その五 命令
その後ワタシはクラスの者達から注目を浴びた。
だが、話を聞くに誰も詳細には目撃してないらしい。
入学式初日は、あの先輩が言いふらしているという可能性を除けば、特にトラブルは無いままに終わった。
時は過ぎ、空がオレンジ色に染まる頃。
正門前は帰宅を始める生徒で溢れかえっていた。
「はぁ、今日は疲れる1日でしたねー」
隣りのリリナがため息混じりに言った。
「大したことはしてないはずなんだけどね。疲れが、何か蓄積されてるって感じがする」
「マリちゃんは特に、なんじゃないですか?詳しくは知りませんけど」
「うん……ちょっと、色々ね」
「色々ですか……あの演習、勝てた1年生は2人もいたらしいですよ。今年の剣術科は豊作だーって先生方が言ってました」
「へ、へぇー2人も」
「えっと、ほら。マリちゃんの隣にいた人。あの人が確かその1人でした」
「あー……」
隣の席のタリム・レッドゲイルが浮かんだ。
風貌から優秀な感じが漂っていたから、さほど驚きはない。
あとのもう1人がワタシでないことを願う。
「ま、まあ私には縁のない話かな。普通の生徒として過ごすのが1番だよ」
「確かマリちゃんの相手も凄い人でしたよね。ケイナ・ビリッツァって先輩。確か、魔術科2年の中でも常にトップで……風紀委員の副委員長なんだとか」
「フ、フウキイイン?な、なるほどーねー」
フウキイインが何なのか知らないが、何となく高位な感じがする。
マイン・セイヴハートほどではないが彼女もさぞ有名なのだろう。
自信ありげに自己紹介してたのも納得だ。
「マリちゃんは……あ、しまった。あの、ごめんなさい」
「え?どうしたの急に」
「マリ、ちゃんって。私、勝手に呼んじゃってますけど、これ大丈夫だったかなーって。嫌だったらすぐにやめるんですけど」
「もう……今更だよ。その程度気にしないって」
「あ……へ、へへへへへへへ。そう、そうですよね」
リリナは真っ赤になった顔を隠しながら、嬉しそうに体を揺らした。
「私たち、もう、友達、ですもんね。へへ、へへへ」
「友達_______________」
友達。
ふと、その言葉をきっかけに王都でのやるべきことを思い出した。
「_______________リリナ。ごめん、私用事思い出した。先帰ってて」
「え!今の列車乗り逃したら、次まで結構待たないとですよ?」
「大丈夫大丈夫。時間のかかる用事だからちょうどいいよ」
「え、あ。もしかして、ちゃん付けが癇に障りまし、た?」
「違うよ!私たち友達でしょ?関係ないから。用事を思い出しただけ」
「そう……ですか。それじゃあまた明日、ですね」
「うん!じゃ、またね」
少し寂しそうに手を振るリリナを後に、ワタシは目的の場所に向かった。
〜〜〜〜〜〜
目的地は王都を少し外れた、とある神殿。
ひび割れた大理石のタイルやコケの生えた柱からは、最近の人の形跡は感じられない。だがワタシはここを知っていた。
中から流れてくる湿っぽい風が懐かしい感覚を思い出させてくれる。
数年前まで、ここで友人と過ごしていた。
再び王都に来れたなら一度訪れようと決めていた思い出の場所なのだ。
ワタシは一呼吸置き、足を踏み入れようとした。
「誰だ!!」
背後から投げられる一声。
振り返るとそこに立っていたのは件のクラスメイト、タリム・レッドゲイルである。
「何者だ?貴様」
「……え、私だよ。マリ・イルギエナ。忘れた?隣の席にいたんだけど」
「黙れ。聞きたいのは名前ではない。貴様がどういう身分で、何故ここに居るのか、だ」
荒々しい口調で彼女はワタシを問い詰める。
学校では冷たい性格のタリムだったが、今はそれをさらに尖らせたような、どこかピリついた印象だった。
「そんなこと言っても……私、道に迷ってここに来たんだけど」
「とぼけるな。「封印の間」はセイヴハートの人間しか入れない。考えなしに入ったところで仕込まれた迷宮の魔術で追い出されるだけだ」
「……そうなんだ。知らなかった」
どうりで人が来なかったわけだ。
昔に友人とここで会っていたが、友人以外をほとんど見なかった。
入れないようにしていたのならそれも当然ということだ。
「あれ、じゃあなんでレッドゲイルさんはここにいるの?」
「フン、教えてやる義理は無いがな。冥土の土産だ。見せてやろう」
タリムがパチンと指を鳴らすと、その全身を炎が包み込んだ。
真っ黒な翼に火の粉を纏った赤髪、長く伸びた切れ長の耳は明らかに人間のそれではない。
そこに現れたのは炎を身にまとった魔族の姿だった。
「私はそこらの上級魔族とはわけが違う。恐らく王都中を探しても私を討伐できる者などいないだろう」
彼女が笑むと、炎の中から火の縄が放たれ私の手足を拘束した。
