その三十 未練
「はぁ……」
森林での実習があった日の翌日。
妙に席が空いている教室の中で、ワタシは授業を受けていた。
あの日ポータルを破壊した後、魔族の出現はなくなった。
ミヅキやマインのフォローもあってか、校内ではそこまでの騒ぎにはならなかったが、その日の授業は休止となった。
魔族の襲撃による被害はそれなりのもので、参加していた40人の生徒の中、重症が3人軽症が28人といったものだった。
だが、軽傷や無傷といっても精神的にダメージを負ったものも多く、ほとんどが魔族と戦う恐怖からか登校を拒否しているらしい。
今の授業を受けている生徒はワタシを含まずとも数える程しかいない。
でも死人が出なかっただけマシと言える……いや、1人行方不明者がいたか。
「マリ様、今日はご気分が優れないようですが、どうなさいました?」
隣の席のタリムが声を潜めて、話しかけてきた。
ちなみにワタシやタリム、リリナは何事もなかったかのように登校していた。
「うん?……あいつ何だったんだろうなって」
「あ、あいつと言うと?」
「そりゃフィン……ああそっか。タリムさん、あの時その場にいなかったもんなー。肝心な時にいないもんねー」
「そ、それについては朝方に謝罪をしたでしょう!土下座もしましたよ!」
「コラ、タリムさん。静かに。あと座りなさい」
立ち上がるタリムをいつもの無精髭教師が注意した。
「す、すいません」
「……はは、冗談だよ。別に責めてるわけじゃない」
ため息をつきながら席に着くタリム。
人間への陰口を言わない辺り、なかなかどうして初めと比べれば丸くなったのではないだろうか。
「この魔術はこういう仕組みで、討魔師であるならこの術式は無詠唱で_______________」
長々と話す教師の授業を聞き流しながら、ワタシはあの時を追想していた。
あの時のワタシは何故、フィンを殺せなかったのか。
殺していれば、今頃後悔していたか?数日もすれば何もなかったみたいに忘れているのでは。
それとも、上手く説得出来ていれば、今頃教室にフィンはいただろうか。
ガラガラの教室を見渡し、この教室に居たはずの彼の影を探した。
だが、ワタシには彼がどこに座っていたのかすら分からないのだ。
「……バカバカしい」
小さく呟く。
昔のワタシなら何の躊躇いもなかった。
いつからこんな性根に、と言えばそれは多分マリとの出会いがきっかけだろう。
マリとの出会いに始まり、タリムやリリナ達との出会いが何かしら影響を与えている。
いつかこの甘い見解が原因となり何かワタシにとって悪いことが起きたりしないか。
それがマリとの出会いすら否定したりやしないか。
ワタシはそれが、怖かった。
〜〜〜〜〜〜
「おいそこの生徒」
授業を終え、昼休みに入った時だった。
タリムやリリナと教室の状況や昼食について談笑している中、彼は来た。
「そこだよ。そこな短髪碧眼の女子生徒」
「マリ様、あいつは……」
「あっ、ミヅキ先輩です。マリちゃんのこと呼んでるんじゃないです?」
「な……はい。なんでしょうか」
ふてぶてしい態度で対応しようとしたが人前であることに気づき、畏まる。
ミヅキはそこそこ有名な立ち位置だが、教室に群れた黄色い悲鳴は上がらなかった。
それほどに今の教室は空いている。
ミヅキはズカズカと教室内に入り、ワタシの前まで来た。
「2人きりで話がある。ちょっと来てくれるか」
「あ、はい。出来れば手短めにお願いします」
「2人きりで話って、もしかして……キャー!マリちゃん頑張って!」
「む、なんだその反応は。マリ様がコイツと何を頑張るというのだ」
「それはですね……」
「いや、多分リリナが考えてるようなことじゃないと思うけど」
リリナはニヤけた顔でタリムに耳打ちする。
やがて、頷きながら聞いていたタリムの顔は青ざめていった。
