その四十四 深層
薄暗い王都の路地裏。
「魔王の遺体」の気配がする周辺。
狭い空間でワタシは交戦していた。
「ハッハァ!どうしたどうした!マリ・セイヴハートォ!」
オージと名乗った男は超人的なスピードで接近し、ワタシに拳を振るっていた。
強化魔術
魔力を体中に巡らせて身体能力を向上させる魔術だ。
この男は、持つ魔力のほとんどをその強化魔術にまわしているようだった。
だが、オージの身体能力はそれだけでは説明がつかないものだった。
「おいおい、守ってるだけじゃ勝てねェぞ?」
「でかい口叩くのは、一撃当ててからにしてください」
「あァ?いいから撃ってみろよ!ビビってんのかァ!」
「……では、お望み通りに」
わずかな魔力を指先に込める。
どの属性でもない、純粋な魔力の塊を放った。
ド ガ ン !
放った魔弾は至近距離で命中。
周囲に被害は出ていないが、常人なら跡形も残らない威力。
しかしこの男は……。
「はは、痛ェ。流石は元「僧侶の位」並じゃねェか」
「……そういう貴方も」
あろうことかほぼ無傷。
防御魔術以外の何かが働いているのは確か。
目の前の男は常人ではない。
だが、それよりも解せないことワタシの内にはあった。
ビビビ、ガガ……。
耳につけている魔導器から雑音が聞こえる。
2人からの応答がないのだ。
タリムはともかく、ケイナからの返答が無いのは懸念だ。
「あァ?どうした、戦ってるってのに浮かねぇ顔だな?」
「戦うときは普通、浮かない顔をするものですよ」
「そうか?俺はそうは思わねェな」
オージは素手による攻撃を続けながら喋った。
「アンタみてェに強いなら分かるだろ。勝てる戦いってのは楽しいんだ。楽しいときは笑うべきだぜ」
「勝てる戦い……なら、今の貴方は?」
ワタシは避けながら質問した。
「はっ!俺の場合は勝っても負けても楽しいんでね!」
叫びながらオージは踏み込んだ。
地を割るほどの大きな踏み込み。
拳に集中する魔力の流れが、次の一撃を物語っていた。
「まあ?負ける気は毛頭ないがな!!」
振るわれる拳。
魔力が集中するこの時がチャンスだ。
この攻撃を防いで、がら空きの懐にカウンターを叩き込めば……!
手に魔力を込め、衝撃に備えた。
「……?」
何も来な_______________
「フェイントだよ!死ねェっ!」
ド ゴ ォ !
「っ、!!!」
横腹に走る、鈍い衝撃。
響くような痛みは身体中を駆け巡る。
踏ん張るが、マリの体では体重が足りない。
耐えきれず吹き飛ばされた身体はレンガの壁に叩きつけられた。
「あ、ぐぅ、っ……」
「ハハハ!飛んだ飛んだァ!!……」
息が詰まるような痛み。
だが、問題ない。
このレベルの威力なら最悪でも打撲だ。
めり込んだ壁を押しのけて、体勢を立て直した。
「貴、様ぁ!マリの体に傷、を……?」
「あァ……?」
追撃を覚悟して、相手を見る。
すると、オージは目を点にしてワタシを見つめていた。
「な、なんだ?どうした」
オージはその返事の代わりに無言で手を上げた。
「……降参だ」
「は、ど、どういうことだ?」
「負けを認めるってんだ。これ以上戦っても意味ねぇ。煮るなり焼くなり好きにしな」
オージはため息をつきながら、上げた手を振った。
「今のが俺の最大手だ。直撃したってのにピンピンしてんじゃァ、俺に勝ち目は無ェ。だから降参だよ」
「はぁ?負け戦だろうと、戦うのは楽しいんじゃないのか?」
「続けたら死ぬ予感がした。流石に死にたくはねェ」
「あ、そう……」
鋭い男だ。
確かにさっきのワタシは、コイツを殺す勢いだった。
まあ生かしておく気は無いが。
「ダメージはある。続ければ勝てるかもしれんぞ?」
「フェイントってのはそう何回も決まるもんじゃないだろ」
「……ふん。煮るなり焼くなりと言うのだ。まずは私の質問に答えてもらおうか」
「いいぜ。俺は勝者には従順だからな」
戦闘は終わったと思ったのか、オージは手を上げたまま胡座をかき始めた。
「まず、お前が何者か。何が目的で私を襲ったかを聞きたい」
