その七十七 蹂躙
「貴女は、誰ですか」
無機質な表情でマインは尋ねた。
姉さんと呼び慕ってくれていたマインはそこにはおらず、彼女はまるで別人のようだった。
ワタシはキッと睨みをリンクに飛ばす。
「おいリンク。マインを元に戻せ。今ならまだ命くらいは助けてやるぞ」
「はは、ならもっと早く言いなよ。もう僕死んだも同然じゃないか」
「ほう。なら死ね」
確かな苛立ちを感じながら、リンクに向けて1歩踏み出した。
それと同時にマインがワタシの前に立ち塞がる。
変わらない瞳で見つめたまま、ワタシに問いを投げかけてきた。
「貴女が私の主人でしょうか?」
「違うよマイン。私は貴女の姉なの。思い出せる、よね?」
「マイン……私のナンバーは01です」
「っ……違う。お前はマイン、マイン・セイヴハートなんだ。そんなのがお前の名前ではないんだ」
「貴女は私の主人ではないのですね」
興味を失ったようにマインはワタシの傍から離れていった。
後に向かった先はリンクの方だ。
ワタシは未だに目の前の状況を認められないでいた。
だってまだマインの姿は身体はそこにある。
あの日のマインが消えたなんて、まだ信じられなかった。
「マイン!待て!そいつは……」
「貴方が、私の主人なのですか?」
「そう、僕が君の主人だ。リンク・セイヴハート。セイヴハート家の現当主って記憶しといてよ」
「かしこまりましたリンク様。これからよろしくお願いします」
「やめろマイン!そいつがお前の記憶を消したんだ!そんなやつの言うことを信じるんじゃない!」
「おいおいこいつは01だって言ってるだろ?マインは前のに付けてやった名前だよ。前のやつはもう消えたんだって!」
「な……っ、ふざ、けるな……」
拳を固く握った。
マインが消えた?そんなこと許されていいはずがない。
マインはマリを慕っていた。貴様に脅されて苦しんでいた。五聖として生きていた、ただの女の子。それだけだ。
悪人と言えるような人間ではなかった。
それが、こんな結末があっていいはずがない。
「元々五聖になれるほどの力を持ってたんだ。今なら五聖最強……いや、それ以上になれるポテンシャルもあるかな!」
「……そんなに死にたいんだな。貴様は」
「はは、そんな顔で見るなよ……おい01、あの女を殺せ。手加減はしなくていい。今ある力の全てを使ってくれよ」
「かしこまりました」
マインは1つも表情を変えずに剣を拾い、ワタシに向けて構えた。
殺意すらない。ただ命令に従うだけ。
こんなのがマインなわけがない。
「っ……お願い思い出して、なんてことは言わん。もう、貴様は私の知るマインではないからな」
「私は形白01。主人が言った通り、その名前は前の私のものです」
「そうだ。お前はリンクを信じ、従うだけの人形」
目を閉じ、自分に言い聞かせるように言った。
再び開ければ、この目に映っているのはただの敵。
ワタシはその者に何の情も抱かない。
「おい、何ボーッとしてるんだ。さっさと殺しに行けよ」
「はい。今取り掛かり_______________」
突如放たれた衝撃波がリンクの体を跳ね飛ばした。
悲鳴すら上げられない。
飛んだリンクの体は数回バウンドすると、地面を擦りながらその場に止まった。
「リンク様……!!」
01はその現象に遅れて反応すると、即座に体を強ばらせた。
無理もない。
「邪魔者には少し退場してもらったよ……後で聞くこともあるしな」
恐らくこの時が初なのだ。
ワタシがこの身体に移って以来、初めて
「さあ形白01。ビビってないで構えて、私の相手をしろ」
_______________本気を出すことになったのだから。
「魔王の力。ただの人形が相手では大役が過ぎるがな」
間髪入れず虚空に指を滑らせた。
指の動きに合わせて高密度の光線が複数、横へと流れる。
「っ!!」
息をのみ、猫のように飛び退く01。
反応して避けるだけで精一杯といった様子だ。
光線は01を一瞬掠めたと思うと、命中した屋敷の壁をいとも容易く砕いていった。
魔力を極限にまで集めて放つ魔術。
集めて放つだけなのだから、何ら複雑ではない。
だがそこに膨大なまでの魔力が含まれていれば人一人はおろか、一軍隊ごと壊滅させるほどの威力にまでになる。
「こんな威力の……!!」
「避けたか。ならこいつはどうだ?」
ワタシは退屈そうに地を踏んだ。
同時に地を埋め尽くす烈火。
「っ、そんな雑な攻め方でこの私を……」
「ああ、雑だ。自分でも分かっているさ」
宙へと避難する01。
そんな01を追撃するように炎は跳ね上がった。
「そんなもの、効きません……っ!!」
01は聖別された剣を持って防いだ。
剣に遮られ脇へと逸れていく豪炎は、宙を舞い_______________。
パチン、と指を鳴らす音。
地水火風へと姿を変えた。
「っ、!?そんな、馬鹿な!?」
「ははは!!ははははははははは!!」
姿を変えた魔力撃は空中で身動きの取れないマインへと襲いかかる。
逃げ場を無くしたマインはあっという間に飲み込まれていった。
ワタシはその様子を大袈裟に笑った。
「はは、はははは!!」
「ひっ……いや、いやぁ!!」
「はっ、はは、ははは……面白くないな。貴様をいたぶったところで、何も……」
あらゆる属性へと無理矢理変換させた攻撃。
魔力の効率もクソもない。
燃費性能など度外視した、規格外な戦い方。
それが魔王の戦い方だった。
弱者を蹂躙する時の、やり方だった。
やがて魔力の暴激の中をかろうじて耐えた01が出てきた。
既に満身創痍。マインの姿のまま、苦しげに顔を歪めている。
「まだ、まだ、私は」
「お前を痛ぶったとて、マインが戻ってくるわけではない……」
「私は形白01、貴方を倒して_______________!!」
よろめく体に付いていた首根っこを容赦なく掴んだ。
「戻るんじゃないか?お前を、殺せば……!」
「……!あっ、かっ、は、あ、あ、っ!」
マインは浮いた体で、苦しそうに足をバタつかせた。
五聖より強い。なら、少しは相手になるはずだった。
もっと気分が晴れるものだと思っていた。
あの時のように最強の力を振るい、強者を完膚なきまでに叩きのめせば……。
「虚しいんだ。お前なんぞ、相手にしても」
何も変わらない。
手に力を込めた。
「うあ、あっ、っ、いあ、あ_______________」
必死に解こうとしていた腕が離れると、それは力無く垂れた。
もがいていた足もすぐに止まった。
彼女の意識が途切れた、そういう合図であった。
「ぁ……」
「_______________はは」
手に残った骨と肉の感触。
何度も味わったはずだ。
あの時はその命を奪いさえした。
だのに、今回だけは何かが違う。
苦痛に歪んだマインの顔すら、見ることが出来ないでいた。




