その四十三 騎士と蛇猫
「っ、なっ、なに?!なんなのよ!」
ケイナ・ビリッツァは逃げていた。
息を切らしながら夜の街を駆け抜けていた。
ヒュ ヒュ カッ
出処不明、不規則な方向から飛んでくる短剣。
ケイナは目抜き通りを走りながら、その攻撃を避け続けていた。
「うわぁっ!ちょ、ちょっと卑怯よ!姿くらい見せなさい!」
叫んだところで敵は姿を現さない。
この状況が数分間続いている。
目的地へと向かう道中での襲撃。
どこからの攻撃か、何から攻撃されているかも分からない。
トッ トッ トッ
高い位置から、地を蹴るような音が聞こえる。
特殊な魔術を使い遠距離から攻撃してなければ、身を隠しているわけでもない。
おそらく夜に紛れ、見えない場所を高速で動いているだけなのだ。
近くにいるのなら捕らえようはある。
「「白帝」盾部隊、アタシを中心に方円!」
ケイナが止まって叫ぶと、白銀の騎士が6体ケイナを囲むように現れた。
その手には騎士たちよりも背の高い盾。
カッ
一際高い、街灯を蹴る音。
それを合図にケイナは真上を向いた。
「上、狙うわよね!アタシだってそうするわ!」
ケイナの手には白銀の弓矢。
言った通り、真上に現れた影に目掛けて矢を放った。
それに遅れて影からも短剣が放たれる。
「はっ、空中なら避けらんな……いぃ!?」
放たれた矢は、向かいから落ちてきた短剣と重なり、軌道をわずかに変えた。
だが、それる角度が甘かったのか、矢は影をかすめながらどこかへ飛んでいった。
「っ_______________「白帝」撤退!」
ケイナが手を横に振ると、騎士は魔力の塵となって霧散した。
騎士たちが消えることで確保された視界の中、着地した影をケイナは捉える。
「コソコソと、よくもやってくれたわね」
「これが私の戦い方だから」
「……女?」
月明かりに照らされ、初めて見えるその姿。
芯の通った女性的なシルエットに澄んだ高めの声。
体つきを強調するようなタイツで身を包んでいた。
端的に言えば、痴女である。
「ァ、アンタ、エージェントじゃないわね。なに、変態?」
「どう呼んでもらっても構わないわ」
「そ。じゃあ変態さん、アンタどこの所属かしら?ダイロニアもミンシアもそんな趣味じゃなかったと思うんだけど」
「……可能性「超反射」セイヴハートのレイミよ」
「セイヴハート?嘘言わないでよね。アンタみたいなの、セイヴハート家にはいなかったわよ」
「だからセイヴハートのレイミと名乗っている」
「はぁ?」
レイミは猫のように体勢を低くしてケイナへと走った。
疾走する姿はスレンダーな肉体と黒い衣服が相まって弾丸を連想させる。
「待ち、ったく!「白帝」槍部隊、横陣に並べ!」
ケイナが腕を振ると再び騎士が現れた。
先程とは違い、全員槍を握っている。
「_______________遅いわね」
接近する影に突き出される複数の槍。
6体の騎士がそれぞれタイミングと角度をずらし、追い込むように襲った。
しかし、レイミは蛇の如きしなやかさでその攻撃を軽々掻い潜っていく。
「私の範囲。観念しなさい、騎士に守られたお姫様」
騎士たちを抜けた先、レイミはケイナの目の前に躍り出た。
その両手には一本ずつ短剣が握られている。
対するケイナは白銀の長剣を手元に召喚した。
「誰が、お姫様よ!!」
対峙、そして剣戟。
キンッ キンッ キンッ
甲高い音を挟みながら両者はその凶器を振るった。
手数は多いが威力とリーチに欠ける短剣。
切り返しは劣るが守りと耐久力に長けた長剣。
嵐のような打ち合いの末、その勝負を決したのは
ガキンッ!!
