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その四十二 火中心中

 

 タリム・レッドゲイルは夜の王都を堂々と歩いていた。

 普段ならば憎き人間どもが闊歩(かっぽ)しているはずのメインストリートも、今は誰もいない。

 彼女がここにいるのは「魔王の遺体」を見つけ出すためである。

 人間には少しでも手を貸したくないが、主であるマリの命令となればそうもいかない。


 そうしてタリムはマリの指定した場所に向かっていた。

 その道中のことであった。


「あれ、なんでこんな所にお前みたいなのがいるんだ」


 道行く先に、一人の男。

 小柄で貧相な肉体。そして何故か半裸であった。

 エージェントではないな、とタリムは思った。

 目立ちすぎるし、戦うような格好でもない。


「は?誰だ貴様」


「誰だって、こっちが聞きたいねぇ」


「はぁ……黙って消えろ。そのみすぼらしい体を私に見せるな。吐き気を催す」


「みすぼらしい?僕の素晴らしい肉体に随分酷いこと言うなあ」


「自覚が無いのか?タチの悪い変態だな」


「へっ、いやいやタチが悪いのはそっちでしょ」


 半裸の変態は喋りながら、ゆっくりとタリムに近づいていった。

 対するタリムも退かない。むしろ男へと向かっていった。


「魔族のくせに堂々と街を歩いてさぁ」


「……何故、私が魔族だと?」


「分かるんだよねぇ。僕、そういう作りだから」


「ほう、それはよかった」


 徐々に近づいていく2人。

 お互いの手が届くところまで近づくと、歩みは止まった。


「バレたから殺しても仕方がない。人間を()る口実が出来て嬉しいよ」


「はは、もうそれは自分が魔族だって」


 一瞬だけ響いた雑音と、走る火焔。


「_______________あ、?」


「喋るな、気持ち悪い」


 タリムの指から伸びた炎の刃が男の頭を焼き切った。

 それは1秒にも満たない出来事である。

 血すら流れない。

 男の顔面は焦げた断面からズレ落ちていき、やがて王都のタイルへと落ちた。

 力なく崩れる死体を見ることもせずに、タリムはその場を離れる。


 否、離れようとした。


「ガ、ブしュ、ベヘえアラぁ……」


「_______________!!」


 奇声と共に掴まれる足。

 見ると、崩れ落ちたはずの死体がタリムの足を掴んでいる。

 その異様な光景にタリムは戦慄した。


「なっ、貴様、離せえ!!」


「しシュ、が……キヒ、キヒハハハ!!そのびっくりした顔!キヒヒヒヒハハ!!」


 肉と血液が混ざり合う音。

 逆再生の映像を見ているかのように男の頭は再生していった。


「キヒッ!ジャーン!はい死んでません!生きてまーす!」


「っ、貴様、ただの変態ではないか!」


可能性(コンセプト)「超再生」セイヴハートのゼスでーす。以後よろしくねぇ!」


 完全に再生すると満面の笑みがそこに残っていた。

 再生スピードからしてその能力は自分ほど強力ではない、とタリムは判断そして即座に攻撃に移行した。


「気色の悪い!セイヴハートの人間なんぞとよろしくしたくはないな!」


 炎の刃を指の数だけ創り出し、ゼスを切り裂いた。

 攻撃は容易く命中、ゼスの体をズタズタに引き裂いた。


「無駄無駄!言ったろ、素晴らしい肉体だって!」


 しかし、飛び散った肉片は一点に集まり再びその体を構成する。

 再生する姿は化け物じみていた。一体、どちらが魔族なのか分からないほどに。

 その光景にタリムは息を呑んだ。


「っ、鬱陶しい!灰すら残さずに焼いてしまえば!」


「てめぇばっかやってさぁ!次は僕の番だろうが!」


 口の中から取り出されるナイフ。

 タリムが攻撃を放つよりも早くゼスは自分の首をそのナイフではねた。

 果物の様に落ちる生首は、本人の手によって受け止められ_______________


「キッヒ!じゃあな!」


「なっ、!!」


 天高く放り投げられた。

 予想外の行動に、タリムの動きが固まる。

 そして、その間隙を縫うように残ったゼスの体がタリムを抱擁した。

 相当な力が篭もっているのか、多少の身じろぎでは解くことはできない。


「くそっ!ならば腕ごと焼き切って_______________!!」


「ばーか!もう間に合わねぇよ!」


 カチリ


 ゼスの体から何か外れるような音。

 その直後に、ゼスの体が眩いほどの光を放ち_______________


 ド ガ ァ ン !!


