その七十 再合
3日前、襲撃中の出来事であった。
「う、ううぅ……」
上級魔族「百獣のビースト」との戦闘後、ビーストによる爆発に吹き飛ばされたタリムは、戦いを共にしていたミヅキとは遠く離れた場所にいた。
高密度魔力の爆発をまともに受けたタリムであったが、持ち前の再生力と防御魔術もあって回復は間近であった。
虚ろな意識で呻きを上げるタリムの前に、ポータルが現れる。
人1人が出入り出来るような大きさだった。
「……?なんだ、これは。まだ私は、夢を見ているのか」
タリムの目には、1人の魔族。
ポータルから現れる自分の父親の姿が見えていた。
「お父、様?……私は、まだ、頑張れますよ」
「我が娘よ。まさか、寝惚けているのか?」
「え……?」
脱力しているタリムの頭に落岩のような拳骨が振り下ろされた。
「ぇ、!!がぁあ?!お、おお、お父様!?」
「ん馬鹿者!!レッドゲイルの魔族ともあろう者が、こんな所で寝るでない!」
「痛っ、痛い!本物、夢じゃない?!」
「夢な訳あるか!刮目して見ろ!手前を育てた父御に他ないだろう!!」
タリムは痛みと衝撃に戸惑う中、確かに己の父であるスミーリ・レッドゲイルの姿を見た。
いつも通りのしかめっ面で見下ろしている。
「な、えぇ、でもなんで」
「落ち着けタリム……私は戦いに来たのではない」
「……そうだ!お父様、私ついに魔王様と会えたんですよ!えと、私、この学校で!」
「いい。今回はそれについて、話をしに来たのだ」
子供がはしゃぐように話すタリムをスミーリは冷たく制した。
見たまま、それは親と子のやり取りだった。
「そ、それについて……とは?」
「お前が会った魔王を名乗る者のことだ」
「魔王を名乗る者、とはマリ様のことですか?」
そうだ、と頷くスミーリにタリムは微かな苛つきを覚えた。
魔王を名乗る者、という言い方。
歴史上では魔王様はほぼ死んだことになっているが、だからといってマリ様の存在が否定していいはずがない。
タリムは昔から父の頭の固さを嫌っていた。
「マリ様は本物の魔王です!間違いありません!」
「……そうか。なら、まずは我ら魔王軍の動向について話さねばな」
「魔王軍がどうかしたんですか」
スミーリは一呼吸置いた後、絞り出すように言った。
「我ら魔王軍は……新魔王軍と手を組むことを決めた」
「_______________!何を、何を言ってるんですか。あんなどこの馬の骨かも分からない連中と?」
「分かっている。この現状を見て、お前がそう思う気持ちも分かる……!実際に我らのほとんどもそういう意見だった」
「それなら、何で!」
「魔王様が、いたんだ……新魔王軍に、本物の魔王様が」
「そんな馬鹿な。魔王様はこの学校にいるんです!信じてください!」
「お前の言っているのが何者なのかは知らない……だが、きっとそいつは偽物だ。でなければ、魔王様が2人いることになってしまう」
スミーリは震える声で語った。
異常だ。タリムは思った。
スミーリは昔から疑り深い性格だった。
目の前で起きた現象にすら、その仕組みを隅まで理解しないと信じないくらい頑固者であった。
マリの事を話したとて、信じては貰えないだろうと思っていた。
だからこそ、魔王がいると言って聞かないスミーリに違和感を感じた。
「だから、もう帰って来るんだ。封印の間の情報などもう必要ない」
「あ……お父様!それは魔王様の遺体を使って作られた、ただの人形なのではないですか?もしや本物なのは見た目だけなのでは」
「違う。それも考えたんだ。確かに奴らは遺体を全て回収していた……だが、それだけでは説明が、あの方の力に説明がつかないんだ」
「お父、様?」
ポータルが歪み、再び出入りが行われた。
浮かぶ、一際小さな影。
