その六十六 降臨
「……?」
「マリー、どうかしましたか?」
クルの問いにワタシは小さく首を振った。
とある教室の中でポータルを探している最中、ワタシは校舎の中で生まれたある違和感を感じ取っていた。
学校内に現れた多数の魔族の中でも、一際大きな3つの魔力反応。
この3つはおそらく上級魔族のものであった。
それらの内の1つはワタシが、残りはミヅキとローナが相手し、無事に討伐した。
だが、消失した数時間後にまた強大な反応が現れたのだ。
それも3つ。
「クルちゃん先輩。ポータルの破壊を急ぎましょう」
「もっちろん。次の教室でそれらしい場所は最後ですよ。気を抜かずにいきましょう」
足早に教室を出た。
新たな反応の1つはミヅキに。
そして、残る2つは……。
「タリム。大丈夫なのか……」
「へ?何か言いました?」
「いえ、すいません。独り言です」
タリムには魔族随一の再生力がある。
ワタシですら、生存に徹した彼女を殺せる気がしなかった程だ。
加えて相手は魔族。殺し合いにすら発展しないかもしれない。
だと言うのに、謎の胸騒ぎがワタシの焦燥を掻き立てていた。
〜〜〜〜〜〜
ガッガガ、ガラリ
立て付けの悪い扉を開く。
ワタシ達が最後に訪れたのは第十三演習室と呼ばれる場所だった。
この校舎の端の端に位置するこの部屋は、この数年ほとんど使用されていないらしい。
造りは第一演習室と同じだが、所々に老朽化しているのが見える。
時間の経過がハッキリ表れているのを見るに、魔力すら流されていないのだろう。
「あっ、見てください。やっぱりありましたよ」
クルの指す先にポータルが佇んでいた。
場違いな新品の機器が暗黒を作り出している。
今更だが、人間すら知らない技術を持っている「新魔王軍」とやらは一体何なのだろうか。
「マリー?何か難しい顔してますよ?」
「すいません。ちょっと考え事をしてて」
「考え事ですか。この天才のボクに聞いてくれても構いませんよ?天才の、ボクに」
「……このポータルとやらを作っている道具のことなんですけど。これ、どう見ても魔導器ですよね。魔族には魔導器を作る技術はあるんですか?」
「そうですね……多分作ることは可能です。ボク達人間より魔族の知能は高いですから。でも魔導器なんて作らなくても彼らは十分に生活できますし、十分に戦えてます」
「作る必要は無かった、ってことですね」
「はい。でも流石に転送とか瞬間移動とかを自前では出来ませんから、考えを改めたんですかね。これは想像よりも厄介なことに_______________」
クルが得意げに説明していると、目の前のポータルが歪み始めた。
唐突な現象に思わず身構える。
数秒もすると、闇の門は不気味な音を立てながら来訪者を迎え入れた。
「ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ」
独特な笑い声と共に、それは現れた。
矮小な二頭身の魔族。
ポータルから全身を出すと徐々に大きくなっていったが、それでも背丈はワタシの太腿にも届かない。
「……マリー、下がっていてください」
クルは険しい表情で、ワタシと魔族を遮った。
その行動は五聖であることの責任感から来るものだろう。
「ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ」
「_______________占欲、猛々しく燃えろ」
跳ねる魔族に手を向け、クルは唱え始める。
詠唱魔術。
ほとんどの魔術は詠唱をせずとも発動できるものだが、複雑かつ強力な魔術は発動と共に空気中に存在する精霊と契約を結ばなければならない。
呪文による精霊との対話によって、その魔術は初めて機能するのだ。
精霊と対話するのは類稀なる才能が必要だが、それは魔術士の位たるクルだからこそ出来るのだろう。
「熱灰を巻き上げ、その膝下をも没する業火たれ!!」
クルが指を鳴らすと、その指から無数の火の精霊が湧き上がった。
「ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ……」
火の精が魔族に群がるように襲いかかると、魔族はあっという間に埋め尽くされた。
「よ、よかった。ボク、ちゃんとやれた、よね」
「……!クルちゃん先輩、まだみたいです」
「うっそぉ……」
「ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ」
火の精に埋め尽くされた魔族は、なおも笑うのを止めない。
炎塊となったその身を夢中で跳ねさせている。
クルの魔術は並のものではなかった。
粗が目立つが、上級魔族ならこれだけで消し炭に出来るであろう威力だ。
つまり、それを食らって平気でいるこの魔族がおかしいのだ。
「ヒョッ、ヒョーー!!」
「わっ!な、何あれ何あれぇ!」
突然、炎塊となった魔族から巨大な腕が生えた。
腕は不気味に折れ曲がると、魔族に張り付いていた精霊を次々と握り潰していく。
「ヒョ?」
グシャリ
そして果てには、その魔族すらも握り潰した。
「ぴぃっ!」
異様な光景を前にクルが短く悲鳴を上げる。
そして、ゆっくりと開かれた手と紫色の液体からソレは現れた。
「こんにちわぁ。イリュージョン成功でぇす。楽しんでくれましたかぁ」
陰鬱とした雰囲気と共に上級魔族が姿を現した。
「っ、上級魔族!マリー、逃げてください。ここはボクが何とかします」
「ダメです。クルちゃん先輩1人じゃ危ないですよ」
「え……あ、いやその心遣いは嬉しいですけど!今はダメです!」
「私抜きで話さないでくださいよぉ。まだ自己紹介もしてないのにぃ」
シルクハットを指先で回しながら、魔族は言った。
魔力は見たところ対したことない。
それこそクルだけで十分なのだが、さっきの光景が不可解すぎる。
まだ、クル1人ではダメだ。
「私、新魔王軍の幹部であるザヲと言いますぅ。よろしくぅ」
「マリー、いいから!」
「ダメです。置いて行けません」
「無視、あぁ悲しい。そんな焦らないでお嬢様方。私、そこまで好戦的ではありません」
「……ああ言ってますし、まずは様子を見ましょう」
「そうそう。私、ある御人をここに案内するためだけに現れたので」
「御人……?」
「私は、何もしませんよ」
そう言ってザヲはポータルに触れた。
ポータルは先程と同じように歪み、ある影を招き入れた。
まだ完全には現れていない、だと言うのにワタシは感じ取れていた。
その存在が何であるかを。
「さぁさぁ、いらっしゃってください」
「_______________!!マリー!!早くここから出てください!!」
「この者達の首取りを、貴方の初陣となさいましょう!」
叫ぶクル。だが、目の前の存在から目を離せなかった。
その存在はワタシが感じ取れて当然だった。
いつも感じていた魔力、最もワタシの近くにいた魔力だからだ。
「マ、オ……マ、オ……」
「貴様……何で、だ」
現れたのは黒い鎧を見に纏った騎士。
だが、ワタシには分かる。それが何者であるかが詳細に分かる。
「よくぞおいでなさいました。新魔王様」
その反応は、かつて魔王であった我自身の魔力だった。




