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その七十五 侵攻

 

 人々が寝静まろうとする夜の中。

 煌々と輝く月の下、セイヴハート本家を訪ねる人物がいた。

 門の前で一人佇んでいる。


「……あら、お客さんかしら?」


 庭を歩いていた使用人はその者に気づき、訝しげに近づいた。

 こんな時間帯に尋ねてくる人物は普段ならいない。

 来客がいるなど事前に聞いてもいないので、なおも怪しい。


「すいません。この家の人に用事があるのですが」


 人影は高い声で、丁寧な口調で話した。

 視界が悪くはっきり見えないが、立っていたのは制服を着た少女である。


「こんな夜遅く?え、えぇ……聞いていませんけど、どちら様で?」


「マリが来た、と言えば分かります」


「はあ……まぁ、大丈夫ですかね。お嬢さんが1人で出歩くものじゃありませんことよ。とりあえず上がって」


「ありがとうございます」


「なんでしょう。貴女の顔、何故だか、なんでも許せちゃうような気がするのよね……」


 微笑む少女に絆されたのか、使用人は主人に確認も取らず門に手をかけた。

 鍵型の魔導器をかざすと、鉄の扉はギィィと音を立てて開いていく。


「……失礼します」


 少女は門をくぐると、使用人へと手を伸ばした。

 近づく距離、使用人の目にはその姿がはっきり見えた。


「え……貴女、マリって、まさか_______________」


「ご苦労、だが許せ」


 電流が流れる音と共に使用人の意識は暗転した。


 〜〜〜〜〜〜


「侵入成功……っと」


 月夜の下、ワタシは脱力したメイドの体を草むらの中へと運んでいた。

 目の前にはセイヴハートの邸宅が建っている。

 今日、ここで会わなくてはいけない者がいるのだ。


「はは、本当に来てる」


 メイドを運び終えると、後ろから声が投げかけられた。

 聞き覚えのある、忌々しい声だ。


「リンク・セイヴハート……!」


「相変わらず怖いなぁ。もっとリラックスすれば?ここ実家なんだしさ」


「知らんな。そもそも中に入ったのは初めてだ」


「そう?あ、そりゃそうか……」


 リンクは飄々と答える。

 こいつがあの手記の「息子」、そしてマリの兄。

 未だにマリと血の繋がりがあることが信じられない。

 似ている点と言えば髪の色くらいだろう。


「何しに来たの?言っとくけど、いくら親族でもこれは不法侵入だからね」


「法だと?貴様らのような非道の一家が法を語るな」


「魔族を殺しまくってる人間に道理を解くなよ、魔王。いいから何しに来たか言えよ」


「……この小さな古びた手帳。見覚えはないか?」


 例の手記をリンクに掲げて見せた。

 だが、リンクは反応を示さない。

 手記については何も知らないようだ。

 

「……貴様、マリを殴ったんだってな」


「え……随分と、懐かしいことを言うね」


「何故だ?マリは貴様のことを嫌ってはいなかったはずだ」


「僕は嫌いだったよ。抜けてて、偽善者ぶってて」


「違う。嫉妬していたんだろう?マリの類稀なる才能に」


「っ、嫉妬ぉ?言うねぇ……だって、だってさあ」


 リンクは眉をひそめ、髪を掻きむしり始めた。

 顔は笑っているが、仕草は明らかにイラついている。

 声量と掻きむしる手は徐々に強まっていった。


「ウザイかったんだよアイツ。兄である俺より上ですって感じでさあ……」


「当時はそうだろうな。だが今はどうだ。マリが亡き今、貴様はマリに何を思う?」


「は、思うってさぁ……あ、ダメだ。中身は違うって思っても、やっぱ見た目が同じだとダメなんだよなぁ」


「……ふん。やはり貴様はそういうやつか」


「喋るなよ。喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな喋るな!その顔で、その声聞く度に、僕は、俺はさぁ!」


 リンクはなおも掻きむしり続ける。

 乱れた頭髪から離れる指には血が付き、闇夜の中を小刻みに揺れる影がその異様さを引き立てていた。


「昔の、僕がっ、おかしくなっちゃうだろうが!!」


 絶叫と共にリンクは剣を引き抜いた。

 闇の中、反射する刃が狂気の表情を照らす。


「救いようのない人間で良かった。それでこそ、心置きなく貴様を殺せるというものだ」


 対するワタシもリンクに手を向けた。


 両者共に臨戦態勢。

 その静寂を破ったのは他でもない。


「喋るなって、言ってんだろおぉ!!」


 リンク・セイヴハートだ。

 聖別(エンチャント)により剣を金色へと変化させ、標的目掛けて突撃。

 ワタシは近づいてくる太刀筋を避けようとした。


「ひっ、光れぇ!」


 聖別(エンチャント)された剣が光り、ワタシの視界を白に染めた。

 反射的に目を瞑る。リンクはこの隙を狙う気だったのだろうが……。


「目くらまし、猿知恵だな。それでもセイヴハートの人間か?」


 潰された光景の中、直感を頼りにステップを踏んだ。

 感じた、聞こえた、空を切る剣撃の嵐が。

 今のワタシの姿は踊るように斬撃を避けていることだろう。


 舌打ちと共に地を蹴る音。

 白兵戦では不利と踏んだリンクが後退したのだ。

 だが、それこそ悪手。魔術での遠距離戦の方がワタシは有利に_______________!!


「お前が来るって分かってたんだ。秘密兵器くらいあるんだよぉ!」


 光の戻った視界の中、ワタシは目の前に現れた「秘密兵器」を捉えた。


可能性(コンセプト)「超魔力」05(レーゲン)です」


「_______________っ!」


「それでは、よろしくお願いします」


 現れた影が放った、無数の火球がワタシを包んだ。


 〜〜〜〜〜〜


「……なんだ?」


 ザイン・セイヴハートは玄関前のエントランスにいた。

 何やら庭が騒がしい。夜遅いが、誰かの来客だろうか?

 マリのことを思い出したせいで寝付けなかったザインは、恐る恐る玄関に近づこうとした。


「……いや、寝るか」


 が、すぐに足を止め踵を返す。

 この調子では何時(いつ)までも寝られない。

 何も考えないようにすれば、いつかは寝れるだろう。

 大体、リンクが既に動いてくれているのだ。

 放っておけば解決してくれるに違いない。


 一呼吸置いて、その場から離れようと足を出した。


「へ、え?」


 メキ メキ


 玄関の壁に、突然のひび割れ。次の瞬間_______________


 ボ ゴ ォ ン !!


 壁を破り、何かが邸内へと飛び出てきた。


 誰かが、何かを掴んでいる。

 何か……05だ。形白(マリオネット)の05が何者かに首根っこを掴まれている。

 瓦礫が散る中、掴んでいる相手は……。


「ぐっ、あ、離せ!離、せぇ!!」


「なんだ、力比べでも勝てんか。超魔力だったかぁ?まんま私の超絶下位互換だなぁ!」


「離、おぼ、ぁ、がはっ!」


「ぁ……おま、おまおまおま!お前ぇ!」


 我が家に現れた悪魔は、ザインを見ると不敵に笑った。


「お、ザイン・セイヴハート。探したぞ貴様」


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