「……なっ、マリ様!いけません!犯されますよ!!」
「黙れタリム殺すぞ」
「タリムさん、ちょっとそれは飛躍しすぎです。もっとこう、ピュアな感じで」
「はぁ……いいから、来いって。すぐ終わるから」
「ということらしいから。2人はじゃあ待っててよ」
はい、と返事するタリムとリリナを後目に教室を後にした。
〜〜〜〜〜〜
場所は変わって、いつか来た風紀委員の会室。
ワタシはいつかと同じ場所の席に座った。
「……誰もいないな。風紀委員ってもしかして貴様だけなのか?」
「お前呼ぶときゃ誰もいないときだよ。言っておくが、勝手に入っていいとは許可してないからな。万が一ここに用があるときはノックして入るように」
「舐めるな、その程度は知っている」
「へえへえ、そりゃ結構なことで」
人間の常識程度なら、保護者のセリルから入学前に教わっている。
「無駄話はいい。要件に移れ。昼休みには限りがある」
「昼休み、魔王から聞ける言葉とは思えねぇな」
「今の私は学校の生徒のマリ・イルギエナだ」
「へいへい……んで、話したいことなんだが」
ミヅキは机の中から1枚の紙を取り出した。
何やら文字がビッシリ書いてある。
端には、フィンの顔が描かれていた。
「なんだそれは」
「行方不明になった例の生徒、フィン・ランネルについてまとめた書類だ。昨日から色々調べてな」
ミヅキは書類を眺めながらつまらなそうに喋った。
「歳は16。ウチの学校の剣術科1年、クラスはお前と同じレガートのクラスで、成績は平々凡々たるもの」
「随分と適当な情報だな」
「これでも真面目に調べたよ。内包式は「以心伝心」素肌に触れた相手に自分の思念を伝えることが出来るらしい」
「あの精神干渉の原因となったやつだな」
「それがよ、記録では素肌に触れた相手ってなってんだよ」
「私と居たときも触れなければ発動できなかった……あの上級魔族が何か手を加えたのだろう」
あの魔法陣はフィンの内包式を補助する役目をしていたのだろう。
森を覆えるほどの力を持っていた者はあのメリルという上級魔族のみ。
必然的にあの魔族の力によるものだろう。
人間が内包式を扱えるように上級魔族は固有の力を持っている、とミヅキから聞いた。
メリルという魔族の力は「効果の拡大」と言ったところだろう。
「だよなぁ……あと厄介なのは、コイツはエージェントだってところだ」
「エージェント、とはなんだ」
「三国が王都に送り込むスパイだよ。魔王の遺体についての情報を探るのが大まかな目的だな。大体はウチの生徒として潜り込む」
「国の政略に子供を使うというのか」
「そう。それが今、この王都で起きている裏の戦争だよ。戦争と言うにはちょっと大袈裟だがな」
「戦争……か」
「話を戻すと、だな。この生徒について、お前の知ってる情報を聞きたいんだ。あの日お前はこの生徒と行動してたよな?」
「そうだな……あいつ、フィンはあの日に自身で両親を殺した、という情報くらいしかないな」
「はぁ?!なんだその新情報わ!ちょ、ちょっとー、暇な兵士さん聞こえますかー?」
大慌てで魔導器に声を当てるミヅキ。
いつか見たのと同じ様子のミヅキを見て、思わず苦笑した。
最中、ワタシはフィンが両親に対して不満を持っていたことを思い出していた。
「幸せなんかじゃない!」
あの日にフィンの言った言葉だ。
フィンの歪みと彼がレガートのエージェントであることには何か関係があるのだろうか。
フィンの両親がフィンをそうさせたのも、レガートが関係しているだろうか。
本人がいないのでは、その真実を知る由もない。
だが恐らく、それもこれも戦争、そして「魔王の遺体」が原因なのだ。そう、ワタシの遺体が。
ワタシは、このままでいいのだろうか。マリの仇を討つだけで……。




