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その五十八 強者の責務

 

「みんな落ち着いて!とりあえずはこっちに避難して!」


 ケイナ・ビリッツァの声が校内を響き渡る。

 現在、ケイナを含めた風紀委員の面々は生徒の避難を誘導していた。

 原因は魔族の出現。

 それも校内に突然現れたそうなのだ。


「早く行って!」

「うわ、うわあああ!!」

「どけ!どけ!俺が先だぁ!」


「ちょっと、慌てないでって!……もう、なんでこんな時に限って委員長はいないの!?」


 ケイナは混乱した状況に思わず歯噛みをした。


 教員は魔族が出現した場所に集合。

 風紀委員やその他の委員が生徒の避難誘導を任されたわけだが、こういう場において肝心になる五聖(グローリー)がいないのである。

 ミヅキもマインもどうやら校内にはいない。

 手馴れていない誘導では数多いる生徒が(さば)き切れないでいた。


「副委員長!1年生は一通り避難し終えたみたいです!」


「そう、ありがとう。じゃあ次は_______________」


 瞬間、生徒全員の頭にある光景が流れた。


 青空を浮く太陽。

 青く茂る草むら。

 干された布団。

 どこかの天井。


 急激な眠気が一帯の生徒を襲った。


「_______________っ!何、今の」


 ケイナは辛うじて耐え、自身の頬を叩いた。

 顔を上げると、辺りには倒れた生徒が多数。

 ケイナは周り生徒も自分と同じ状態になったのを、瞬時に読み取った。


「なっ、誰か!起きてる人いる?!居たら返事して!」


「あ、うう……」


 ちらほらとだが起き上がる生徒。

 何とかなりそうだ、と思った矢先だった。


「起きてる人は倒れた人達を_______________!!」


 突然目の前に黒い空間が出現した。

 夜空のように果てしなく続いて見える空間。

 その中から、一つの影が這い出て来た。


「ふむ。ここが人間が集まっているというガッコウ、であるか」


 出てきたのは古い軍服を身にまとった長身の男。

 ケイナはその姿と異様なオーラからその者の性質を感じ取った。

 人間?否、人間の形をした魔族、上級魔族であると。


「……!!起きてる人はすぐに他の人を避難させて!早く!死にたくないなら早くしなさい!」


 死、その1文字に微睡(まどろ)んでいた生徒は動き始める。

 その光景を上級魔族はじっと見ていた。

 無機質な瞳には、何の感情も宿っていない。


「ふむ。どうやら貴殿がこの場を取り仕切る人間のようであるな」


「……だったら、何よ」


 ケイナはぎこちなく笑んだ。

 余裕を取り繕っているが、その内心は恐怖で満ち満ちたもの。

 震える腕を隠しながら会話を続けた。


「今このガッコウで1番人間が集まっているのはどこだ?教えれば、貴殿の命だけは助けてやるのである」


「は、1番集まっている場所?そんなの私が知るわけないでしょ?」


 本当は知ってる。職員室だ。


 自身の命と多の他人の命。

 両を天秤にかけられなかったケイナは混乱の末、嘘をつくという選択肢を選んだ。

 これは彼女の正義感の強さと良心の弱さから出された判断であった。


「そうであるか。残念である……答えを知っていれば助かった命、何が重要になるか分からない世の中であるな」


「教えたとして、どうするつもりだったのかしら」


「そこへ行き、人間を全て殺す。その後、貴殿を殺すつもりであった」


「助ける気はなかったのね。救いようのないクズだわ」


「生の時間、逃げる猶予は与えられたのである」


 そう言って、上級魔族は右手の指を全てケイナに向けた。


「本来、魔族には名前というものはない。だが、多く人間を殺し、他の魔族にも認知されると魔族には通り名が与えられる」


「なに急に。魔族の制度に興味なんてないわよ」


「人間を殺すことで、我輩達の存在は肯定されるのである」


 ケイナから見た魔族の指。

 指先からポッカリ空いた細い穴はどこか銃口を連想させた。


「我輩はキラー、「百手のキラー」と呼ばれているのである」


 指の穴は小さく光った、と思うと目映い魔力の爆発を起こす。


「っ「白帝(びゃくてい)」!!盾部隊、横列陣形に並べ!」


「リャーーーホーーーー!!!」


 ダダダダダダッ!!