 爆発した。


 辺り一帯を包み込むほどの土埃が、大きく舞い上がる。


 そして、訪れる静寂。

 その静けさを破るように、着地した生首がドチャリと水音を鳴らした。


「キヒッ!対魔族の火薬だよ。再生すら出来ないよなあ?!」


 ゼスは高笑いしながら、その肉体を再生させていく。

 爆発跡、タリムの姿は粉塵の(とばり)に隠れて見えない。


「くっ、あ……」


 数秒後にシルエットだけだが、かろうじて姿を保っているのが見えた。


「はっ!マジぃ?あれで生きてるとか、魔族ってのは恐ろしいなあ!」


「何故、私を襲う……何故、我ら魔族はお前らに殺されなければいけないのだ……」


「はぁ?何言ってんだいきなり」


「死に際の、最後の疑問だ……」


「何故ってなあ?そりゃ、今が人間の時代だからだよ。テメェらが弱くて、人間が強い。それ以外の理由がいるかよ?」


「弱、い。それだけで、それを理由に殺すのか」


「そりゃ気の毒と思うやつはいるかもな。でも、僕としては、僕が弱い者イジメできる今の世が最高だと思うね!」


 子供が玩具で遊んでいるように、ゼスは無邪気に笑った。

 悪気しかない。心の底からそう思っているのだ。

 

「貴様のような奴が……やはり、人間は死ぬべきなんだ……」


 〜〜〜〜〜〜


 幼い頃、私には2人の親友がいた。


 ウェルス・ブルーファング

 リーロ・イエロークロー


 「御三家」

 私たち3人はそう呼ばれ、讃えられていた。

 魔族の中でも数少ない家名を持った高貴な魔族だったのだ。

 親同士の付き合いもあってか、私たち3人は幼い頃から気心の知れた仲だった。


 魔族は感情に乏しい。

 それは私自身も感じていたこと。

 だが、この2人との間には確かに友情や愛情を感じていた。

 いつか大きく強くなったら、お父様やお母様を人間から守るんだと、毎日のように誓い合っていた。


「タリム、ウェルス、今度会ったら稽古しようよ!3人の中で誰が1番強いか決めようよ!」


 今でも思い出せる、幼い少女の笑顔。

 これが、私が最後に聞いたリーロの言葉だったとは、その時は思いもしなかった。


「酷い……暴力の限りを尽くされています 」


「あぁ、なんて惨い……タリム?!こっちに来るな!」


 見た。見てしまった。

 原型すら留めていない、リーロの最期の姿。

 黄色いリボンから彼女だと分かった。

 わざととしか言えない、殺しを楽しんでいる様な傷つけ方。

 それが討魔師によるものだった、と知ったのは数日後だった。


 悲しみ、憎しみ、絶望。

 あらゆる負の感情がグチャグチャに混ざり合った。

 その矛先をどこへ向ければ良いのか、どこへぶつければ良いのか、それは考えるまでもなかった。


「ウェルス……私、人間を滅ぼしたい」


「うん。タリムがするなら、僕もするよ」


 虚ろな目で誓い合う。


 リーロの両親よりも早く涙は枯れ、魔族の誰よりも強く憎悪を抱いた。


 魔族の繁栄、人間の殲滅。

 目的のためなら何だってやってやる。

 その思いが私の原動力だった。


 〜〜〜〜〜〜


 瞬間、土埃を破るように飛び出した。


「っ、なにィ?!」


 タリムは間髪入れずに相手の両腕を掴み、不敵に笑んだ。


「おっ、お前ぇ!なんで無傷なんだ!」


「お生憎様、私はお前と同じタイプなんだ」


 ゼスはどうにかして腕を解こうとするが、微動だにしない。

 それほどに力の差があった。


「ぐっ!ふ、ふ、何?お返しに愛のハグでもしてくれるのかな?」


「そんなわけあるか。さっきの爆発を使わないのを見るに、もうアレは品切れらしいな?」


「だったら、なんだってんだよっ!」


 ゼスの蹴り上げようとした足すらも、タリムは封じた。

 完全にお互いに身動きの取れない状態となった。


「貴様、さっき自分の頭を投げてから爆発したな?完璧に再生できるんなら、そんなことする必要は無いよな」


「は?何、言って……」


「ふん、どこかに核があるタイプなんだろう?その核を潰せば、再生は出来なくなると見た」


「……!!は、離せぇ!離しやがれぇ!!」


 図星だったのか、ゼスの抵抗はさらに激しくなった。

 だが、今更必死になった所で状況が変化することはない。


「さあ、根比べと行こうか……」


 タリムがニヤリと笑うと、体に火がつき轟々と燃え始めた。

 火の手は徐々に伸び、ついにはゼスの体も侵食し始める。


「う、うわあああ!!やめっ、やめろおお!!」


「大丈夫だよ。お前の再生力ならまだ死なない。まだ、な」


 タリムが力を込める。

 炎はさらに大きくなり、あっという間に2人を包めるほどのサイズになった。


「あれだけの無茶をやれたんだ。貴様、痛覚が無いのだろう?なら痛くないはずだ」


「うわ、うわ、うわ、やめろぉ!核は、核だけは逃がしてくれ!」


「だが、体が徐々に崩れていく感覚。痛覚が無い分に余計に恐ろしいんじゃないのか。同情するよ」


 話など聞いていないゼスに、タリムは満面の笑みを向けた。


「あ、ああ、ああああああああぁぁぁ!!」


「〜〜♪」


 地獄にいるかのような叫びと極楽にいるかのような鼻歌の二重奏(デュエット)が王都中に響き渡った。


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