その三十五 数字
服屋を出ると、空は夕方の一歩手前。
「〜♪」
袋片手に、スキップ気味な足取りで前を行くマイン。
ワタシはそんなご機嫌なマインの背中を眺めながらワタシは帰り道を歩いていた。
「あ゛あ゛嬉しそうなマイン様がわ゛い゛い゛ー」
横には涎を垂らしながら不気味に呟くケイナがいた。
服屋への道案内を頼んだあたりからこの調子である。
正直言って、怖い。
「ああ、映像記録の魔導器でも持ってくればよかった……」
「ケ、ケイナ先輩、今日は付き合ってもらってありがとうございます」
「あー?いいのいいの、マイン様の私服姿見れただけでも、コッチとしてはお金払いたいくらいだし」
「は……ソデスカ」
デヘヘ、と不気味に笑むケイナ。
それは一体どういう感情なのか。
先程までマインを執拗に試着させていたこの女に対して、ワタシは未知の恐怖を感じていた。
「ふぅ……ねぇ、結局アンタとマイン様ってどういう関係なの?」
「随分と、いきなりに聞きますね」
「だって気になって仕方なかったもの。マイン様が姉さん姉さん、って呼ぶ所は可愛かったけど、アンタの存在が意味不明すぎて」
「私は、マインの姉です……多分」
「多分って、何それ。違うかもしれないの?」
「はい。私がマインの姉か、ってよりマインが私の妹か、って感じというか」
「はぁ?意味不明ね。もしかしてアンタ、本当はマリ・セイヴハートって人だったりする?」
「あ、多分そうです。部分的にそうです」
「何よそれ。マリ様は亡くなったって一時期、王都で号外が出てたと思うんだけど」
「でも、今の私はマリ・イルギエナなので……あの、このことは口外しないでもらえると」
何故だか自然に物腰が、態度が低くなっていく。
何だこれは、何かの魔術か?
「こんなのどう周りに話せってのよ。心配しなくても話す気はないわ。なんか、複雑そうだし」
「た、助かります」
「ふふん、いいわよ。いよいよアンタはアタシに頭が上がらないってワケね」
そう言うと、ケイナは小悪魔的な笑みを浮かべた。
何となくだがその笑みの裏には、気を遣わせまいとしている彼女なりの善意が感じられた。
ワタシはそれに気づかないフリをしたまま、歩き続けた。
「そうね……アンタの秘密ついでに、アタシの秘密も教えてあげる」
「ケイナ先輩の、秘密ですか」
「アタシね……実は、レガートのエージェントなの」
「いきなりですね。エージェント、ってそんな簡単にバラして良いんですか?」
「……本当はダメ。だから内緒よ?」
ケイナは小首を傾げ、唇に人差し指を当てた。
「アンタ、フィン・ランネルと知り合いでしょ」
「え、何で知ってるんですか?」
「ウチの委員長が調べてるのを手伝ってたら、色々聞いちゃってね……あの子、アタシの後輩なの」
「そう……ですか」
「行方不明なんだってね……気は弱かったけど才能のある子だったから、期待されてたんだけど。残念ね」
「エージェント間では、フィン君はどんな子でした?その、良かったら答えてもらえると……」
「何、もしかしてあの子のこと好きだったとか?」
「いや、全然そんなのじゃないです」
「そ……あの子、両親にも凄く期待されてたみたいよ」
「それで、本人はそれが重荷だったみたい……エージェントはそういう境遇の子ばかりだからそう珍しくないけどね」
困ったように笑うケイナ。
その姿が、夢を語っていたフィンと重なる。
彼女もエージェントであるなら、彼女もそういう境遇に近いのかもしれない……。
「これ、特に委員長には言わないでね。あ、委員長ってのは五聖のミヅキ様のことよ」
「先輩がエージェントってことを、ですか」
「うん。だって五聖とエージェントは立場的に敵対してるでしょ?多分、あの人はアタシに気づいてるだろうけど」
「それでも、学校では普通に振る舞うんですね」
「それはそれ、これはこれ。エージェントの活動は夜。生徒としての活動は日中だから。違う立場で振る舞うのよ」
「はい、黙っときます……先輩も私のこと内緒にしてください」
「うん。ありがと」
少ししんみりとした空気が流れる。
彼女の笑顔の裏にも、きっとフィンのような歪みがある気がする。
何かの弾みで取り返しのつかないことをしてしまう程の歪み。
それは、ワタシが理解した所でどうにかできるものではない。
きっと「魔王の遺体」を巡る戦争がある限りは、このエージェント達の苦難は無くならない。
なら、彼らの為にワタシができる事は。
「きゃあ!!」
思考を遮るように、前方から短い悲鳴が聞こえた。マインの声だ。
見ると、地面に突っ伏しているマインの姿があった。
慣れない服と靴のせいか、転んでしまったようだ。
「いったた……」
「マイン、大丈夫?」
「はい。心配かけてすいません。どうもこのハイヒールというのに慣れないようで」
「えぇ、マイン様ハイヒールでスキップしてたんですか……」
「へへ、すいません」
マインの足下を見ると、右足の靴のヒールが折れてしまっていた。これでは歩けない。
ワタシはマインに手を差し出した。
「……あ、姉さん?」
「ほら、手、握って。起こして上げるから」
「ぁ……」
マインの瞳が微かに潤んで輝いた。
綺麗な空色の瞳はまるで宝石のようだった。
「ありがとう、ございます。今日のこと、一生忘れません」
マインは花が咲くように笑った。
妹だからだろうか、その笑顔はどこかマリを思わせた。
ワタシは照れくさくなったのを誤魔化すように、マインと肩を組んだ。
「はしゃぎすぎ。ほら、これで家の近くまで運ぶよ」
「ふふ、嬉しいです。お言葉に甘えさせてもらいます」
「はいどうも。先輩、マインの左肩はお願いしますよ」
「えぇ!?いやいやいや、折れたの右のだけだし、アンタで十分だし、ていうかアタシがマイン様に触れるとか恐れ多いって言うかなんというか……」
「ケイナさん、私からもお願いします。いいですか?」
「あ。は、はいぃぃ」
顔を真っ赤にしてマインと肩を組むケイナ。
日が沈もうとしている中、ワタシ達は一歩一歩を踏みしめるように歩いていった。
ふと、マインの服の首元から見える素肌。
一瞬、ほんの一瞬だがソレは見えた。
01
マインの胸元に確かに描かれていた。
「数字?」
「……?姉さん、どうかしました?」
いや、とワタシは目を背けた。
気のせいか。本当だったとしても、大したことではない。
そのときはまだこの数字が持つ意味を知らなかった。




