その六〜八 目的
見渡す限りの白い空間。
ワタシは大理石に囲まれた神殿に居た。
「マオー、いる?」
神殿を響き渡るのはいつもの友人の声。5年来の仲の友人だ。彼女とはここしばらく会っていなかった。会うのは実に7日ぶりである。ワタシは年柄もなく落ち着きを隠せないでいた。
「いるぞ。どうした?元気が無いようだが」
「ぇ、?そう_______________」
ドチャリ。
突然水音の混ざった、人の崩れ落ちる様な音がした。
「マリ、どうした!?おい、返事をしろ!」
「えへへ、ちゃんと居るよ。大丈夫だって。マオーは心配性なんだから」
倒れた人影はゆっくりと立ち上がり、ワタシの方へと近づいた。だが、足並みは未だおぼつかないまま。
「今日は約束してた、もんね。魔術の、練習」
人影は千鳥足のまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「もう、マオーにも負けないくらい、凄いんだか、ら私」
姿をハッキリと認識出来るくらい近づいた時、それは再び崩れ落ちた。
「マ、マリ?お前、何が…!」
「痛……えへ、また転んじゃった」
破れた衣服、赤く滲んだ包帯、血の気が引いた肌。
そこに居たのは7日前からは想像できない傷だらけのマリだった。
「何を……何をしている!その怪我、ここにいる場合ではないだろう!」
「慌ててるの?なんか、マオーらしくないね」
マリは苦しそうに笑う。
愛らしいその表情さえ、包帯に覆われてよく見えない。
「今すぐ帰るんだ!お前の家なら、その怪我を治す設備くらい……!」
「……ダメ。もうあの家には帰れないの」
悲しそうに、マリは目を逸らす。
「それに、ほら、もう今更何やってもダメ」
静かに、腕の包帯を解いた。
「_______________。」
ザクロのように引き裂かれた傷から、血がとめどなく溢れていた。
ペロリとめくれている皮膚、わずかに見える骨、見ていられないほど痛々しい傷がいくつもあった。
「誰が、誰がそれを……今すぐ教えろ」
怒りで頭も口も回らなかった。
それでもただ思ったことを口に出した。
「ううん。ごめん、誰でもないの。きっと私の……あ、っ!」
突然、包帯の巻かれていない肩の当たりから血が吹き出した。
見ると、さっきまで無傷だった肌に傷口が現れていた。
魔術の類ではない。間違いなく外部からの干渉ではないと分かっていた。
「ほら、もうダメ……だからね。最期に、マオーに会っておきたかったの」
「我に、我に触れろ!直接触れさえすれば魔力が流せる!魔術が使えるのだ!その程度の傷、直してやれる!」
「ふふ、そういえばそっか。回復魔術、習う予定だったね」
マリは目を細めながら、包帯に包まれた手でワタシの額に触れた。
間髪入れずに魔力を流し込んだ。
死んで欲しくない。
過去に幾多の人間を殺しておきながら、そう思った。
「マオーの肌って冷たいね。こうして触れるのは初めてかな」
「……」
「魔王には触れるな、って家の本に書いてたから、できるだけ触らないようにしてたんだ。友達になりたい、なんて言ってたのに、私ひどいよね」
「黙れ……あまり喋るな」
「……実はさ、マオーに初めて会った時、結構怖かったんだよね。魔族なんて王都じゃ全然見れないから」
「くぅ……っ!」
「あれから色々あったね。あの頃の7歳だったのに、私たちもう5年来の仲じゃん?すごいよね」
「助ける……助けてやるから黙っていろ!」
「多分、世界中の人を守れる勇者にはなれなかったな。でも、目に見える人達くらいは……まもりたかった」
「黙れって言っているだろう!」
「いつマオウの友達に、対等になれるかなって思ってたけどさ」
「っ_______________愚か者、もうお前とは」
「あ……。」
「ゴメン、サヨナラみたいだよ。マオウ」
「_______________!!」
身体を起こす。
視界に入ったのは見慣れた光景。
木でできた壁に吊るされたランプ。
ガラスが貼られた窓からは陽の光が差している。
現実だ。夢から目覚めたのだ。
「ハァ、ハァッ、ハ_______________ふぅ」
肩を撫で下ろす。
あの日から、ワタシはずっと同じ夢を見ている。
マリ・セイヴハートが死に、意識が彼女へと移ったあの日の夢を。
彼女の死因も、このワタシの現状も、分からずじまいだ。
知らなければいけなかった。
「朝だぞ!降りてこい魔王!」
「……待っていろ。今から着替える」
ドンヨリとした暗い思いを拭うように、クローゼットを勢いよく開けた。
〜〜〜〜〜〜
下の階へ行くと長い黒髪の女が忙しなく動いていた。
「着替え終わったぞ。朝食は?」
「そこにある。列車の出発時刻ギリギリだから急げよ」
動きながら黒髪の女はぶっきらぼうに言った。
彼女はセリル・イルギエナ。
マリ・イルギエナの保護者であり、あの日にマリを殺す依頼を受けていた暗殺者だ。
何故この女がワタシの保護者として匿ってくれているかは分からない。
だが、殺そうと思えば殺せるし、匿わなければ脅すだけなのでこの件に関しては気にしないようにしている。
「学校はどうだった。バレずに済みそうか」
「2人にちょっとバレた。人間と、もう片方は魔族」
「……それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。魔族の方は消したし、人間は上手いこと誤魔化せた……多分」
「そういう問題か?ったく、1日目でどうしたらそうなるんだよ」
「問題ない。人間との棒遊びでちょっと本気になっただけだ。魔術は使ってないさ」
「……そう、ならいい」
出されていたパンを口に放り込みながら考える。
あの日のマリに外傷は無かった。
毒による殺しでも無い。人間の作った毒くらいならワタシの魔術で解毒できていたからだ。
魔族の魔力感知は凄まじく、ワタシ程なら封印されてようが王都中の魔力を感じ取れる。
だが、あの時の周囲にはマリとワタシの魔力しか感じられなかった。
「いつもに増して険しい表情だな……セイヴハートについて何か分かったのか?」
セリルの「セイヴハート」という言葉にピクリと反応する。
「……お前こそ何か分からないのか」
「依頼主のことを詮索するのはウチじゃ御法度だったからな。何もないよ」
セリルから聞いた話ではあの日に受けていた依頼は由緒ある勇者の家系から。
つまり、マリ自身の身寄りでもあったセイヴハートからだった。
マリには知って欲しくない事実だが…。
「まだ1日目、そう急ぐほどではないか……食い終わった。もう出るからな」
「ああ。とりあえずセイヴハートには気をつけろよ。私たちの界隈でも未だに得体が知れない連中だ」
「それは耳にタコができるほど聞いた」
荷物を持ち、半ば蹴り飛ばすようにドアを開けた。
ワタシがこうして生きている目的はセイヴハートの真相とマリの死について明らかにすることである。