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その七十三 開封

 

「ただ今帰った」


 夕刻。

 日が沈みかけている頃に、ワタシは家に到着した。

 ドアを開けると、セリルの後ろ姿。それと何かを焼いたような匂いが漂って来た。


「おう、帰ったか。夕飯までにはまだ少し時間があるぞ」


「夕飯はなんだ?」


「ウサギの肉を使ったシチューだ。あとほうれん草」


「朝に言っていたが、狩りには行ったのか?」


「い、行ったさ。だからウサギが獲物だったんだって。たまに行かなきゃ、腕が、鈍るからな……」


「酒の匂い」


 ワタシの一言にセリルは体を跳ね上がらせた。

 酒瓶やグラスがその辺には見えていなかったが、机から微かに酒の匂いがした。


「匂う。葡萄のワインか。新しく買ったのか?」


「う、うるさい。別に今は家計に余裕があるし、ち、ちょっとくらい、節約するなら飲んでもいいんだよ」


「昨日に酒は控えるとか言ってなかったか?」


「明日から……頑張る」


 セリルは自信なさげに呟いた。

 この女が明日からと言って動いた試しがない。

 いつやるのか、いつ動くのか。

 こんな奴が暗殺者をやれるほどのストイックさを持っているとは思えない。


「……ま、別にいいがな。風呂にでも入るとする」


「そ、そうだ風呂に入れ!子供が酒を気にするな!」


「これでも500歳は超えている」


 セリフの後ろ姿をチラ見した後、浴槽のある風呂場へと向かった。

 魔族の時は風呂など入る意味がわからなかったが、今となっては一日に一度は入らないと気がすまなくなってしまった。


 シュルシュルと衣服を脱ぎ、その柔肌を露わにする。

 全裸で戸を開けると、熱と湯気がワタシを歓迎した。


「……熱っ」


 張られた湯に指だけ触れた。

 文明の利器とは凄まじいもので、専用の魔導器は浴槽に溜められた冷水をものの数分で熱湯へと変えてしまうのだ。


 この設備は少し前まで我が家に存在しなかったものである。

 ワタシがエージェントとなったことでレガート側から支給されたものだ。


「_______________あぁ……ふぅ」


 湯に浸かると、全身から緊張が解けていくような脱力感に襲われる。

 どのような魔術を駆使しても、この謎の力からは逃れられない。

 わけもなく息が漏れてしまうのだ。

 何故熱い水に身体を埋めるだけでこうも癒されるものなのか。


「文明の利器、最高……」


 この空間では天井を眺めるだけで、時は滝のように流れていってしまう……。




 ふと、己の肉体に目を向ける。

 自分の裸、湯に沈んだマリの裸体がそこにあった。

 いつ見ても素晴らしい身体だ。

 控えめな乳房、厚い尻、引き締まった肉体、透き通った肌、そして何より、理想的なくびれ。

 その一部位だけ芸術品が作れるのではないか?(かたど)って彫刻にすれば国が三つ、いや世界が買えるのではないか?

 だとしてもそうはさせない。これはワタシのマリなのだ。


「ふっ……ふん!」


 湯船から出て、鏡の前でポーズをとってみせた。


 この魅力的な流線を見れば世の男達は黙ってはいられないはずである。

 だが、世の男達は乳房しか見ていないのだ。

 リリナの豊満なバストやタリムのそれなりな胸囲しか見ておらず、このマリの小ぶりなものに興味を示さないのである。

 つまりは人間の男全てが愚か者。

 ワタシが世界を変えるとすれば、まずはその認識から革命を起こして見せよう。


「_______________おい、何やってる」


「……!ど、どこから見ていた」


「鏡の前でポーズを取り始めた辺りだ」


「なっ、そこまで見ていたのなら言え!貴様、さてはマリの裸体を狙っていたのか!」


「馬鹿言え。夕飯ができたからそれを言いに来ただけだ……女の裸体に興味は無い」


「男の裸体には興味があるのか?」


「無い。殺すぞ」


「マリの裸には欲情することは私が許さんぞ……あ、浴場だけにな」


「……」


 ピシャリ、と戸は閉められた。


 〜〜〜〜〜〜


 夜風が濡れた髪に気持ちがいい。

 入浴と夕飯を済ませたワタシは自室の窓の風に当たっていた。

 時刻は深夜の1歩手前。

 月が高く上がっている頃だ。


「さて……どうしたものか」


 呟き、机の上への目を向ける。

 置かれていたのは小さな手帳。

 襲撃の日、ポータルから現れた謎の手帳だ。

 持ち主は不明だが、これを手引きしたのは間違いなくあのザヲとか言う魔族。

 罠と考えるのが普通だが、付け加えられた一文がどうも引っかかる。


 真実を古き王へ。


 新しき王があの新魔王だとするなら、古き王はワタシ。

 ワタシの正体を知る者は数えるほどしかいないはずだが、アチラはどうやって知ったのか。

 考えられるのは、味方で知っている者が……。


「……いかん」


 追究するのが怖くなったワタシは考えを振り切るように、手帳を手に取った。


 どんな真実だろうと、今更驚きはしない。

 そう思い、1ページ目をめくった。


『某日、新しい家族が家に来た。念願の女の子だ』


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