その九 復活
ワタシは列車に乗り込むとすぐに第3車両を目指した。
乗ると、昨日と同じようにほとんどの席が生徒たちで埋まっていた。
昨日よりも打ち解けているような生徒たちが多く見られ、車両内の空気は和気藹々としたものだ。
「ええっと……あ、いた」
第3車両に着いて周りを見渡すと、目的の人物はすぐに見つかった。
「マリちゃん。こっち、こっちですよ」
潜めた声で手招きするリリナの姿がそこにあった。
昨日の内に車内で会おうと約束してあったのだ。
決して走ることはせずゆっくりした足取りで席まで行く。
理由は当然、マリならそうするからだ。
「や。おはようリリナ。昨日ぶり」
「おはようございます、マリちゃん。隣が空いてますからどうぞ座ってください」
ありがとう、と軽く会釈して席に腰を下ろした。
「ふふふ……なんかまだ現実感が無いです。私たち王都にある学校の生徒になったんですよね」
「嬉しそう。王都に通うの長年の夢だったんだよね」
「まあ、すぐに慣れるとは思いますけどね。嬉しい反面、上手くやっていけるか不安っていうのもあります」
「大丈夫だよ。4年間なんて慣れる前にすぐ終わっちゃうから」
「そう、でしょうか……マリちゃんは余裕があって、堂々としててカッコいいですよね。背も高いし……どっちかというと女子にモテそう?」
「女なんだけど。それって褒めてる?」
「それくらいカッコいいってことです。もし男の子モテたいのなら、まずは髪を伸ばすことからオススメしますよ」
「……髪を伸ばしたら男からモテるの?」
「ええ!ええきっと!マリちゃんなら絶対可愛くなります!」
「んー、じゃあいいかな」
なんで、と頭を傾げるリリナ。
当然だ。マリに悪い虫が寄ってくるというのなら伸ばすわけが無い。
人間の色恋に一切の興味が無いわけではないが、マリが関わるとなれば別だ。
マリがどこの者とも分からない輩とくっつくなんぞ認めるわけがない。
「うーん、確かにマリちゃんそういうの疎そうっていうか、そんなヒマ無いって感じがします」
「そう?……いや、ヒマはあると思うけど」
「なんか常に思い詰めてるって言うか。昨日も見てて思ったんですけど。いつも何か別のことを考えてるような……」
リリナの言うことは鋭く、概ね合っている。
温厚そうなそのタレ目からは想像出来ないほど慧眼だ。
「……別に、大層なことは考えてないよ」
「あ!なんか含みがありましたね!フフ、やっぱり誰にも話せない、禁断の、オトナの恋とかですかぁ?」
ニヨニヨとした微笑みでリリナは迫る。
多分何か誤解をしているのだろうが、どういう誤解なのか分からない。
人間の恋愛については少し勉強が必要だ。
「多分違うよ。リリナの思ってるようなもんじゃないと思う」
「えぇー本当ですかぁー?」
「…っ!黙って聞いてれば、好き勝手言いおって!魔王様が人間同士の色恋などに現を抜かすわけがないだろう!」
唐突に右隣から声。
「え?」
目を疑った。
そこに居たのは……。
「魔族の王たる、魔王様のご意向を貴様のような小娘が分かるわけがあるまい!この下衆が!」
突然の怒号に第3車両は静寂に包まれる。
それは昨日、跡形もなく消したはずのタリム・レッドゲイル其の人であった。
「……あえ?タリム、さんですよね?同じクラスの。え、あの、魔王って」
「ファーストネームで気安く呼ぶな人間風情が。呼んでいいのはこの魔王たるぶほぉ」
困惑するリリナに構わず続けようとしたので、黙らすべくワタシはその頬を力強く掴んだ。
「ふぁほぉおさふぁ、どほぉふぁれふぁしぃは」
「ははは!リリナ、ちょっと待っててくれる?私この人とお話があるから」
「え?はい。え?その方って同じクラスのタリムさんですよね?」
「えへへへ。どうかな?人違いかもよ?」
「にんひぇんふえぇが!きふぃやふくふぁほぉさふぁにぃ!」
「少し黙れ……!じゃ、じゃあちょっと行ってくるねー!」
コソコソ、と周りから話し声が聞こえる。
握り潰さんばかりの力を手に込めたまま、タリムと別の車両に移った。