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その三十八 間隙


「勘弁してください。家の生活がかかってるんです」


「いや、そんな土下座されてもね。ルールはルールなんですよ、奥様」


 地を舐めるように土下座するセリルに兵士は困惑していた。

 ここまで見た目とのギャップが酷いとそうなるのも仕方ないだろう。

 むしろ普段の彼女を見ているワタシの方がショックが大きいまである。

 なんなのだ、コイツの必死さは。


「どうしてそこまでするんですか。お金が全く無いわけでもないでしょう」


「……もう、もうお酒のない生活には戻れないんです」


「奥様……それは……」


「おい……」


 抑揚の無い声で呟いたのが、余計に切実に聞こえる。

 確かに昼に家に居ると酒盛りしている所をたまに見かけるが、依存するほどだったとは。

 この様子なら毎日飲んでいるに違いない。

 これも人間の醜さか……。


「……いやダメです。大人しく罰金を」


「何でもしますから」


「何でもって……禁酒するいい機会なのではないですか?」


「禁酒、したくないです」


「あのねぇ……あ」


 ふと、ドアの奥へと見やった兵士とワタシとの目が合った。


「奥様、そちらの子は?」


「ああ、ウチの娘です」


 ほう、と兵士は考える素振りを見せた後、後ろに控えていた他の兵士たちと何やら話を始めた。

 深刻そうに話す彼らを、セリルとワタシは呆けた表情で眺めた。

 やがて話が終わったと思うと兵士は話し始めた。


「奥様。なんとこの罰金、回避する方法があります」


「はぁ、回避ですか」


「お酒がまだ、飲めるんですよ」


「ほ、ほんとうですか!!」


 今日一の声量である。


「奥様、エージェントというのはご存知ですか?」


「?いえ、全く」


「平たく言えば、このレガート国の役人ですよ。そのエージェントに娘さんを推薦するんです」


「推、薦?よく分かりませんが」


「今、我が国は人手不足です。きっと推薦すれば国は認めてくれます」


 鼻にかかるような、媚びた声で兵士は話す。


「エージェントは我が国にとって大切な人材。その親族となれば、この罰金の帳消しも容易なのです!」


「……ふぅん、なるほど」


 途端にセリルの目から輝きが消え、冷たさだけが残った。

 その瞳は確かどこかで見たような暗殺者の眼光を放っていた。


「そのエージェントは、一体どのような仕事を?」


「国からの命令をただこなすだけです。なに、そう危険な仕事ではありませんよ」


「本当に?」


「ええ、ええ。本当ですとも!それに成功すれば金も!仮に危険な目に遭わせたとしても国から慰謝料が」


「もういいです」


 吐き捨てるように言い、セリルは1歩前に踏み出した。

 次の瞬間_______________


「は_______________。」


 兵士の身体が宙を舞った。

 鎧を着込んだその重量は、並大抵の力量では持ち上げすらできないはずだが、冗談みたい空を飛んだ。

 その下には、上がる土埃と筋肉の浮き上がったセリルの脚。


 どさり


 数秒後、地に叩き付けられる兵士。


 事を成した一瞬をワタシは見た。

 セリルの右脚が美しい曲線を描きながら、目の前の兵士の蹴り飛ばすその瞬間を。


「た、隊長おおおおおおお!!」


「ふん。これだからお国の連中は嫌いだ。言うことが全部、胡散臭い」


 わらわらと群がる兵士達をセリルは一瞥した。

 冷たく見下ろすその目は余裕そうに見えて、実はかなり焦っている。

 やっちまった、とでも言いたそうに顔が強ばっている。


「だぁ、誰が金欲しさに娘を国に差し出すんだ!保護者を舐めるなよ!!」


 セリルはその焦りを誤魔化すように叫んだ。

 尻の衣嚢(いのう)にある暗器がカタカタと揺れて、彼女の焦りを表現している。


「き、貴様ぁ!レガートに手を出してただで済むと思うなよ!」


「は、何がレガートだ。お前らこそ、私に手を出してただで済むと思う、なっ!」


 ダメ押しに暗器を地に放つセリル。

 急な豹変っぷりに兵士達は小さく悲鳴を上げた。

 一見好転したかに見える状況だが、実はまずい状況は変わっていない。

 本当にレガートに目をつけられてしまう前に、とワタシは動いた。


「もうやめてぇ!お母さぁん!」


「……!」


「……は?え、何、お前どうした?」


「もうやめて!私のことはいいからっ!」


 唐突に乱入するワタシに息を呑む兵士達。

 セリルは困惑していた。


「私、お母さんに迷惑かけるくらいなら、かけるくらいならぁ!!」


「ど、どうした。おい、この状況で、どういう芝居だ」


「お母さぁん!!」


 察しろ、と言わんばかりに、セリルの服の裾を引いた。


「え……?」


「私、家を守るためだったらエージェントにだってなるから!」


「ん、おお娘よ……えと、ありがとう、うん」


 さっきまでの啖呵はどこへやら、しどろもどろに返事をするセリル。

 一体その様子の何処(どこ)に心惹かれたのか、何故か兵士達は拍手をし始めた。中には感動からか泣いている者もいる。


「よかったなぁ」

「その先は地獄だけど、俺は応援するぞ!」

「いいぞ!よく言った!」

「奥さん!いい娘さんを持ったなあ!」

「めでたいなぁ」


「ありがとう、ありがとう」


 パレードを進む一国の王のように、祝福する兵士達に笑顔で手を振った。


「……何?これ」


 この異常な状況を、セリルだけが冷静に捉えていた。


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