとフルフェイスだった兜の口元が開いていた。
「これで終わ_______________」
とどめの魔術を放とうとしたその直後。
黒騎士の口に咥えられていた大剣がワタシに迫っていた。
「コイツっ、口で」
「アオオオオォォォ!!」
死
迫る大剣が妙にスローに見えた。
巡らす視界に映ったのは、大剣を掠めた肩。
大した傷ではないのに、全くもって再生していない。
おそらくこれがあの大剣の力。再生しない傷を残す力。
今迫っている大剣を身に受ければ間違いなく死ぬだろう。
……これは、走馬灯というやつか。
死に際に己の人生の様々な情景が過ぎるという、あれだ。
にしては思い出など流れない。
幾百と生きているのだ、何かあるはずだろうが。
マリとの日々やマリとしての日々の中で……。
「ぁ……」
ワタシの頭にあったのは、マリと出会ってからの十数年。
マリとの日常やリリナ達との出会い。
幾百の年月など必要なかった。
ワタシに必要だったのは、人との繋がりだったのかもしれない。
気づきを得た。実に、晴れやかな気分だ。
迫る大剣。生命の危機。
死を前にしてのワタシの心境は穏やかだった。
「_______________ダメッ!!」
叫ぶ声。吹き出す鮮血。
見えたのは、ワタシの前に立ったローナの姿だった。