身動きの取れないワタシを見据えて、タリムは続ける。
「人間共は私のような強大な存在にまだ気づいていない。我ら魔族は息を潜め好機を窺っているのだ。この封印の間にいる魔王様を復活させる好機を。そして、その好機が今だ!」
「そう……あれ、タリムさんはどうやってここに入ったの?」
「ここら周辺の調査など、貴様のような人間が産まれる前から行っていた。今までこうして踏み入る機会を伺っていただけだ。今更ここにたどり着くなど造作もない」
「はあ、なんだそれだけ」
「随分と薄い反応だな……まあ人間の子が死を確信すればそうなるものか?つまらんな」
「ごめんね。つまんなくて……」
「これより魔王様復活の儀を行う。貴様は目覚めた魔王様への供物だ。光栄に思え!」
タリムはそう吐き捨て、神殿の奥へと消えていった。
ここは確かに彼の言うとおり「封印の間」だ。
大昔に勇者に封印されたと伝えられている魔王が居ることから名付けられた場所だ。
だが、今の封印の間に彼の望むようなものはない。
何故ならその先には……。
「な、何故だっ!!!」
悲鳴にも似た叫び声が神殿の奥から響く。
しばらくするとタリムは顔面蒼白といった様子で戻って来た。
「どっ、どういうことだ、どういうことだ!あそこには封印された魔王様などいないではないか!」
「封印の間なんだから、そんなことないんじゃない?よく探してみたら?」
「これでは、このままでは魔王様は復活出来ない……どう、どうすれば。私はどうすれば!」
「そう?なら供物とかいらないよね。この拘束解いてよ」
「黙れ黙れ黙れ!!貴様、何か知っているだろう。ここまで来れたのだ。セイヴハート家と何かしら関係があるはずだ!魔王様を何処にやった!教えろ!」
「えぇ……中に玉座みたいのがあったでしょ。そこには何も無かった?」
「は、そんなもの!上に!白骨化した魔族の頭蓋があっただけだ!!それがどうし_______________」
「それが魔王だったものだよ。魔王を封印する間なんだから、魔王以外の死体があるわけないでしょ」
「な、そんなわけ……」
「それが魔王様。レッドゲイルさんの探してたものだよ」
ワタシは知っていた。
この「封印の間」には魔王だったもの、その魔族の頭蓋骨しかないということを。
魔王という魔族はもう存在していないことを。
そしてこの事を知っているのはこの世にただ1人、ワタシだけだったということも。
「ふざけるなっ!!そんなことがある訳が無い!魔王様は不死身で、最強の、魔族の王なのだぞ!」
タリムは炎の剣を生成し、私に近づく。
「そんなこと、あっていいはずがない!!」
怒号と共に剣は鋭く突き出され、その切っ先はワタシの肩を貫いた。
じわりと広がるような、身を焼く痛みがワタシの肩を侵食した。
「痛っ……!!」
「貴様が何者なのかはどうでもいい。今、貴様を八つ裂きにしなければ、私は……私はどうにかなってしまいそうだ!」
実を言うとワタシも、もう限界だった。
学校での冷たい態度、友達作りのためなら我慢してやろうと思えた。
顔をしかめたくなるような熱い火も、少しだけなら我慢してやろうと思えた。
不快な罵詈雑言も少しだけなら我慢してやろうと思えた。
だがこれは、これだけは。
「マリの身体に傷を付けることだけは……許せんなぁ…!!」
「は?……おい。なんだ、その魔力は」
自身の魔力が、怒りと共にフツフツと湧き上がってくるのが分かる。
目の前の羽虫を葬るには十分すぎる量の魔力だ。
「あの頭蓋は言わば抜け殻。古い体を捨てたのだ。そこに私はいなくて当然だろう」
「おい、その……魔力量おかしいぞ、大きくなっていってる。私の魔力の数倍、いや何百倍、!!」
タリムが剣から手を離し一歩後ずさる。
その一挙手一投足がワタシの神経を逆撫でする。
魔族がどうとか、魔王がどうとか、今はどうでもいい。
魔王であるワタシが許せないのはただ1つ。
この魔族がマリの体を傷つけたことだ。
「貴様のような雑魚が、私の友であるマリの肉体に傷を付けることは許されていない。万死に値するぞ」
「…!そうか貴方こそが_______________」
「お望みの魔王様から最初で最後の命を下そう」
小さく念じた。
極小の爆発を創り出す魔術。
だが満たされすぎたワタシの魔力では、そんな些細な魔術でさえも即死級の力に変えてしまう。
「_______________消し飛べ」
「魔王さ 」
。
一瞬の爆発音。
ワタシの指先に現れた人間大の閃光は、目の前の魔族を文字通り、跡形もなく消し飛ばした。
〜〜〜〜〜〜
訪れる静寂。
燃えたぎる怒りを冷ますように、ひんやりとした夜風がワタシの頬を撫でた。
「……マリ」
今は亡き友の名を呟く。
これは以前変わり無く、我の物語だ。