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その七十二 目論見

 

「兄さん。見て見て」


 それは幼い頃の記憶。

 まだ僕が討魔師じゃないときの話だ。


「マリ、どうしたんだ」


 妹であるマリに手を引かれるまま、家の裏にはへと向かった。

 マリは何かを僕に見せたがっているようだった。


「いくよ、見ててね……はっ!」


「_______________え」


 マリの手から火柱が噴き出した。と思うとそれは形を歪ませていき、やがてその姿を炎の薔薇へと変えた。


 僕は戦慄した。

 学校に通い始めたのは知っているが、マリはまだ基礎しか習っていない。

 魔術の緻密な操作など討魔師ですら出来るか怪しいレベルだ。

 マリはそれを容易くやっていた。


「ねぇ、どうかな?これって凄いかな?」


「あ、あぁ……凄いよ。とても、凄い」


「良かった、今度友達に見せようと思ってたの。どこか変じゃなかった?」


「へ、変?マリの魔術のことかい?」


「うん。あ、そうだ!兄さんもやって見てよ!私のよりもっと凄いの!私、もっと大きなお花が見たいな!」


 何の悪意も、嫌味もない。

 マリは無垢な瞳で僕を見た。

 きっと出来て普通だと、行えて普通だと思っているのだ。


 当時僧侶の位(プリースト)だった僕は才能に満ち溢れていた。

 周りの人間なんて路傍の石に見えていた。

 そんなくだらないプライドが妹の才能の打ち砕かれた。

 こんな奴が、何でこんなのが僕の近くにいるんだ。


「はは……僕のレベルだと、この辺を巻き込んでしまうよ。また、今度ね」


「あ、そっかー。じゃあまた今度見せてね」


「……ねぇマリ。まだ学校じゃそんなに魔術を習ってないんだろ?それのやり方どこで知ったんだい?」


「え……これ?」


 マリはにこやかに先程の魔術を使って、言った。


「友達に見せたかったから頑張ったの。学校じゃ教えてもらえないから、きっと役には立たないけど」


「友達のために、頑張った……役に、立たない?」


 パ リ ン


 僕の心の中で何かが砕けた。

 物心ついた頃からあった何か。

 僕の根幹を支えていた何かが粉々になった。


 気づくとボクは妹に掴みかかり、殴っていた。

 気に入らなかった。兄である僕より上にいる妹が。

 6も歳が離れているのに、なんでもないような感じで上を行く妹がどうしようもなくムカついた。


 困惑した表情で涙を流すマリ。

 衝動に任せて拳を振るう度に心が傷んだ。

 だが、使用人の誰かが止めるまで僕は殴り続けた。

 こんな奴が妹じゃなければ。


 それからの数年。

 気まずかったからか、マリとは一度として口を聞かなかった。

 最初の方はマリから話しかけに来たりもしたが、全て無視した。途中からはマリも僕のことを避けるようになっていた。

 僕の心は壊れてしまった。何を果たしても、何を成しても、妹より下という劣等感がついてまわった。

 周りからの評価も、遠回しにマリを評価していらように聞こえてならなかった。


「私?私なんて全然、ダメダメだよ」


 いつか聞いたマリの言葉。

 己の異常さに気づいたマリは自分の実力をひた隠すようになった。

 きっとそれは僕に気を遣ってのこと。

 それがより一層、僕を苛立たせた。


 だから、マリの死なんてどうとも思わなかった。むしろいなくなって清々した。

 もうアイツの哀れむような目を見なくて済む。

 もうアイツに嫉妬せずに済む。

 それだけで心が軽くなった。


 だと言うのに、何でお前は……。


 〜〜〜〜〜〜


「ああ、入ってくれ」


「失礼します」


 ノックをした後、返事を聞くとリンク・セイヴハートは部屋へと入った。

 豪華な家具が立ち並ぶ部屋、書斎近くの椅子にリンクを呼び出した張本人がいた。


「今日は何の用ですか」


「リンク……どうしたもこうしたもないぞ」


 セイヴハート家の当主にしてリンクの父、ザイル・セイヴハートがそこに座っていた。

 不機嫌な表情でザイルは話し始めた。


「今回の件について詳しく話してもらおうか」


「今回の件?はて、何のことか」


「とぼけるな!マインのことだ。何があった」


「何も。強いて言うなら、彼女が形白(マリオネット)だ、という現実を突きつけてやっただけですかね」


「……?何だそれは。どういうことだ」


「どういうことも何も、そのままの意味です」


「大体、最近勝手な行動が多すぎる!02や03はどこにやったというのだ。お前が連れ出したというのは知っているのだぞ!」


「それは、03にでも聞いてください」


「奴らを作るのに莫大な金と時間がかかっているのだぞ!勝手に連れ出すな!」


 声を荒らげるザイル。

 それにリンクは呆れたように返すだけだった。


「ところでお父様、マリ・イルギエナという生徒を知っていますか?」


 マリ、という言葉にザイルは露骨に反応した。


「マリ・イルギエナ?忌々しいファーストネームのやつだな」


「最近、対魔族学校に入学した生徒です。今回の件もその生徒が深く関わっていまして」


「イルギエナとは聞かぬ家名だが、その者がどうかしたのか」


 リンクは懐から1枚の写真を取り出した。

 魔導器を利用して写し出されたその姿は件の生徒、マリ・イルギエナのものである。


「_______________なっ、な、何だこれは?!」


 ザイルは写真を見るや否や取り乱した。

 その反応は感動のようなプラスの感情ではない。

 恐れや驚きが含まれている、幽霊を見たかのような反応だった。


「マリ、じゃないか!何故まだこいつが生きている!!」


「そいつがマリ・イルギエナですよ」


「他人の、空似……いや違う!どうなっているのだ!」


「生きてるんですよ。この王都で、ごく普通にね」


「_______________っ、は、はっ、はっ、いかん。それは、ならんぞ」


 途端にザイルの呼吸が荒くなった。

 頭を抱え机に突っ伏し始めるザイル。

 リンクはそんな様子にほくそ笑んだ。


「そのために僕は動いてたんですよ。今のところ上手くはいってませんけど」


「殺せ。殺すのだ!05も、01をどう使ってもいい!どうにかして殺せ!」


「それは、どんな手でも良いってことですか?」


「そ、そうだ!!なんでもいい、奴を殺せるならなんでも!」


「ふ、ふははっ!了解。では」


 リンクは敬礼して見せた後、部屋を後にした。


 ガラン ガガン !!


 リンクが出た後の部屋からは騒がしい物音が響きまわっていた。


「くっ、ははは!必死すぎんだろ!笑えるな!はっははは!!」


 愉快に響く笑い声。

 スキップしながら、上機嫌に廊下を行く影がそこにはあった。


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