その四十六 催し
「えーと。皆さんご存知かと思いますが、近々我が校の伝統行事である剣魔祭が催されます」
朝のホームルーム。
無精髭の教師が掠れた声で人気の少ない教室に呼びかけた。
教室にいる数少ない生徒達は黙って耳を傾けていた。
「一応言いますと、この剣魔祭は貴方達生徒の学習活動の成果を生かし、その学びの意欲を高めるための活動であります」
「私たち剣術科は毎年、剣舞と生徒同士の競技種目をやってきていましたが……」
教師は溜める割に、特に表情を変えず告げた。
「今年、私たちのクラスは参加出来ません」
「えー」 「そんなー」
疎らに上がる不満の声。
クラス内のそんな声にすらどこか生気がないようだった。
「……剣魔祭?」
聞いたままに言葉を呟く。
ワタシはその状況を未だ飲み込めないでいた。
〜〜〜〜〜〜
朝のホームルームが終わり、授業が始まるまでの小休止。
ワタシは席に座し、読書に勤しんでいた。
「マリ様……その書物は?」
「これ?「学校生活のすゝめ〜学祭編〜」だよ。読む?」
「いえ、遠慮します」
「結構役に立つのに。確かこのページにさっきの」
「……何故そのような低俗な本を?」
「は、何、死にたいの?」
「えぇ……いや、死にたくはないですけど」
タリムは困惑した表情でワタシを見つめた。
ワタシの愛読書を「低俗」と罵るとは……タリムにはこの本の素晴らしさをいつか説かねばならない。
「マリちゃーん。何読んでるんです?」
「あ、リリナ。ちょうど聞きたいことがあるんだけど」
「が、学校生活の、すゝめ?……あ、な、なんです?」
「剣魔祭って何?」
ホームルームのときから浮かんでいた疑問をリリナにぶつける。
探し回ったが、どうもワタシの愛読書にも載っていないようなのである。
「さっき先生が言ってた通りですよ。学校の催しものです」
「催しもの……ってアレか。生贄とか捧げるやつのこと?」
「華やぐ女学生が何物騒なこと言ってるんですか」
分かってないな、といった調子でリリナは肩を竦めた。
「学校生活を彩る一大イベントです!楽しいものなんですよ!」
「楽しい、催しもの?ねぇ、タリムさんは分かる?」
「はい、大体は。私の故郷でもそういうものは少なからずありましたから」
イメージできないが、どうやら人間特有の文化ではないようだ。
「分かってないのマリちゃんだけですからね」
「なんか、ごめん。それで、何で私たちは参加出来ないの?」
「基本はクラスで一丸となって臨むものですから……ほら、私たち……」
「あ……うん、言いたいことは分かる」
クラスを見回すが、教室内にいる人数はワタシ達を含めても10も満たない。
森林での実習以来、不登校となった生徒は未だに来ないまま。
他クラスは通常、40人ほどだ。
この人数差では例え一丸になったとしても、惨めに見えるだけだろう。
「はい。なので今回の剣魔祭、私たちは見学になるでしょうね」
「あ、見ることはできるんだ。ならいいんじゃない?」
「こういうの、生徒は参加してこそなんですよ!王都中の人達が見に来るんですからね」
「へえ、そういうもの」
「マリ様、何故今メモを?」
「有益な情報でしょ?」
ワタシはリリナの語った内容を自作の「青春メモ」に書き留めた。
これは後世に残すべき偉大な記録の一つとなるのだ。
ガタガタ ガタガタ
ワタシがメモにペンを走らせていると、何やら学校中が騒がしくなりだした。
「む。何やら騒がしいですね。また魔族の襲撃でしょうか」
「タリムさん。多分それ、笑えない冗談ってやつじゃないかな」
「……剣魔祭が近いので、演目の練習や準備をしているんですよ」
「へえ、なんか、楽しそうだね」
年柄もなく心を躍らせてしまった。
ワタシの愛読書の中には「青春」という言葉が多用される。
なんとなくその言葉を今理解できた気がした。
だが、代わりに一つだけワタシの内に疑問が生まれた。
「あれ、授業は?」
「準備や練習は、授業の時間を使ってするんです」
「学校なのに?じゃあ、私たちはどうするの?」
「そ、それは」
「?」
「……いつも通りの、授業です」
「え……」
心底悔しそうにリリナは言った。
教室内の生徒たちの空気も改めて見ると、何処かどんよりとしている。
こうして、ワタシはこのクラスにおける今の状況を理解したのだった。
〜〜〜〜〜〜
「はい、集合してー」
某所、薄暗い地下の中で一人の男が手を叩いた。
数秒もすると男の下には一人が寄って来た。
「あれ、これだけ?」
「はい」
「おっかしいな、減らしたのは一人のはずなんだけど」
「……」
男が喋ると、跪いていた影は怯えるように震えた。
「減った、というのは……」
「ん?えーと、なんだったかな……あの、2番のやつ」
「オージ、でしょうか」
「あー、そうそうオージ。余計なこと喋ってたから僕が殺しちゃってさ」
「!……ゼス、とは、通信ができないので、死んだ、かと」
影は震える声で言葉を紡いでいった。
「あ、そう。中々、上手く出来てたけどね。死んだならしょうがないか」
「は、はい」
「で?君は標的のビリッツァの娘、殺せたっけ?」
「……ま、だ、です」
刺すような視線が影を見つめた。
徐々に、徐々に、震えは大きくなっていく。
「申し、訳、ござい、ません」
「はは!ビビりすぎ!そんな、いきなり殺しはしないって!」
そう笑いながら、男は腰にあった剣を影の顎に当てた。
「あ、う……」
「もう、ビリッツァの方はいいからさ。次の命令聞いてくれる?」
「っ……は、い」
「よし。じゃ後日言うからそのときによろしく……ってあれ、君なんて名前だっけ」
「レイミ、です」
「そ。多分また忘れるけど」
男は踵を返すと、どこかへ歩いて行ってしまった。
震えながらその場に座り込むレイミ
その内股には、黄金の水が伝っていた。




