その七十一 返答
「タリムさん?どうしたの、ぼうっとしちゃって」
タリムが3日前のことを考えていると、隣にいたマリが小突いた。
マリは目線をタリムに向けてはいるが、手と口は目の前にある甘物に大忙しである。
シロップまみれの果物を頬張りながらマリは続けた。
「考え事?元気ないけど、何かあったの」
「いえ……その、まあ……」
タリムは頼んでおいたコーヒーを飲みながら目を泳がせた。
新魔王軍に勧誘されたので迷っている、とは何故だか言いづらかった。
「ま、話しづらいなら話したい時に聞く……あ、本当はこれ食べたいとか?」
「違います。さっき言いましたよ。甘いものは嫌いなんですって」
「せっかく来たんだから、一口くらい食べればいいのに」
無心で頬張り続けるリリナを横目に、タリムは周りを窺った。
店内は若い人間の女が寄り集まっている。
平和ボケした顔で嗜好品を放り込む姿。タリムの目には間抜けに映った……だが、傍から見ればそれはタリムも同じ。
そして、それはマリも同じだ。
「ん。甘い、甘い、これも、甘い」
「……」
マリはすました顔で次々と甘味を口に入れていく。
人間の日常に溶け込めている、と言えば聞こえは良いが、これが意図的なものなのかは定かでない。
確かに、改めて見ると、これが本当に魔王なのか疑わしい。
「……ちょっと、あんまりジロジロ見ないで」
「私は貴女の従者ですよ。何故見てはいけないのですか」
「それは、なんか落ち着かないっていうか。ていうか、誰だってそうでしょ」
「恥ずかしい、と?」
「その言い方なんかムカつくな……主からの命令、あんまり見ないで」
「……承知」
マリは少しだけ頬を赤らめてそっぽを向いた。
彼女は魔王ではないのかもしれない。憧れていた存在ではないのかもしれない。
人間を滅ぼしてくれる存在ではないのかもしれない。
「あむっ、む、ううん、甘い」
「マリ様、少しだけ聞いても言いですか?」
「んんむ。いいけど、なに?」
「襲撃の際、マリ様はご自分から魔族を迎え撃っていましたよね」
「あっちから襲ってきたからね。好き勝手暴れてるのを見過ごすわけにもいかないし」
「それは、学校の人間を助けるために動かれたのですか?」
「人間を助けるため?そんな大それた感じじゃないと思うな」
「では、何のために」
「何のために……って、これ前にも聞かれなかった?」
剣魔祭の時、タリムがマリに聞いたのと似たような問いだった。
その時の答えは……。
「でもやっぱり、私のためかな。色々あるけど、結局は私がしたいからしてるの」
「……前と同じですね」
「聞かれてる人が変わってないんだから当たり前でしょ」
マリの文句ありげな目にタリムは苦笑した。
変わらない、それが大事なのだと思った。
この人は、それでいい。
「お望みの通りに答えられなくて悪かったね」
「いえ、望んだ通りの答えです。聞けてよかった」
タリムは清々しい表情で席を立った。
決意を固めたような顔だった。
「あれ、どこか行くの?」
「あ、お花を摘みに行ってきます」
そう言うと、足早に席から離れていった、
〜〜〜〜〜〜
タリムが席を去り、テーブルにはワタシとリリナだけが残っていた。
手をつけていた「パフェ」という食べ物はもう底が見えてきていた。
「お花?リリナ、この辺に花屋なんてあるの?それかお花畑でも……」
「マ、マリちゃんそれは……タリムさんなりの気遣いというか」
「気遣い?花が?」
「また、今度教えますから、今はこれ食べちゃいましょ。ね?」
リリナはパフェの容器を指し、話題を誤魔化した。
花も気遣いも何一つ理解出来ないが、リリナが困っている様なのでこれ以上は追求しないようにしよう。
「むぐ、うむ……王都にこんな美味しいものがあったなんて、知らなかった」
「ですね。私ずっとこういうのに憧れてましたから、今日こうして来れてとっても嬉しいです」
リリナはパフェへと向かう手を止めずに話した。
唇周りに付いたお揃いのクリームが微笑ましい。
今日、この場にいるのはリリナの誘いあってのことだった。
ワタシやタリムをわざわざ引っぱり出してくれたのだ。
カラン
行き場を無くしたスプーンが、皿の上に音を立てて置かれた。
完食である。
「ふぅ、よかった」
「おいしかったですね」
リリナは満足気に呟いた。
これで終わりなのは名残惜しい気はするが、流石にこれ以上は食べられなかった。
「今日はありがとうございます。いきなり誘ったのに、来てくれて」
「そんな、お礼を言われるほどじゃないよ。むしろこっちがお礼を言いたいくらい」
「そうです?」
「リリナがいなきゃこんな美味しい物知れなかった。きっと私のことだから、知らずに過ごしてたに違いないから」
「そ、そんな……こっちだって感謝してますからね」
口元を拭きながらリリナは顔を赤らめた。
「私たち友達なんだから。友達の間にお礼なんて要らないよ。今日の思い出も、リリナも、ワタシの宝物なんだから」
「あ、そう……ですね」
急に押し黙るリリナ。
……何か、恥ずかしいことを言ったような気分になった。
いや、そうだ。今言った言葉、少し恥ずかしくないか。
いや少しじゃない。かなり恥ずかしい。
周りに人もいるのに何であんなこと言った。
どうした。甘いもの食ってハイにでもなったかワタシ。
あああ、過去に飛んでぶん殴ってやりたい。
徐々に浮上してくる羞恥心に思わず顔を覆った。
「ねぇ、今の私ちょっと、ねぇ」
「宝物って……今の、タリムさんには言えませんね」
「やめて。恥ずかしいから」
「は、ははっ!マリちゃん恥ずかしがってる」
「止めてよ。結構、恥ずかしいんだから」
「あはっ!あははは!!」
「もう、何、笑って……ぷふ、っ!あはははは!!」
楽しそうに笑うリリナにつられて、思わず笑ってしまった。
周りの客が訝しげに見るが、分かっていても笑いは止められない。
思う存分、ワタシとリリナは笑った。
「はは!_______________はぁ、はは、ちょっと、お店に迷惑、かけちゃったかな」
「あ、あは、そうみたいですね。後で、謝っておきましょう」
数分もすると笑いの波は徐々に引いていった。
疲れたが、何か胸の内がすっと晴れたような気になれた。
「はぁ、十分食べたし、タリムさんが戻って来たら出ようか」
「そうですね……また、来ましょうね」
「また、絶対に来ようね。絶対だよ」
はい、とリリナは笑顔で返した。
怪訝な顔で戻ってくるタリムに気づきながらも、ワタシたちは店を出た。
こうしてマリ・イルギエナとしての生活が続いていくのだと、変わらず友と顔を合わせられるのだと、この時は思っていた。
後で要修正




