その七十四 真相
『某日、新しい家族が家に来た。念願の女の子だ』
開いた1ページ目の最初の1行だ。
文を見るに、誰かの手記のようである。
書き出しから察するに、筆者の娘の成長を書き綴ったものだろう。
『ヤツが言っていた通り、器の才能を持っている。我々の悲願の達成も近いのかもしれない』
「器……?」
才能だの悲願だの不穏なワードが度々出ている。
魔族から手に入れた手記なのだから、流石に普通のものではないか。
『小さな子供を一家の目的に利用するのは少しばかり気後れするが、このチャンスを逃すわけにもいかない。娘に関することはここに記しておこうと思う』
鼻を鳴らし、次のページに進んだ。
『某日、魔力の量を測定したところ通常ではありえない数値が出た。流石に常人の3倍とまではいかないが、並以上であるのは確かだ』
『間違いない、この娘は器となり得る』
『息子に見せると、興味を示した。自分より幼い者を見るのが初めてだったのだろう。妻に抱かれている娘を何度も見に来ている』
『きっと妹思いのいい兄になる。だが、もう何年かすればその魔力は妹の方が上になる。それに対して変に拗らせなければいいが……』
「……ふん。これだけか?」
そこから続いていったのは、ただの家族団欒の様子を綴った日常の記録である。
真実?なんの真実なのか。
気張っていた精神から途端に力が抜けていった。
馬鹿らしくなったワタシは適当にパラパラとページをめくっていった。
「……?」
そこで気づいた。
この手記は最後のページまで書かれていないのである。
ページの具合を見るに半分以上は埋められているようだが、何故途中で書くのを止めたのか。
筆者が書くのを怠ったか?
不審に思いながらも、ページを戻していった。
『某日、娘が7歳となった。器になるにせよ、我が家の人間であることには変わりないのだ。そろそろ剣を扱わせてみよう』
『今日の魔力検査も良好だ。日に日に娘の魔力量は上がっている。こんな小さな体のどこに魔力が収められているのか』
飛ばし飛ばしにページをめくっていった。
『今日は剣術を習わせてみた。やはり初めは上手く扱えないようだ。器と言えど何にでも才能があるわけではない』
『某日、娘が自分から剣術をもっと習いたいと言い出した。やる気はあるようだ。』
『某日、剣術を初めて1年が経った。異様なまでの上達速度だ。まるで家以外のどこかでも習っているかのように腕を上げていく。この調子では10歳で教官を超えてしまうだろう』
『魔力検査、いつも通り。魔力は上がっている』
筆者の「娘」は常人とは並外れた才能を持っているようだ。
人間の並などたかが知れているが、それでもこの手記の文から読み取るに「娘」は異例の成長速度なのだろう。
『某日、息子が娘を殴っていた。聞いた話によれば原因は、息子が娘の魔術の才能に嫉妬したからだそうだ』
『恐れていたことだが、まあどちらも死んでいないのなら気にすることでもない。2人はなるべく会わせないようにしよう』
『恐れるべきは娘の才能だ。学校に通わせているが、基礎だけの知識で6歳差の息子を越えられるものなのか』
『某日、息子がより魔術の学に力を入れだした。娘との件が関わっているのだ。これは良い兆候だ。娘が仲直りのため会おうとしていたので、使用人に止めさせた』
『娘が露骨に実力を見せないようになる。魔力量さえ分かればそれでいいので、好きにさせておこう』
『魔力検査、いつも以上に良好。上がり幅が常より大きかったのは、もしかしたら精神面が関係しているのかもしれない』
羅列した文字から筆者の冷たい人格が感じられる。
少しの呵責も感じられない文からは、実の息子や娘を人間として見ていないかに捉えられた。
『某日、いつからかは知らないが、娘が家にいない時間があることに気づく。他事に気を取られていたせいか、観察が疎かになっていたのだ』
『魔力検査、不調。この頃ずっとこうだ。魔力が下がることはないが、上がり幅がやけに小さい。何か対策をとらねば』
『某日、12歳の誕生日だ。贈り物ついでに娘に学校以外では家から出ないように命じてみた。数十人の使用人の監視からは逃げられないだろう』