 掛け声と共に放たれた弾丸が避難している生徒諸共に襲う。

 だがら襲い来る銃撃は召喚された騎士達の盾によって遮られた。

 弾丸を弾く音が辺りを響き続けた。


「うむ。良い力をお持ちのようであるな」


「アンタねぇ!避難してる人まで!」


「当然である。さっき言ったであろう?人を殺すことが我輩の誉れであると」


 キラーは指から上がった白煙を吹き消した。

 その頃にはケイナから恐怖は消えていた。

 怒り、心に火を灯すことでその邪念を消したのだった。


「アンタはアタシが討伐するわ。このケイナ・ビリッツァがね!」


「そんな華奢な体で勇ましい啖呵(たんか)であるな。だが」


 金属音と共にキラーの腕から刃が現れる。


「気迫だけで命の駆け引きは左右できない、である」


 カッ、と蹴る音と共にキラーは発進。

 窓から射す光が刃を妖しく照らしていた。


「「白帝(びゃくてい)」、朱雀の陣」


 ケイナが手を広げると盾、剣、槍を持った騎士達がそれぞれ並んだ。

 主を守るように立ち塞がった白銀の騎士。

 キラーは臆することなく前進した。


 そして、なるべくして騎士とキラーは接触する。

 攻めと守りが堅実に合わさった陣形。

 キラーを取り囲んだ騎士達は容易に対象を抑え込んだ。


「_______________むっ、やるであるなっ!」


 止まった動きに間髪入れず、槍の容赦ない刺突がキラーを襲った。

 グサリと肉を貫く音、滴が落ちる音が命中を知らせる。

 仕留めた、相手が人間ならば致命傷のはず。

 そう魔族ならば。


「やった、っ!!」


 カ ラ ン


 突然何かが落ちた音。

 直後、辺り一帯に煙幕が展開される。

 ケイナの視界を真っ白に染め上げられた。


「油断大敵。まだ戦士として浅いのである」


 ケイナの満たされた死角から、煙幕を破り現れるキラー。

 腕より引き出した鈍器がケイナの頭部を正確に狙い弾く。

 魔族の力で叩かれた細身の肉体は、面白いように跳ね飛んだ_______________!!


 2、3度跳ねる五体。


「いっ、つぅっ!……っ、「白帝(びゃくてい)」盾部隊、並べ!」


「リャーーーホーーー!!」


 起き上がるよりも早いキラーの追撃に、よろけながらもケイナは対応した。


 カッ!カカカカカカ!


 弾丸を弾く音の中、ケイナは虚ろな意識で考えた。

 魔族は人にはない再生能力を持っている。

 奴は槍で貫いたにも関わらず、なおも動く。

 完全に治っているのか?だとしたらその再生は何回続く?