「いきなりそれか……どうするかな」
「答えろ。敗者なのだろ」
「しゃあねェ……俺たちは形白っつう造られた人間だ。お前らを襲った理由は、命令されたから」
「は、造られた、人間?」
「あァ、そうだ。製造元はセイヴハートで、ってこれは最初に言ったか?」
「どういう、ことだ。貴様は人間じゃないのか?」
「あン?そう言われると微妙だな。擬似魔族、とかって実験段階じゃ言われてた。なんでも、魔族に近い人間とからしい」
「_______________。」
声が出なかった。
突然現れたのは、ミヅキからは一切聞いていない情報。
セイヴハートが人間を造っている。
その1つの事実だけで、一気にセイヴハートに対する不審感が高まった。
同時にセイヴハートに大きく近づいた気がした。
「俺たち、と言ったな?まだ、お前みたいなのがいるのか?」
「俺を含めて今は5体いる。ちょうどさっきまで、アンタのお仲間と交戦してたぜ」
「……無事なんだろうな」
「こっちの連絡がつかねェから、無事勝ったんじゃねェか?知らねェけどよ」
「そう……なら、いい」
思わず上げてしまった拳をゆっくりと下ろした。
返答次第では、感情にまかせて殺してしまっていた。
「なんだ?アンタ、さっきから随分と甘っちょろい考え方だな。強ェわりに殺気も感じねェしよ」
「それは……今の私が、マリであるからだ」
「それは見りゃ分かる。なんだ、てっきりセイヴハートに復讐に来たのかと思ってたんだが、違うのか?」
「なに?何故マリがセイヴハートに復讐すると思った」
「そりゃアンタ、前に捨てられ」
聞いた途端、今度こそ抑えられない感情が起こった。
怒りにまかせてオージの胸ぐらに食らいついた。
「マリが捨てられ……なんだ?言ってみろ」
「は、はは……あァ読めた。アンタ、中身がマリ・セイヴハートじゃねェんだろ?目つきが違う。前に会ったときとは別人みたいだァ」
「っ!いいから続きを言ってみろ!」
「復讐にしては随分と回り道だ。でも、マリ様がかなり大事なんだよな。ならやっぱ復讐するよなァ?可哀想だったもんなァ」
オージはブツブツと呟き始めた。
洞察が鋭いのかオージはワタシから何かを読み取り、次々と喋っていった。
「いや、でも……違うか。なら」
「貴様ぁ!質問しているのは私だ!答えろ!」
「なるほど。その目……アンタもしかして、復讐するのが怖ェのか?」
「_______________!!」
図星だった。
数日前、歪んだフィンを救えなかった時。原因となった戦争、魔王の遺体、そしてその果てにワタシが見えた。
救いたかった人間。
その根幹にワタシが居たのだ。
同じだ。
セイヴハートのこと、マリの死の真相を探れば、その先にワタシが居るような気がした。
調べれば調べるほど、思いもよらぬ所で繋がるような気がした。
だから復讐が怖くなった。
マリの無念は晴らしたいとは今でも思う。
だが、もしその死にワタシが関わっていたとしたら。ワタシは、ワタシがここにいる意味は。
それは、ワタシ自身も気付こうとしなかった思い。
「はは、当たりらしいなァ!だから、こんなまわり道を」
「きっ、さ、あ、あああぁぁ!!」
新たな情報はいらない。生死も関係ない。
ワタシの深層を知ったコイツを、今すぐ殺さなくては。
その一心で、手を振るった。
瞬間、金色の一線がオージに走った。
「_______________ィ」
それは、ワタシの手が触れる前に起こった。
ワタシの攻撃ではない。
「君、色々と喋りすぎだ」
肉塊と化したオージ。
その背後に、ローブを纏った者が居た。手には金色に光る刀剣。
マインと同じ「聖別」の光だった。
ローブの者はボロボロに崩れていくオージを一瞥した後、言った。
「魔王さん。この先には、君の求める物は無いよ」
「_______________貴様、何者だ?」
「はは、誰だろうね?」
ローブの者は問いに答えず、どこかへ飛び立って行った。
ワタシの手に残ったのは、血肉と化したオージのみ。
心の内には、言いようのない敗北感と虚しさだけが残留した。




