その六十四 兄弟
それは在りし日の夢。
俺がまだ「戦士の位」ではなかった頃。
俺の兄であるカヅチ・レックウがいた頃の夢だった。
「兄貴。兄貴はなんでそんなに強いんだ?」
兄貴は強かった。
学生の身でありながら、現役討魔師すら舌を巻く活躍をしていた。
討魔師としての将来は約束されてるも同然の人材だ。
たまに稽古をつけてもらっていたが、1度として兄貴を負かしたことなんてなかった。
「オレか?オレはそんな、言うほど強くねぇよ」
「そんなことない。周りの人みんな兄貴のこと凄いって言ってたよ」
「周り、ね。まあ、いくら褒められたところでオレが強くなるわけじゃないしな」
「周りが褒めるくらい、強いって意味だよ」
「いやいや。上には上がいるもんだ」
「上って、どんな人がいるんだよ 」
「そりゃ暗殺者の位のカドランさんとかか?」
「あんなババアカッコよくねぇよ」
「バカ、お前あの人の前ではそれ言うなよ……とりあえず、オレより強い人はごまんと居るってことだ。わかったか」
「うん、わかった……」
兄貴は自身の強さを話すときは決まって謙虚だった。
目指している目標には未だ届かない。自身の可能性を常に追い求めているような人だった。
こういう人だから強いのだ、と俺は子供ながらに尊敬していた。
「むう……兄貴と同じ練習してるのに、何で俺は兄貴みたいになれないんだろう」
「まだ10歳だろ?焦りすぎだ。今でも十分強いぜ?」
「十分強い、じゃダメなんだよ!俺は最強を目指してるんだ!」
「最強って……ミヅキ、お前オレより強くなる気かよ」
「当たり前だろ!俺が最強になって、魔族とか、悪いヤツとか全部倒すんだ!」
「……いいな。なれるよ。お前なら」
「本当に?」
「お前は我慢強いやつだ。きっと強くなれば皆がお前を頼りにするだろうよ」
そう言って肩を叩いた兄貴の笑顔を今でも覚えている。
戦士の位になれなくてもいい。肩書きなんていらない。
俺はただただ強くなるんだ。
もし俺に肩書きが付くとすれば、それは「最強」の称号なんだ。
子供ながらに夢を抱き続けていた。
そういえば、この「最強」への夢、いつ忘れたんだろう。
気づけば俺の中から無くなっていたんだ。
戦士の位になったあたりからか?
兄貴から俺へと、代わった日からか?
強かった兄貴、五聖だった兄貴……いなくなった兄貴。
今の俺はそんな兄貴を_______________
〜〜〜〜〜〜
「_______________っ!はぁ、はぁ、はぁ」
ミヅキは短な眠りから目を覚ました。
まず目に映ったのは、伸ばされた己の腕。
何かを追いかけ掴もうとしているような腕だった。
「俺、何して……?」
伸ばした手を頭に持っていき、軽く思考した。
今ある自分の現状を静かに思い出していった。
フィン・ランネルからの宣戦布告、魔族による学校の襲撃、現場に急行、そして上級魔族との交戦……。
「あの後……そうか!あの野郎、爆発しやがったんだ!」
咄嗟に自分の体を見渡す。
擦り傷などはあるが、どれも大した怪我ではない。軽傷で済んでいる。
次に周りに目を向けた。
廊下にクレーター地味た爆発跡。
割れたガラスや壁の後処理を思うと、頭が痛くなってくる。
「っあ、違ぇ。おい!女子!1年女子どこいった!」
必死に辺りを見回すが、タリム・レッドゲイルの姿はない。
残っているのは例の魔族の鎧のみだ。
跡形もなく消し飛んだ、と正直考えたくなかったミヅキはすぐさまタリムを探すことを決めた。
立ち上がり、走り出そうとしたその時。
「おぉい!生きてんなら返事し……あ?」
目の前に現れた漆黒の空間。
ミヅキには見覚えがあった。
魔族共が使っていた、ポータルとかいうやつだ。
あそこから魔族が好き勝手出入りしていたのだ。
ゆっくりとそこから出てきた者を見て、ミヅキは己の目を疑った。
「よいしょ、っと……お?はは!当たりじゃん!いきなり会うとはなあ」
「_______________兄貴?」
現れたのはカヅチ・レックウ其の人だった。
ミヅキの頭を走るあらゆる考察。
擬態した魔族、他人の空似、いやどこかから兄貴の死体を……?