タリムはそのシルエットを見たことがあった。
「_______________久しぶり、タリム」
「……ぁ?」
タリムはまた自分が夢の中にいるのかと疑った。
ポータルから飛び出た小さな影。
それは、死んだはずの者であった。
「何、そんなボケっとしちゃって」
「リー、ロ……お前、何で、死んだん、じゃ」
リーロ・イエロークロー
死んだはずの彼女が、あの幼い姿のままそこにいた。
幼少の思い出がタリムの頭をよぎる。
「_______________っ!!」
夢でもいい。
タリムはそう思ってその小さな姿を抱きしめた。
「リーロ……本物だ。生きてる、生きてる」
「うう、苦しいよタリム」
「っ……ふぅっ、良かった、良かったぁ」
泣きじゃくるタリムの頭をリーロはポンポンと叩いた。
優しげな表情だった。
「……でも、何で?リーロはあの時に」
「それが魔王様の力なのだよ。タリム」
「え……?」
「他者に魔力を分け与える力……封印される前、魔王様が使っていた力だ。それによってリーロ嬢は蘇生した」
タリムも聞いた事がある話であった。
その昔、魔王は強大すぎる魔力を周りの魔族に分け与え、その軍勢を強めていった。
御三家の持つ力も元を辿れば、魔王様から授かった力が変容したものなのだと。
「魔力を、分け与える?それだけで失った命が蘇るわけが」
「だが現に、リーロ嬢はこうして生きている。あの時のままでな」
「そうだよタリム。私たちの魔王様は凄いんだよ。偽物なんかじゃないんだよ」
「……それに例えあの御方が魔王様じゃないとしても、あの強大な力は私達の旗となり得る。私達はついて行くしかないんだ」
「偽物、でも?そんなことを信じていいわけが!」
「っ!いい加減にしろ!我ら魔族は、いつまでも子供の夢を見てい状況じゃないんだ!!」
スミーリは切羽詰まった表情でタリムの胸ぐらを掴んだ。
タリムは思わず面食らった。
叱られたことはある。叩かれたこともあった。
だが、こんな辛そうな父親を見たのは初めてだった。
「す、すまない。だが、お前もレッドゲイル家の次期当主なのだ。こんな所で油を売っている場合じゃない……タリム、我々は攻勢に転じるべきなのだ。絶滅しないために」
「ですが、私には」
「タリム。お願いこっちに来てよ」
リーロがタリムの手を掴んだ。
酷く冷たい手だった。
「私ね、人間に酷いこといっぱいされたんだ」
「痛かったし苦しかった。もう殺して、って言っても殺してもらえなかった。でも死んだら死んだで、何も残らなかった。暗くなって怖かったの」
「でもね。魔王様のおかげで今こうしていられるの。こうして、タリムと触れ合えてるの」
「リーロ……」
「だからね。魔王様のためにも、魔族の皆のためにも、一緒に人間滅ぼそ?」
「リー、ロ……?」
「私たちが一緒にになれば、きっと世界なんて簡単にひっくり返せるよ!今ここにいる奴ら全員根絶やしにだって出来るの!だから、ね!!」
タリムの手を握り、嬉々として語るリーロ。
その瞳には狂気が宿っていた。
少女ながらの無垢な感情など皆無。
人間への憎悪のみがその瞳孔を形成しているようだった。
「わたしは……」
己の主、あの力に、あの性格に私は惚れ込んだのだ。
他人のために動くことはあれど、全ては自分の思うがままのため、その異様な力を振るう。
そんな彼女に惹かれたのだ。
「……タリム、何で?」
「リーロのために、私は。だけど、だけど……」
「……そ。帰ろっか、おじ様。また来ればいいよ」
リーロは踵を返し、スミーリの手を引いて行った。
その後ろ姿はやはり昔のまま。
幼いままで、彼女は変わっていない。
「それじゃあね……私達はタリムのことをいつでも待ってるから」
リーロは手を上げ、闇の向こうへと消えていった。




