その五十五 希望
剣魔祭が終わった次の日の朝。
ワタシは家にいた。
コンコンコン
三度のノックが来客を告げる。
「おいマリ、今手が離せないから出てくれるか」
制服姿のまま朝食を食べていたワタシは仕方なく席を立った。
時刻はまだ朝の8時も回っていない。
こんな朝早くに来客とは、かなり珍しかった。
「はい、今出ます」
パンを口に咥えたまま、ドアを開けた。
「よ。魔王がパン咥えて出てくるとか、もう一生拝めそうにない光景だな」
「……ミヅキ?」
開けると、そこには眠そうな戦士の位ミヅキ・レックウがいた。
〜〜〜〜〜〜
早朝の王都。
清々しい朝日が街を照らす。
通りにある店が開店の準備を始めている。
そんな人通りの少ない中をワタシとミヅキは歩いていた。
「ふむ。人の少ない朝に出歩くというのも新鮮だ。悪くはないな」
「そうか?ふぁ……ふぉれは眠くてたまったもんじゃないぜ」
ミヅキは大きなあくびをすると、眠そうに目を擦った。
今日はいつもと変わらない登校日。
ワタシはミヅキに連れられ、いつもより早い列車の便に乗った。
そして今、王都の街並みを歩いている。
向かう先は学校ではない。
「……さて、もう着くかな」
通り過ぎる校舎を横目に見ながら、ミヅキは呟いた。
向かう先は学校よりもさらに奥。
王都のほぼ中心部に位置する建物だ。
「ここに入るのは初めてかな?魔王様?」
「当たり前だ。私のような部外者が入っても追い返されるだけだ」
「その見た目なら割と行けるんじゃないか」
ギギィ……
眠そうな警備が頷くと大仰な扉が開く。
ワタシは目の前に高くそびえる、その建物を睨みつけた。
聖城ホワイトワン
王都の政府の本部。この街の根幹を担う場所。
ワタシはそれに確かな威圧感を感じながらも、足を踏み入れた。
〜〜〜〜〜〜
城に入ると、煌びやかな証明と派手なカーペットが出迎えた。
無駄に高い天井と無駄に広い空間。
内装は外観から来るイメージそのままだが、もう少し使用人達がズラーと整列しているのを想像していた。
少し期待はずれだ。
「はあー……」
「何ボーッとしてんだ。こっち来い」
壁に掛けられた絵画を眺めていると、ミヅキに背中を押される。
連れられるがままに城内を進んで行った。
何故ここに連れてこられたのか、まだ分かっていない。
城内の様子は気になっていたが、この魔王に城内を見学させるためというわけでもあるまい。
ましてやミヅキが好んでここにワタシを連れてくるとも思えない。
アイツのことだ、王都とワタシの接触は避けたいはず。
何故……?
そうこう考えている内に、ある一室に着いた。
「医務室」
部屋の看板にはそう書かれてあった。
ワタシは導かれるまま中に入っていった。
「……!」
目に飛び込んだのは大量の空きベッド。
その中の1つだけが使用されていた。
「マイン……」
そこには寝息をたてているマインがいた。
「昨日倒れていた所を保護された。お前が見つけたんだろ?」
「……そうだ」
それは、昨日の剣魔祭での出来事。
ワタシがマインの正体を知った途端、マインは壊れた。
その取り乱し様は精神干渉の時の比ではなかった。
涙を流し、頭を掻きむしり、ワタシを襲い、終いには己の命を……。
そうして、やむを得なかったワタシはマインを気絶させのだった。
その後、リンクには逃げられている。
あのままセイヴハートに届けるのは信用ならなかったので、偶然駆けつけたある人物に保護を頼んだのだが……。
「あっ、来た来た♪ヅキくんマリちゃんおっはよー」
「ん、ようローナ。いたのか」
「いたよーいたいた。マインちゃんずーっと見てましたよー」
暗殺者の位ローナはその場で一回転した後、バチンとウィンクを決めた。
「マインの容態は?」
「特に問題なーし。身体も魔力の調子も全く異常は無いんだけどー、ね?」
ローナは丁寧な手つきでマインの頭を撫でた。
「ずーっと寝てるの。まるで起きるのを拒んでるみたいに。もしかしたら王子様のキッスで起きるかもね☆」
「目覚めるのが嫌ってか……容態は問題なしか?」
「ん、大丈夫みたい。昨日の夕方だし、本当に寝てて起きないだけかもだけど……ほれほれ」
妙な掛け声と共にローナはマインの頬をつついた。
ワタシがマインの保護を頼んだ人物とはこの女、ローナ・シャリテナである。
異常を察知してその場に駆けつけたらしい。
「で、魔王様?お前に聞きたいことが色々とあるんだけどよ」
「……分かっている。別に秘密にするつもりはないさ」
ワタシはこうして遺体を巡る出来事と剣魔祭での1件を話した。
形白、消えた魔王の遺体、ワタシの存在に気づいていたリンク、そしてマインの正体……。
「_______________。」
「ん……ミヅキ?」
「あらら、ヅキくんストレスのあまりフリーズしちゃった」
「そんなにだったか?」
「剣魔祭の運営とかその他諸々で疲れてたからねー」
情報量に耐えきれなかったのかミヅキは椅子に座ったまま目をつぶり、固まってしまった。
その様子にローナは嬉しそうに笑っている。
「ふふ……でも、そっかー。マインちゃん、人間じゃないんだねー」
「形白、セイヴハートによって造られた人間とのことだが、貴様ら五聖は知っていたか?」
「んー……実はちょっと知ってた。結構前からセイヴハートはやってたみたいヨ」
「結構前から、というのは」
「少なくとも、私が生まれるよりは昔かな」
「そんなにか」
「そんなに。それを知ってるからこそ五聖はセイヴハートを信用してないんだよねー」
情報は少ないが、少なくとも20年前の時点では計画は始まっていたのだろう。
マインの名前は製造ナンバー「01」の語呂から取ったもの。
番号が造られた順番を表すのなら、マリが生まれる前から存在していたのではないか?
マインの年齢すらも怪しくなってきた。
「……妹ではないのは間違いない、か」
「名前は番号の01から取ったんでしょ?なら、他の形白の名前は?」
「確かオージ、レイミ、ゼス、だったか」
「02、03、04だね。5体いるってのが本当なら、あとは5番目かー」
「形白……何故、マインはこうなってしまったんだ」
「そりゃ、妹じゃないってバラされたのがよっぽどショックだったんでしょ?今までそういう体で接してたのもあるかもだけど」
「それが分からないんだ。妹じゃないのなら、マリとマインには深い繋がりが無いんだろう?どうしてそこまで」
「……どうして、ね」
ローナはマインの鼻をつつきながら、憂うような目で見た。
「多分この子、生前のマリちゃんに会ったことなかったんだよ」
「マリ・セイヴハートにだな?」
「うん。だってこの子今のマリちゃんに何の疑いも持たなかったんでしょ?」
「マインは私のことを姉だと言って慕っていた」
「今の貴女が全てだったんだよ。聞いた感じセイヴハートじゃ良い待遇ではなさそうだし、よっぽど大事な繋がりだったんじゃないかな」
「大事な、繋がり……」
「そんな希望との繋がりが消えちゃうとしたら……私だったら泣いちゃうな。なんてね」
「……ローナ、お前はマリが死んだときに何を思った?」
ふと、不意に湧いた興味がワタシの口を開かせた。
ローナは数秒固まった後、困ったように笑ってみせた。
「_______________ふふ、内緒ー」