「本、物……いやでも、兄貴は」
「本物だよ。オレの死体なんて無かったろ?」
「死、体……?セイヴハートが裏で処理したんじゃ」
「あーあー、まあそう思ってもしょうがねぇけどよ。セイヴハートは何もしちゃいねぇ……いや、何もってワケでもないか」
仕草といい、物腰といい、あの日のカヅチのまま。
ミヅキの目には、紛うことなきカヅチ本人が見えていた。
「っ、俺、アンタの後任で戦士の位になったんだ!アンタがいなくなったから!でも、生きてたなら、なんで」
「落ち着けって……まあ留守にしてたのは悪いと思ってるけどよ」
「そんな軽いノリで……俺が、どんなに」
「いやー、すまん!こっちにも色々と事情が、な?」
「……でも、兄貴が無事で良かった。安心してるんだ、こうして会えて」
「おう。オレも、会えて嬉しいよ」
ミヅキは顔をうつ伏せ、ふらついた足取りで近づいた。
手を広げて触れようとする両者の光景はまるで感動の再開だ。
その2人が触れようとした直後、それは起こった。
「_______________親族でも情は湧かず、か」
片方を無慈悲な刃が貫いた。
腹から背にかけて伸びた刀剣には赤黒い血がポタポタと滴っている。
「っ、かぁっ、なん、で……」
苦しげな声が校内を響く。
刀剣を持った片方の男は、吐き捨てるように言った。
「恨んでるからだよ、兄貴」
血濡れの刃を引き抜きながら、ミヅキは不愉快そうに眉をひそめる。
だが、当の刺されたカヅチはむしろ嬉しそうな顔をしていた。
「……ぶふっ!かっははは!!恨んでるって、お前、実の兄だぞ!そこは感動のハグだろうが!」
カヅチの腹の穴は、空いたそばから塞がっていった。
フィンと同じだ。ただの人間に出来る芸当ではない。
「感動だぁ?アンタのせいでかなり苦労してんだよ!誰が泣くか、誰が寂しがるか!!」
「はっははは!いいね、お前らしい!そりゃお前の性格なら五聖なんて苦労する役職だろうな!」
「嬉しそうに言いやがって……このくそ兄貴が」
「随分大きくなったな。苦労がたたったのか、老け顔に見えなくもない」
「殺すぞ!!」
振りかぶられた「薄刃の柄」をカヅチは軽々と避けた。
元戦士の位らしく無駄のない、完璧な動きで。
「おいおい、もっと話そうぜ。久しぶりの兄弟の対面なんだ。昔話とかよー」
「分かってる。俺は知ってるんだ……アンタ、魔族側に寝返ったんだろ?強くなりたいからって!」
ミヅキは握る柄に力を篭めながら、怒りながらに叫んだ。
「元からアンタの中には、強さを求める気持ちしかなかった。ずっと見てきたから分かるんだ。アンタの行動原理は強くなりたい、それだけなんだろ?」
「は、ははは!ははは!」
「王都がどうなろうがどうでもいい!ただ強いヤツと戦って、腕を磨きたい!それだけで、劣勢の、魔族の、側に!」
「ひひひは!ひぃっ……よく分かってんな。流石はオレの弟♪」
「人間側の苦労も知らないでなぁ!!」
変わらず楽しそうなカヅチに、ミヅキは青筋を立てた。
知っていた。いなくなったあの日から、そんな予感はしていた。
まさか今、形として現れるとは思ってなかったが。
抱く思いは変わらない。
「そんで?どうするよ。魔族側に寝返った兄を前にして、お前はどうする?」
「当然だ……殺す。魔族に寝返った人間を生かして帰すワケが無い」
ミヅキは右手から刀を引き出した。
現れるのは「言ノ刃」によって生成された赤黒い刃。
怒りの刃だ。




