その三十二 浮雲
時は飛んで朝方、王都へと向かう電車の中。
学校へ入学して6日が経過していた。
休日だからか、いつもより空いている座席でワタシは1人、窓からの景色を眺めていた。
コツコツコツ
電車内を歩く音。
それはワタシの方へと近づいていた。
「隣、良いですか」
「ええ、はいどうぞ」
景色を見たまま、見向きもせずに声に応えた。
低い声。男の声だった。
「_______________?!」
数秒後、何気なく座った者に顔を向けた時だった。
そこに居たのはどう見ても女。どこからどう見ても女の服装、それに骨格である。
人間の性別を見分ける自信があったわけではないが、まだまだ人間のことが分かってないのだと思った。
「どうしました?ありえない物でも見たような反応して」
「んええ?!」
次にその人間から発されたのは、雛鳥のように高い声。
どう聞いても女の声、さっきとは別の声である。
「……ぷっ、ははは!ビックリしました?」
「な……これは、どういう……?」
「私ですよ。ほら私。覚えてません?」
女は自分の顔を指さしてアピールした。
まじまじと見つめると、確かにどこかで見たような顔をしていた。
どこで、とはハッキリしないが間違いなく見たことはある、気がした。
「あ、そっか聞いてないのかも……」
そう言うと、女はフードで顔を一瞬覆った後、掛け声と共にそのフードを取った。
「ジョジョーン、はいおはようございます!「暗殺者の位」のローナですー」
全く違う姿へと変化して、何処からか舞い散った紙吹雪と共に女は立ち上がった。
紫色の頭髪と黒色の瞳。整ったシャープな顔つきにスレンダーな体型が印象的だった。
「おお……あ、そうか。あの顔どこかで見たことあると思ったら」
「そう。3日前に王都で、ケイナ・ビリッツァちゃんにバレそうだったのを助けたローナでーす。感謝しちゃってくださいねー」
ローナはやり切った表情をした後、ゆっくりと座った。
砕けた語句の割に落ち着いた声色。
その独特の雰囲気に妙な安心感を覚えた。
「はい、ゆーてますけどもね」
「その姿が本当のものなのか?」
「どうですかね。私「暗殺者の位」なもんで、企業秘密にしてますよ」
「そうか……貴様のことはよくマリから聞いていた。親友、だと聞いているが」
「まあ、そうですねー。マリちゃんとは仲良くやらせてもらってましたよ。そりゃ毎日イチャコライチャコラ」
「つかぬことを聞くが、貴様、女か?男か?」
「女」
即答するローナにワタシは鼻を鳴らした。
男であれば1発殴ってやるつもりだったが。
「ヅキくんがそれでボコられたって言ってましたんで。はい正直に言いますよ。まだ死にたくないんで」
「ヅキくん?」
「あ、失礼。ミヅキ・レックウ氏のことであります」
「ほう……では本当のところは、女か?男か?」
「いや疑ってるー。でもマジで女ですんで、ほら女」
そう言ってローナが自身の胸に手をかざすと、ローナの乳房が一回り大きくなった。胸囲に耐えきれなくなったボタンが弾ける。
隠密や変装が得意だとは聞いたが、そういう次元ではないのではないか。
「これ?これ私の内包式ですんで」
「……口に出していたつもりは無かったのだが」
「いや顔に出てましたよ。「変装とかそういう次元じゃねぇ!」ってね」
「心を読む内包式でも持っているのか?」
「どうだかどうだか」
真顔でわざとらしくケタケタと笑うローナ。
掴みどころのない女(?)だ。ただ者ではない。
「って、マリちゃんの顔を驚かすのに夢中で、脱線しちゃいましたね」
「まだ話の本線にも入ってないだろう」
「じゃあ、まずは連絡事項。貴方の元本体のしゃれこうべが無くなっちゃいました。残念」
「……封印の間とやらにあった私の頭蓋骨のことか?」
「えぇ、それです。ちなみに、これ聞くとただでさえ過労気味のヅキ君が倒れちゃうんで、今は私と貴方のひ・み・つ☆」
バチン、とウィンクを決めるローナ。
魔術か何かを施しているのか、ローナの目から絵に描いたような星がこぼれ落ちた。
「例の魔族侵攻を機に無くなりました。頭蓋だけですけど、封印の間にあるあれは簡単に持ってけなかったはずですよね」
「ポータルとやらを仕込む暇があったのだ。あの魔族共なら事前に準備しておいて、持っていけてもおかしくないだろう」
「っすね。ですんで、知りません?どこに持っていったか」
ずい、とローナは顔を寄せた。
「知るわけがない……貴様まさか、私を疑っているのか」
「はい。マリちゃん本人とヅキ君以外信用しない主義なので。ついでに貴方の本当の目的とかも、教えてくーださい」
ローナの表情に鋭さが宿った。
暗殺者らしい雰囲気だった。今にも袖から凶器が飛び出してきそうだ。
電車内という日常に、可視できそうな必殺の空間。
命のやり取りをしていた昔を想起させた。
「本当も何も私は……まず1番にマリを優先している。他に優先するものなど無いし、話すような目的も持っていない」
「魔王なら、次に優先するなら魔族なんじゃ?」
「魔族に対して仲間意識のようなものは無い。私は魔族共をまとめていたワケではないからな」
「あら、貴重な魔王トーク。その一言で歴史家が狂喜乱舞しますよ」
「人間側に大切だと思える者がいれば、魔族側にも似たような者がいる……今は、そのどちらかを優先するかで葛藤中だ」
「それ、どっちもはダメです?」
再び、ローナの雰囲気が変わる。
今度はゆったりとした、友人に語りかけるような雰囲気でローナは言葉を紡ぐ。
「人間と魔族が一緒に生きる。そういう世の中を作るのを、貴方の優先事項その2にするのはどうです?」
「平和ボケした考えだ……小さい頃にマリが似たようなことを言っていたよ」
「いいんじゃないです?マリちゃんと同じ考えで」
一瞬だけ、ローナの顔が綻んだ。
「あ、もうすぐで王都に着きますよ。今日はどういう御用で王都に?」
「マイン・セイヴハートと楽しく愉快にお出かけだよ」
「あらいいですね。マインちゃんとは仲良くしてくださいよ」
「言われなくとも、姉としてできる限り振舞っている」
「それならよかです……セイヴハート信用してない私たちには、あの子を大事にするなんて虫のいいマネ出来ませんので」
少し悲しそうな顔をしたと思うと、ローナの姿はその場から一瞬で消えた。
魔力の反応も周りからは一切しない。
彼女の「暗殺者の位」の称号も伊達ではないようだ。




