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その三十六 隠しごと

 

「ただいま帰りましたー」


 快活な声と共に扉を開けると、煌びやかな照明が彼女を迎えた。


 王都の某所に構えられたこの建物はセイヴハートの屋敷である。

 姉のマリ、友人のケイナと肩を組み、マイン・セイヴハートは無事、帰宅することができた。

 着く頃には夕方の時が来ていた。


「おかえりなさいませ、マイン様」


 セイヴハートの次女が帰ったことを察知した数人のメイドが、帰りを迎える。

 一般の家では見れない、贅沢な光景である。

 そんな使用人達に対して、マインは申し訳なさそうに話し始めた。


「ごめんなさい。今日メイドの方に見繕ってもらった靴、壊してしまいまして……」


「はい。ではこちらで処分しておきますが、よろしいですか?」


「ああっ、いえ、コレは残しておきたいので処理はやめてください」


「はい……あの、そのお荷物は?」


「これは今日買ったお洋服です。自分で仕舞いますので、お気になさらず」


 かしこまりました、と深々頭を下げるメイド達。

 そんな献身的なメイドに気おくれしながらも、マインは屋敷内へと進んだ。

 エントランスから大広間、大広間から廊下へと出て、私室を目指した。


 忙しない小走りで通り過ぎていくメイド達。

 カシャリカシャリと跳ねる食器の音が廊下内を響いていた。

 夕暮れ時だから夕食の準備なのだろう。

 一筋の錦繍(きんしゅう)のように流れていくメイドの中を鼻歌交じりに歩いていった。

 両手に布袋を、大事そうに抱えながら。


 マインは軽い足取りで自室に戻ると、すぐさまベッドへと飛び込んだ。


「ふ、ふふふふ」


 足をバタつかせながら、堪えるように笑う。

 自室じゃないとこんな恥ずかしいマネはできない。

 というより、見せられない。


「ふふふ_______________はぁ、楽しかった」


 天井を見ながら、今日あった出来事を何度も、何度も追想する。

 姉を迎え、姉と王都を歩き、姉との買い物。そして姉と帰った。

 彼女にとっては全てが夢のようであった。


「_______________」


 突然の物音に追憶を中断する。

 玄関の方からドアを開ける音、後に人の声がした。

 夕刻に誰かが帰ってくるなど普段はない。

 ドタドタと玄関に集まる音もした。これはメイド達だろう。


「……?」


 誰だろうとは考えたが、見ようとまでは体が動かない。

 誰なのかは大体目星がついていたからだ。

 やがて、数分すると部屋のドアは叩かれた。


「マイン、部屋にいる?」


「っ、はい。います」


「入っても良いかな」


「……!はいっ!どうぞ!」


 マインはその声に無意識に体が反応してしまっていた。

 それは聞き覚えのある、敬うべき者の声だからだ。


「よいしょっ、と。久しぶり、マイン」


「はい、おかえりなさい。リンク兄さん」


 短い金の頭髪に琥珀の瞳。

 部屋に入ったのは、セイヴハート家の長男であるリンク・セイヴハートだった。


「10日ぶりかな。今日の討伐遠征は早めに終わったよ」


「下級魔族を23体、上級を1体討伐されたと聞いています」


「いいよそんな数字なんて。それより、今日は出かけたんだって?珍しいね」


「あ……はい。友人と2人で出かけました」


「友人……ね」


 マインの脳裏にはマリの姿が映っていた。

 姉の存在は隠さなければ。約束だ。


「珍しくおめかしも。本当にただの友人?」


「そっ、それくらい大事な友達なんです!」


「へぇ……僕のいないうちに随分と交友関係が進んだようだ」


 冷たく、何かを読み取ろうとしているかのようにリンクは睨んだ。

 小さく、息を呑むマイン。


「いや、本当に、何も……」


「ふぅん……」


「う゛……」


 リンクの視線は数秒もの間、マインを刺した。

 部屋を支配する静寂。それはほんの数秒だが、マインには何時間にも感じられた。


「あの、兄さん……」


「……ま、いいか。妹だからって、何でもかんでも聞くのはよくないよね」


「あ……気を遣わせてしまって、ごめんなさい」


「じゃ、僕はお父様に報告してくるよ。また次の遠征の準備もしなきゃだからね」


 バイバイ、と部屋を去っていくリンクを見送ると、部屋に静寂が戻った。

 少し悪いことをしたかなと思う反面、約束を守れてよかったという安堵もあった。

 兄さんも大事だが、姉さんとの約束も大事なのである。


「ほ……」


 マインは一息つきながら、部屋の天井を見上げる。

 人1人の部屋にしては、余計なほどに高い天井を。

 マイン・セイヴハートが生まれてからずっとこの部屋に住んでいる。

 だが、未だに彼女はこの部屋に慣れないでいた。


 それは、彼女が以前まで居た部屋と全く違うからだ。


「バレて、ないよね……大丈夫かな」


〜〜〜〜〜〜


 マインの部屋を離れていくリンク。

 険しい顔で彼は、早足を進めていった。

 廊下を歩く中、彼は小さく呟いた。


「おかしい……調べる必要があるかな……」


 探ることを彼は諦めていない。

 マインは間違いなく、何かを隠している。

 そういう思いがリンクを掴んで話さなかった。


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