『魔力検査、以前より良好。やはり家にいない時間が関わっていたようだ。このまま続けていこうと思う』
『某日、娘が何故家から出てはいけないのか聞いてきた。理由といえば器の完成のためだが、娘に言ったところで分からない。適当にはぐらかしておいた』
『魔力検査、更に良好。上がり幅が1番高かった頃に戻ってきた。使用人から抗議の声が上がったが関係ない。何も知らない奴らの声など聞く必要はない』
『某日、家にずっといるはずの娘が怪我をしていた。使用人からそういった報告は聞いていない』
『魔力検査、いつも以上に良好。不安になるくらい、魔力は留まることを知らない……一度、外出の許可を出してみよう』
「……む」
12歳に入ってからのページ数がやけに少ないことに気づく。
ワタシはめくる間隔を狭めていった。
『某日、嬉しそうに外へ出る娘。謎の怪我はいつの間にか無くなっていた。転びでもしたのを使用人が見ていなかっただけだろう』
『魔力検査、不調。もう一度謹慎させてみよう』
『某日、謹慎の命をだして2週間。また謎の怪我が出現した。最新の魔導器を使っても治癒できない。なんなのだろうか』
『魔力検査、良好。謹慎させるのはもう止めておこう』
『某日、怪我の原因が判明。増大し続ける魔力をコントロール出来ていないのが原因らしい。ならまだ大丈夫だ。まだ、大丈夫』
ふと、めくる手を止めた。
癒えない傷、謹慎の期間。
どこか、何か、ワタシの中で思い当たる節がある気がした。
「……!いや、そんな、ことは」
いた。父、息子、娘、それらに当てはまる人物が思い浮かんでしまった。
それをどうにか否定する言葉を探すべく、ワタシはページをめくった。
『某日、謹慎は解いたというのに、娘の身体に再びあの傷が現れた。傷を塞ぐべく、他事を中止し治癒の魔術の研究を始めた』
『魔力検査、不良。だが、魔力は徐々に増えている』
『某日、例の傷はなおも増え続ける。学校など行かせている場合ではない。研究室にて娘の身体にあらゆる試みをした』
『魔力検査、している場合ではない。娘の魔力は増大し続けている』
『某日、打つ手が無くなった。娘の傷は増え続けている。外に出たい、学校に行きたいと弱々しい声で言われたが、出すわけにはいかなかった』
『今、我が家は五聖により監視されている。ある事件を機に、形白の断片的な情報が政府へと渡ってしまったからだ』
『今の娘の状態を知られ、調べられてしまえば、形白に加え、ヤツと私の繋がりが明るみに出てしまうかもしれない。今の娘は我が家の秘密に繋がる鍵となる』
『セイヴハートを守るためにも、娘のことは隠し通さなければならない』
「セイヴハートの、娘……」
もうほとんど答えは出ている。
それでもワタシはページをめくった。
『某日、娘の命が残りわずかだと判明。それを娘に知られてしまう。聞いた直後、娘は家を出ていってしまった』
『ほぼ無尽蔵の魔力の、今の娘を捕らえるのは常人ではほぼ不可能だ。暗殺団「影の骨」に殺しの依頼と死体の処理を頼んだ』
『これが達成されれば、娘の姿が明るみに出ることはない。魔族に襲われたとでも言っておこう』
『某日、依頼の完了を確認。もう手記をつける必要はない』
手記の最後に、書き殴るような文字でこう書かれていた。
『 な ん の 価 値 も な い 娘 だ っ た 』
筆者 ザイル・セイヴハート
表紙の裏、そう書き足すように添えてあった。
「マリ……お前は……っ!!」
手にあった手帳を焼き払った。
真実。これが、マリの死。これがセイヴハート……否、ザイル・セイヴハートの悪行。
人間の親だの、兄だの、そんなことはどうでもよかった。
「ザイル、セイヴハート……」
顔を見たこともない、たかが人間に、これほどの殺意を抱けるとは思ってなかった。
どのような非道も、どれだけの悪も、自分とは違う種族だからと割り切れていたはずのワタシが。
この魔王たるワタシが、だ。
負の感情はワタシの思考を鈍らせる。
親友と情がワタシを変えていく。
この時にはもう、ザイル・セイヴハートを殺すことしか考えれなくなっていた。