「っ、折れ、!」
ケイナの長剣である。
短剣で受けたはずの攻撃がレイミの頬を薄く裂いた。
そのわずかな傷では決しない。
重要なのはその後だ。
「ざぁんねん!決まったも同然ね!」
レイミが無理に避けようとして崩した体勢。
鈍ったその動きでは、満足に攻撃を避けられない。
その隙をケイナは見逃さなかった。
長剣を持ち直し、その切っ先をレイミ目掛けて押し出した。
単純な突き。
だが、当てるには十分な突き。
「急所は外してあげる!」
エージェント故の、その甘さが仇となった。
レイミは異常なほどのしなやかさで、再び身をくねらせた。
軟体動物のような動きは当たるはずだった攻撃すらやり過ごす。
反った上体、そして虚を穿つ剣。
「甘いわね、お姫様」
凌ぎ切り、笑うレイミの背後から迫る数本の槍。
「白帝」を利用した挟撃。
決まりを悟ったケイナはほくそ笑んだ。
ヒュ
空を貫く銀槍。
ケイナは驚きに目を見開く。
目の先には、くねった四肢のまま高く跳ぶ敵。
そう、彼女は超人。
「超反射」を持つ超人なのだ。
「ね、甘いって言ったでしょ?」
その間隙を縫うように、レイミの靴先の刃がケイナの肩を貫いた。
「あっ、い……あぁ!!」
見た目よりも軽い音と共に、裂かれる肩肉。
衝撃と痛みに耐えきれずにケイナは地面に倒れ込んだ。
熱く、冷たく、苦しい感触が彼女を襲う。
「決まりね……もう諦めなさい、お姫様」
「バカね。まだ、1発もらっただけでしょ!」
「毒が仕込んであるの。死にはしないけど、じきに動けなくなるわ」
「ふ、そんな、の……!!」
直後に眩む視界。靄がかる思考。
傷口から漏れ出す悪寒がケイナの感覚を奪っていった。
「ね?」
「_______________いっ、いやあっ!!」
堪らずケイナは走り出した。
逃げ出すその姿には、さっきまでの余裕は無い。
「可愛そう……せめて苦しむ前に殺してあげるわ」
レイミは哀れみの表情で追跡した。
一心不乱に走るケイナ。
その頭の中には走馬灯が流れていた。
学校の光景。
だらしないが頼れる委員長。
長年、憧れてきた人。
正体不明で、生意気で、アタシより強い後輩。
レガートの光景。
レガートの王。
エージェントの同僚達。
そして、背を向けた両親。
真面目で高貴な両親。
国のことしか考えていない両親。
いくら頑張っても認めてくれない、見てくれない両親。
でも、恨んではいない。
鼻をすすり、涙目で夜を割いて行った。
〜〜〜〜〜〜
行き止まりとなっている路地裏。
狭い通路だ。もう逃げようが無い。
「お姫様、もう追いかけっこは良いのかしら?」
行き止まりに座り震えている娘を見て、レイミは言った。
「っ……まだ、死に、死にたく、ない」
「ごめんね。命令だから。貴女がマインに近づいたのがいけなかったの」
一歩一歩、言葉を言い聞かせながら近づく。
「大丈夫よ。毒のおかげで感覚はほとんど無いから」
「っ、ふぅ、ふぅ、ふぅっ、」
「優しく、殺してあげる」
手を伸ばして息の根を止めようとしたその瞬間。
路地裏一帯が影に満たされた。
そこは月の光すらも通さないほどの闇に落ちた。
「?なに、かしら」
「「白帝」……最大展開」
「_______________!!」
異変に気づいたレイミは一目散に駆け出す。
目指すは路地裏の外、だがもう間に合わない。
気づくのが遅すぎたのだ。
路地裏を埋め尽くす、騎士の空襲からはもう逃げられない。
「ひっ、_______________っ!ぐ、ああぁぁ!!」
落下する鎧の巨体は容赦なくレイミを踏み潰した。
その細身が入り込む余地すらないくらいに騎士たちは路地裏を埋め尽くしていった。
ケイナに降ってきた騎士は、触れる前に霧散した。
「ふふ、ざまぁ、みなさい」
逃げたのはこのため。
路地裏の奥まで誘導する演技だったのだ。
目の前に広がる騎士の海に、ケイナは弱々しく笑った。




