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その六十五 邪刃

 

「はぁ……はぁ……」


「おいおい、もう終わりか?」


 砕けた刃と傷だらけの身体。

 カヅチに挑んだミヅキは劣勢であった。

 互い共に攻撃手段は内包式(スクロール)である「言ノ刃」。

 己の感情によって強弱を左右する力である。

 故に、これは精神力を競う戦いでもあった。


「まだ、終わりじゃねぇ……」


「はぁ……なあミヅキ。お前なんで右手の力しか使わねぇんだ?」


「うるせぇ。いいから早く、構えろ」


 悪態をつきながらもミヅキは構え直した。

 内包式(スクロール)「言ノ刃」は右手と左手にそれぞれ宿る力。

 作り出される刀剣は右と左でそれぞれ違う刃が作られる。

 だというのに、ミヅキは右手の刀しか使っていなかった。


「もう少しもつと思ったんだがな」


「勘違いするな!まだ俺はやれる!」


「やれるってのは分かるんだけどな。如何せんオレを相手にするには役不足だよ」


 カヅチは退屈げな表情で2本の刀を両腕にしまった。

 対するミヅキは、そんな彼を忌々しそうに睨みつける。


「1本ずつなのは二刀が扱えねぇからか?そう難しいもんじゃねぇぞ。ただ両の腕をこう別々に動かすだけで……」


「簡単に言ってくれるなよ……昔からアンタのそういうところが嫌いだったんだ!」


「お?なんだ、いいぞ。オレにその想いをぶつけてみろ」


「そうやって、涼し気な表情で難しいことをやってのける……他人の努力なんざ見向きもしねぇ!そんなアンタが嫌いだって言ってんだよ!」


「難しいことってのは……ん?なんの事だ?」


「そういうところだ!!」


 ミヅキは立ち上がると同時に右手から刀を生成した。

 赤黒く鋭い刀剣。さっきまで使っていた物と同じ、怒りの刀だ。

 抜き放つと同時に振り上げられた、居合のような斬撃。

 至近距離ではまず避けられないスピードに、当のカヅチは笑って回避した。


「はは!今までで1番いい攻撃だったな」


「ちぃっ……これでもダメか!」


 カヅチはただ横に避けただけ。

 だが、それは縦に振られた刀を避けるには十分な動作だった。


「俺は!俺はアンタを見て諦めていく人を何人も見てきた……」


「オレを、見て?それは……オレのせいじゃねぇよな」


「ああ、確かにアンタからすれば勝手にやめていった人間だ……だがな、その人間にも無念ってもんはある」


 ミヅキは刀を収め、カヅチへと向き直る。


「今それを晴らすんだよ。外道に堕ちた、アンタに向けてな」


「外道ってな。これでもお前の兄貴だっての……でも、やっとお前の本音が聞けたようで嬉しいぜ」


「勝手に嬉しがってろ、気持ち悪ぃ!」


 悪態をつきながら、左手に手をつける。

 その掌に開かれた扉から邪気が漏れ出たと思えば、禍々しい刃が姿を表した。


「_______________これはただの言ノ刃じゃねぇ」


「ん?……おぉ?おおおぉ!?」


「アンタがいなくなってからの六年間、アンタに抱き続けた怒りと憎しみ。それを込めた刃だ」


「おおおぉ!!そうそう!これだよ、これこれ!」


 見ただけで身の毛もよだつ刀。

 七支に分かれた赤黒い刃はどれも不気味に尖っている。

 そんな凶器を前にして、カヅチはなおも笑顔を崩さない。むしろ出会えて喜んでいるかのようにはしゃいだ。


「六年の負の念!実の兄を相手に、よくもまあそんなに思い続けたもんだな!」


「当たり前だ!俺は今までだってアンタを許しちゃいない!!」


「そうだ!それがお前らしい、お前だからこそ出来た芸当だ!天晴れなりぃ!!」


「っ!舐めやがって!! 」


 七支刀を握り、ミヅキは飛びかかった。

 振るわれるのはただの薙ぎ払いだが、同時に出た異様な気が衝撃波へと姿を変える。

 たった一振で、7つもの斬撃が生まれた。


「良い!流石は六年分!並のスケールじゃないな」


「その涼しい顔、今に切り刻んでやるぞ!!」


 斬撃は散乱し、辺りの障害物をも壊し始める。

 刻まれる壁、割れる扉、粉々になる窓ガラス。

 だが、ミヅキはそんな光景には目もくれない。

 見据えるのは、ただ1人。


「アンタが、アンタがこんなことしなけりゃあなぁ!!」


「ははは!こりゃ、遊んでる場合じゃない。オレも久しくやる気に」


 カヅチの両手から飛び出す黄色の刀。

 現れたのは幸福の刃、嬉々たる刀である。


「なるっきゃないなぁ!!」


「_______________っ、死ね!くそ兄貴ぃ!!」


「ははは!はっははは!」


 ミヅキにより振るわれる負の感情を、カヅチは無駄のない動きで捌いていく。

 そこには恐れも緊張もない。


「くっは!楽しい!楽しいな、ミヅキィ!」


「……!何で、何で届かない!俺は六年間を、アンタを殺すために!」


「はは_______________だから、ダメなんだよ」


「……え?」


 ミヅキが手を緩めることは無かった。

 本人に隙など与えた気は無かった。

 だが、そんな凝り固めた意思を無視するかのように。


「オレは楽しい。今一瞬をそれで生きてる」


 カヅチは散歩するように、懐へと踏み込んだ。


「ふざける_______________!!」


「お前らしい、つまんない六年だったな」


 冷めた兄貴の顔。

 走る黄色い閃光が、ミヅキの胸を割った。


 ザ シ ュ ッ


 軽い、肉を切る音がミヅキの耳に残った。


 カ ラ ン


 一際大きい刀の落ちる音が辺りに響いた。


 そして、誰かが膝を着いた音が。


「_______________ぁ……俺、は」


「怒り、それも結構。だがそういう激しい思いは視野を狭めるんだな、これが」


 戦意を喪失した顔を見るや否や、カヅチは踵を返した。

 その手には最早、武器は握られてはいない。

 そこにいる男を敵として認めていなかった。


「六年の怒りにしては生っちょろい。だけど、お前の思いは偽物じゃなかった」


「……?」


「つまり、どっかでその怒りを発散させたと見た」


「……!」


 ミヅキの呆然とした頭に浮かぶのは、森林での魔族の襲撃のこと。

 魔法陣と共に訪れた、あの理不尽な怒りの感情が思い出された。

 力強く、怒りに任せて床を叩いた。


「本当は6年分じゃなかったわけだ。ま、それに関係なくお前は役不足なんだがな」


「……ろせ……殺せよ……俺なんて」


「ばーか。戦えねぇ弱い奴に手をかけるほど、オレは落ちぶれちゃいねぇよ。そんじゃーなー」


 陽気に手を振る姿はポータルの向こうへと消えていく。

 着いた膝と垂れた腕が、嘘みたいに重く感じた。


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