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その三十七 軌道修正

 

『おい!起きろミヅキ!早く返事をしろ!』


 今日は休日。学校も無ければ、五聖(グローリー)の御役目もない。

 ミヅキ・レックウにとって今日は最高の一日になるはずだった。

 そうなるはず、だったのだ。


『おい!起きるまでやるぞ!起きろ!起きろ!起きろ!』


「聞こえねぇ……聞こえねぇ、ぞ」


 ミヅキは耳を塞いで小さく呟いた。

 まだ早朝、普段のミヅキなら寝ている時間。

 通信用の魔導器から声が聞こえ始めたのはそんな時間だった。

 魔導器はマリ・イルギエナ、魔王の魂が宿った娘に繋がっている。


『今、貴様に相談したいことがある!応えないのなら好き勝手やるぞ!いいのか!』


 ミヅキは彼女に魔導器を渡したことを酷く後悔した。

 学校に新入生が入学してきて9日、彼女に悩まされっぱなしである。

 どのくらい悩んでいるかと言うと、時を越えれるのなら、戻って彼女との出会いを全て抹消したいというくらいだ。


「お……やり過ごしたか?」


 数分後、コールが止む。

 それを確認して、小さく息をつく。

 休日の平穏は守られた、嵐は去ったのだ。

 ミヅキはベッドに戻り天井を見上げながら、今度魔導器に音声遮断の機能を付けようと心に誓った。


『……今から!レガートのエージェントになって「魔王の遺体」争奪戦に参加する!いいな?いいんだな!?』


「すぅ………っ!?あっ、おいちょっと、ちょっと待て!」


 聞き捨てならない言葉に思わずベッドから飛び起きる。

 間違いなく、それを言っているのはマリ・イルギエナだった。


 どうやら今日の朝は長くなりそうだ。


 〜〜〜〜〜〜


 時は数時間前に遡る。


「マ、リ……」


 今日も友の名を読んで起床する、そんななんでもない時だ。


 いつも通り、慣れ始めてきた最悪の目覚め。

 ヒヤリとした朝、窓から覗く閑とした森を見て、ワタシは何となく休日を察していた。

 入学してから3回目の休日、マインとの外出から3日が経った日だ。


「そうか……今日は何をしようか」


 ワタシはセイヴハートの調査に行き詰まりを感じていた。

 タリムやウェルスに協力させつつ進めているが、進展は見られない。

 肝心であるマインに何気なく聞こうともしたが、どうしても教えられないと断られてしまう。

 急がば回れ、とはよく言うが今はその回り方すら分からない、そんな感じだった。


 これではマリの無念を晴らせない。


「おーい、聞こえてるか。降りてこーい」


 下の階から保護者であるセリルの声が聞こえくる。

 悩んでいても時間は過ぎるもの。

 靄がかったような思考のまま、ワタシは階段を降りた。


 降りるとエプロン姿のセリルが何やら引き出しを開け閉めしていた。

 手元や腰元には何故か大量の暗器が仕込まれている。


「ふあ、ぁ……朝方から物騒だな。何事だ?」


「朝早くから悪いが、モタモタしている場合じゃないぞ」

 

「だから、何事かと聞いている」


「この家に何やら人が近づいている。魔王のお前なら感じ取れるだろう?」


「ん?あー、そんな気がしないでも……ない」


 セリルの言う通り、10人近い人の魔力がゆっくりと近づいてきている。

 確かに、普段通りではない状況ではある。


「この時間帯に尋ねてくるヤツなど、ろくでもないヤツに違いない。戦いの準備をしておけ」


「わからんな。そんなに危険な状況か?」


「そうだ。大方、人の寝静まっている所を襲撃するつもりだろ」


「それなら普通夜に襲うんじゃないか?……そこまで警戒しなくてもいいだろう」


 いいや、と言い、なおも背を向けながら武器を取り出すセリル。

 過剰とでも言える警戒心は暗殺者特有のものだろうか。

 彼女から人間のルールを教わっているワタシでも、日々の彼女が少しズレているということは分かっていた。


「む、耳をすませ。歩く音だ。これは……鎧を着込んでいるな!やはり襲撃か!これは忙しくなるぞ!」


「そんな馬鹿な」


 何故か嬉しそうなセリル。

 カシャカシャ、と金属同士が擦れる音が外から聞こえるので、武装した人間が近づいているのは間違いないようだ。

 魔族のワタシでは感じ取れない何かがあるのか。

 身体中に武器を仕込んだセリルは鼻息を鳴らしながら、ドアの前に立った。


 やがて、ノック音が家中を響いた。


「すみません。レガートから送られてきた者です」


「はい。レガートの役人さんですか?」


 野太い男の声にセリルは作ったような高い声で返事をした。


「役人さんが、なんの用でしょうか?」


「はい。ここの住居、レガートから許可されていない住居のようなので、確認しに来たのですが」


「えっ、」


「……」


 思わず口から声が漏れた。

 セリルを見ると、何やら焦ったような表情で汗を流している。

 彼女の予想は外れているが、ただならぬ状況というのは、当たっていたようだ。


 ワタシはドアの向こうには聞こえないよう声量でセリルに聞く。


「おいセリル、どういうことだ?」


「少し、待ってくれ……」


「いいから、話してくれ」


「実は、この家は私が自前で用意したものなのだ。国に見つからないよう、私が森の中に建てた」


「ではこの、今の状況はどういうことなのだ」


「見つからないと思っていたから、国に許可を取っていない。それが今見つかった」


「それは……マズイか。マズイのだな?」


「見つかったら罰金だ。私たちの家計に罰金はツラい。主に私がキツい。なあ魔王、どうすればいい?」


「魔王にそんなこと聞くな。お前、よくそれで私に人間の常識を説いていたな?!」


「これでも元暗殺者だからな。正直、常識の無さには少し自信がある」


「バカ、誇るな。なんで許可を取らなかったんだ!」


「普通に忘れてたの!家建てたら達成感で満足しちゃうでしょ普通?!」


「ちょっと?!聞いてますか?!開けてください!」


「ひぅ!!」


 ドンドン、と叩かれるドアにセリルは震えた。

 普段は冷静ぶっているコイツでも、今の状況はヤバいらしい。

 というか「戦闘」が絡まないと、基本この女はただの常識のないポンコツなのでは。


 そう思いながら、開けるか開けまいかで迷っているセリルを冷めた目で見守った。


「開けてください!開けてください!」


「あぁぁ、開けますから!ドンドンするのやめてください!」


 ものの数秒で耐えきれなくなったのか、幼児退行気味のセリルはすぐさまドアを開けた。


「あ_______________失礼、奥様。少々手荒が過ぎました」


「え?あぁ、はい」


 ドアの先にいたのは何人かの鎧を着込んだ兵士。

 セリルの顔を見るや否や態度が軟化したのを見るに、中身は男だろう。

 兵士は挙動不審のセリルに対して、優しい声色で続けた。


「それで、奥様。この住居のことですが」


「……」


「奥様?聞いてます?」


「ああ、どうお答えすればいいか考えてました……えと、土下座とか、どうですか」


「いやどうですかと言われても……何も許可が得られていない場合、罰金となりますが」


「勘弁してください!それされたら、これから狩りで得た肉だけが食卓に並ぶんです!」


 セリルは風が流れるかのようにスムーズに土下座をした。


「ここらで狩りをするのにも許可が要ります。得てないのであれば罰金です」


「そんなっ!!」


 突っ伏していた顔を勢いよく上げるセリル。

 そんな様子にワタシと兵士は呆れ返った。


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