 途方もない力の差。

 考えれば考えるほど、その差を突きつけられた。


「怖い……」


 震える声、それと身体。

 魔族と対峙してまだ浅い、彼女の感覚が死を連想させた。

 心に灯った火は弱まり、恐怖が蝋燭を浸した。


「守るだけでは、吾輩は倒せない!!」


 再びキラーが接近を始める。

 迫る足音が恐怖を煽った。


「いやっ!「白帝(びゃくてい)」!ア、アタシを守って!!」


「また守り!馬鹿の一つ覚えであるなぁ!!」


 キラーの掌から展開された掘削機(ドリル)が、盾部隊を容易に穿っていく。

 魔族は騎士のスクラムを抜け、徐々に近づいていく。


「あ……ひっ、ヤダ、アタシは、まだ!」


 迫るキラー、迫る凶器、迫る死。

 もう、戦いたくない_______________



「副委員長!頑張ってください!」


 突如、後ろからの声。


「負けないでください!ケイナ先輩!」

「もうすぐで避難終わります!終わったら、援護しますから!」

「持ち堪えてください!先生方もそのうち来ます!」


 辛うじて動けている生徒の声援。

 立っているのもやっとの彼らに、魔族と対峙する力は無い。

 あったとしてもアタシ程の力、勇気は無いのだろう。


「っ_______________ふ、ふふ。援護なんてしたことないくせにね」


 心の蝋が熱く溶ける。

 こんなにも弱き者たちが後ろにいる。

 戦う勇気はないが、声援を与えられる生徒達がいる。

 今の私の死は、私だけの死ではないのだ。


「バカ!アンタらは倒れてる生徒でも、どけてなさい!!」


「ハハハ!持ち上げられて舞い上がったでありますかぁ?」


 襲いかかる魔族。

 今のケイナにはもう、恐怖など微塵もなかった。


「何アンタ。そんな舐めた動きしてたのね」


 恐怖という曇りの無くなった瞳には、その動きがコマ送りに見えた。

 振りかぶられる刃。

 ケイナは手にした長剣でその斬撃をいなした。


「ぬぅっ!!」


 腕より取り出される槍、槌、大剣。

 キラーはあらゆる武器を扱って攻撃した。

 だが、その(ことごと)くをケイナは叩き落としていく。


「百手、ね。武器が百あっても使い手の技術がその程度じゃ意味無いわね」


「何を、舐めおって小娘がぁ!!」


 叫ぶと同時に後退し、キラーは腕を巨大な砲台へと変形させた。


「!!「白帝(びゃくてい)」、そいつを捕まえて!」


 だがそれが発射されることはない。

 後ろからの騎士達により、キラーの四肢がそれぞれ抑えられたからだ。

 キラーは完全に身動きが取れない状態となった。


「むうぅ!!離せ!離さんかぁ!」


「ふぅ、これで詰みかしら。首を跳ねて、脳天を貫けば死ぬの?魔族って」


「貴様ぁ!こんなので勝ったと思うなよ!」


「はあ、痛ぶる趣味はないからすぐに殺してあげるわ。その再生が出来なくなるまでね」


「ひいぃぃ!それは、それだけはぁぁぁぁ……ハッハハァ!!」


 突如、キラーの胸部が大きく開いた。

 中から現れたのは巨大な銃口。

 向いた先はケイナではなく、避難中の生徒である。

 既に魔力の弾丸は装填されていた。


「どんな手を使っても人間は殺す!これが百手のキラーたる所以(ゆえん)よ!死にたまえ!愚かな人間共ぉ!!」


「「(びゃく)、!!ダメ、間に合わない!」


 ド ガ ン ! !


 魔力の砲丸が飛んだ先で巨大な爆発が起こった。



 上がる煙と帳。

 晴れると、命中した者の姿がそこにあった。


「あ、あ、あ……」


 立っていたのは、ボロボロになったケイナ。

 防御魔術に全魔力を注いだからか五体満足ではある。

 だがもう戦える状態ではない。

 ペタン、とケイナはその場に力なく崩れた。


「ハ、ハハハ!!何をやってるのだぁ?馬鹿かね貴殿は」


「ぅ……また生徒に、よくも!アンタ、絶対、許さない、から」


「恨むならそこにいた雑魚共を恨み給えよ!いなければ貴殿もそうはならなかったのだろう?」


 拘束していた騎士達は霧散し、自由となったキラーは上機嫌に歩み寄る。


「ハハ、ハハハ!!それでは、貴殿を殺した後……いや?この雑魚共を蹂躙する様を貴殿に見せつけてから、殺すとしよう!」


「野郎っ!!そんなこと、アタシが、っ!」


 殺す気のない蹴りが、ケイナの顎へと飛ぶ。

 その様子に怯え逃げる生徒もいれば、立ち向かおうと身構える生徒もいた。


「人間は殺す。これぞ、魔族の矜恃!魔族の存在価値なのだぁ!ハハハ_______________ん?」


 そんな中ゆっくりと、それでいて堂々と近づいてくる生徒がいた。

 他とは様子が違う生徒がそこにはいた。


「あ_______________んの、バカ」


 短い金髪に、翡翠の瞳。

 明らかに恐怖を感じていない生徒がそこにいた。


「何だ?勇気ある者が一人、と。ならば、まずは貴殿から殺すとしよう!か!!」


 ガチャリと腕を銃器に変え、キラーは一息に弾を連射した。


「リャーーーホーーーー!!」


 飛ばされる無数の弾丸。

 生徒へと命中したはずの弾丸は、生徒に触れると同時に消えているように見えた。


「ホーーー、ホー、ホ?」


 弾を撃ち切った頃、生徒の影はその場から消えていた。

 肉片のひとつも見当たらない。普通に考えれば跡形もなく消し飛んだように思える


「んっんー?やはり気迫があっても戦闘力がブベラァ!!」


 どこからともなく現れた鉄拳がキラーの頬を殴り抜いた。

 ただの殴打にも関わらず、キラーの身体は廊下を面白いように跳ねまわった。

 やがてその生徒はケイナへと歩み寄り、ゆっくりと手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?先輩」


「フフ……何カッコつけて登場してんのよ、バカ後輩」


 ケイナはそんな生意気な後輩(マリ)に悪態をついた。


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