その三十一 約束
ミヅキとの話を終えて、教室に戻る道中のこと。
廊下を歩いていると、向かいの方から誰かが走って来ている。その低い影が人の前を通る度、生徒達がざわめいていた。
ワタシはこの人物が誰なのか、何となく察した。
「んんん!ねっえっさーん!!」
「!ちょっとマイおごぉ!!」
腹に突撃する人影。
なまじその背が低いせいか頭からワタシの鳩尾に追突。
言い表せない痛みがワタシを襲った。
数秒で立ち直り、震え声でワタシは彼女に話しかける。
「マ、イン、もう、ちょっと落ち着きを、持って欲しいな?ほら、目立ってるよ」
「あ、ごめんなさい。姉さんに会えると思うと感情が、その、抑えられなくて……」
生徒がザワつく中、その少女、マイン・セイヴハートは丁寧に頭を下げた。
「えーと、どう?元気?」
「はい!元気です!」
実習での騒動の後、大分時間が経ったのもあってか今のマインの精神は安定していた。
騒動の直後はかなり不安定だったとミヅキから聞いていた。
あの「内包式」が持続するような効果じゃなくて本当に助かった。
彼女の気を遣いながら、では精神がすり減ってしまうから。
「何してたんですか?コッチの方は委員の会室しかありませんけど」
「あー、ミヅキと昨日のこと話してた」
「へー、ミヅキさんと……2人は親友ですもんね、親友!!」
マインの前ではミヅキのことを呼び捨てしている。
どうやらマインはワタシのことを本物のマリだと思っているらしく、ワタシとミヅキとの関係は親友のようなものだと思っているらしい。
まあ、本物のマリというのは間違ってないのだが。
それより、マインのことも呼び捨てで呼んでいるがこれで良いのか?生前のマリは彼女とどう接していたのか分からないから不安だ。
「それで!姉さんはいつこちらに戻ってくるんです?」
「……え?コチラって、なんのこと?」
「セイヴハートの本家のことですよ!今までいなかったのは、何かの任務中だったってことですよね?」
「あ、あー。そう、そうだったかな。極秘の任務なんだ」
「こうして戻って来たってことは、もう終わったってことですよね!いつです?いつ戻って来るんでしょうか?」
「そ、それはね。えーと……」
マインはキラキラとした目でワタシを見つめる。
何故だろう、彼女の期待に沿う答えが出せないと思うと、気が重い。初めての感覚だ。これが罪悪感というやつか。
「私のことは、本家の誰かに言ったかな?」
「あ。すいません。昨日の件の処理に疲れていて……帰ってすぐに寝ちゃいました」
「あぁ、いいよ。気にしないで。実は……まだ本家の方には帰れないんだよね」
「えぇ?!なんでですか!」
「任務がまだ終わらなくて。それくらい重要な任務なんだよね……えと、理由は話せないけど、今は他の場所で暮らさなきゃいけないんだ」
「そ、そんなぁ……」
頭に耳でも生えていれば下に垂れているんじゃないか、というくらい落ち込むマイン。
それを見て、ワタシはホッと胸を撫で下ろした。
気づくのが遅かったが、この時点で本家とやらに伝えられていれば、色々と終わっていたんじゃないか。
「だからさ、まだ本家にはワタシのことを伝えないで欲しい。それくらい極秘な任務なの」
「極秘……お父様や兄さんにも話しちゃダメなものですか」
「あ、もちろん。私とマインとの秘密」
「私と、姉さんの……」
ブツブツ、と呪いのように呟くマイン。
「わかりました……任務が終わったら、戻って来るんですよね」
「う、うん……多分ね」
「……!で、でででは!あ、明日の、休みの日、一緒に、お暇なら、王都へ出かけませんか?」
「明日ぁ?ええっと」
「は、はい!その……行ってくれなきゃ、いい言っちゃいますから!このこと、お父様に」
「あ……ソレハ、コマリマス」
「は、はい!ですから、この用事は何よりも優先してください!」
「えぇ……じゃあ、困るから一緒に行くよ。だから言わないで貰えると、助かるなぁ……」
「やった!!約束ですからね!あ……え、あ、用事があるのでこれで失礼します!」
ワタシとの約束に楽しげに跳ねた後、周りからの目に恥ずかしくなったのか、マインは赤い顔のままどこかへ走って行ってしまった。
姉としての接し方はこれで良かっただろうか。
マインに関する情報が少なすぎるが故、彼女との交流は探り探りである。
ミヅキが言うには、マリが行方不明になってから表舞台に現れるようになった謎の存在であるらしい。
マリの仇がマインだとしたら……ワタシは討てるだろうか。
ふと、マインが走って行った方を見ると、入れ替わるようにリリナが走って来ているのが見えた。
「あぁっ!居た!おーい……ああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「すいません!すいません!」
走っていた2人は廊下でぶつかり、謝り合っている。
やがて駆け寄ってきたリリナは申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「ああ、小さい子とぶつかっちゃいました。中等部の子でしょうか」
「リリナ、あれ先輩だよ。マイン・セイヴハート先輩」
「えぇ!?あの子が……あ、あの子は失礼ですよね。あの方がぁ?!」
「……ところでタリムさんは?」
「タリムさん、綺麗な男子に呼ばれてどこか行っちゃいました……はぁ、2人ともいつからそんなに男子と交流を」
「綺麗な男子?」
「銀髪の……青い目の、イケメンさんです」
リリナは口をとがらせながら、文句でも言うように言った。
タリム関係なら、おそらくウェルスのことだろう。
リリナは人間間の恋愛には敏感なようだが、生憎彼女の話している2人はどちらも中身は魔族である。
「リリナにも良い人がいるよ……ていうか私の場合は別に仲良いわけじゃないからね」
「……じゃあ、あの人とはどういう関係なんです?」
「あ……それは、ちょっと言えないっていうか」
「ほらっ!!やっぱりじゃないですか!!」
リリナが悔しげな表情でどこかへ走っていくのをワタシは追いかけた。
人間の感情とは複雑なものである。




