その二十九 歪み
マインが復帰してしばらくした後、ワタシ達はメリルの追跡を始めた。
事が動き始めたのはすぐの数分後であった。
「……!捕捉しました!さっきの魔族です!」
マインが叫ぶ。
見据える先には例の上級魔族が立っていた。
「もー、追いつくの早すぎでしょ」
メリルはまるで警戒した様子はなく、余裕ある佇まいで立っていた。
すぐ横には人間大の謎の空間を作り出している装置と……。
「やあ、無事だったんだね。イルギエナさん」
「フィン、君……?」
装置の前、塞がるように立っているフィン・ランネルがいた。
「おいおい。あそこいんの、学校の生徒か?」
「人質のつもりだろう。厄介だな」
「違うよイルギエナさん。僕は、僕の意思でここにいるんだ」
フィンは魔族の傍にいるというのに怯えた様子を欠片も見せなかった。否、むしろ普段の彼よりも余裕があるように見える。
下級魔族に怯えていた彼とは別人みたいだった。
「……生徒の方の様子がおかしいな。例の精神干渉で操られでもしてんのか?」
「例のって……はは、それって空に出てきた魔法陣ことですね?ふふ、それ僕がやったんですよ!」
「何……?」
「へへ、凄いと思いますよね!僕がやったんです!あのクラスのやつら巻き込んで、みんなみんな!」
「何を頭おかしいこと言ってんだ……やべーぞアイツ?」
「はい。あの生徒の子から察するに、上級魔族は精神攻撃の能力を持っていると考えてもよさそうです」
「ふふ、そうだよな。普通僕がおかしいって思うよなあ」
フィンは嬉々としていた。
ワタシといた時と比べるとその豹変ぶりは、確かに洗脳されていると思えてもおかしくはない。
何か引っ掛かる。何か、忘れているような気がした。
「……!おいミヅキ、あの精神干渉は貴様も受けたんだな?」
「あ、ああ。そりゃもちろん」
「受けた時、どんな感覚だったか覚えているか?」
「あぁ?えっと、何かのイメージっていうか、記憶?が頭の中に流れてくるような感じで……ってこの情報いるか?」
「いる……そして確信した。あの生徒、フィンは洗脳されていないようだ」
「……どういうことだ?」
フィンの「内包式」
自分の伝えたい言葉を相手に伝える力。
ミヅキの話した内容とそれを受けたワタシの感覚とが近い気がする。
精神干渉とやらはフィンの内包式によるもので多分間違いない。
だが、フィンの力は対象に触れなければいけないはず。
それに映像や記憶を伝えられるほど万能ではなかったはずだ。
「もう、何話し込んでるの?ポータルも繋がったし、もう帰りたいんですけど」
「待ってよ、メリルさん。少し話したいんだ」
「あっそ、じゃ先に帰るから。死なないように」
「! ミヅキさん!上級魔族が逃げます!」
ポータルと呼んだ謎の空間に逃げようとするメリルをマインが追おうと踏み出す。
だが、それを阻止すべくフィンは動いた。
「ダメですよ。メリルさんは僕の救世主なんですから」
フィンが手を広げると小さな魔法陣が浮かび、消えた。
「っ!あ、ああああああああぁぁぁ!!」
瞬間、マインの頭部に走る紫電。
駆け出そうとしていたマインは膝をつき、絶叫し始めた。
その隙にメリルはポータルの向こうへと消えていってしまった。
「ハハハ!凄い!あのマイン・セイヴハートが!僕の内包式でこの有様だ!はっはははははは!!」
「ちぃっ、ますます意味がわからんことになったな!あの生徒……っておいおいおい!」
突如、メリルが消えていったポータルから、無数の魔族が這い出てきた。
とめどなく溢れてくるその量に、終わりは見えない。
あのポータルは何処へと繋がっているのか。
「くそ!やむを得ねぇ。まずは生徒をどうにかする!魔王はあのポータルと下級魔族を!」
「ま、待て!フィンは私が、私が説得する!」
「説得だ?!この状況で何を……っ!そんな暇ねぇ!マインを守りながらじゃ、あの量は捌ききれねぇだろ!」
「数分でいい!説得させてくれ!殺す必要は無いかもしれないんだ!」
「殺しだけしてきた魔王が今更何を!あの量が森を出て、街に出たら騒ぎなんてもんじゃ済まされねぇんだよ!」
「彼は、か……数少ない私の友人なんだ!マリのように失うような真似、二度としたくないのだ!」
自分でも何故こんなことを口走っているのか分からない。
たかが人間、少し知り合っただけだというのに。
マリやリリナの顔を浮かべると、どうしても感傷的になってしまう。
この妙な感覚が、ワタシの邪魔をしていた。
「ちっ、5分だ。5分で話をつけろ」
「すまん……礼を言う」
ミヅキは複雑な表情を見せた後、倒れそうなマインの元へと走っていった。
ワタシはそれを見届けると、フィンのいる方向へと顔を向けた。
「フィン君!そのポータルとか言うの、そこから退いて!」
「ダメだよ。壊すつもりなんでしょ?それじゃ、僕があっちに行けなくなる」
「あっち?なんでフィン君は魔族に協力してるの?何か弱みでも握られてるの?」
「違う。僕は自分の意思でメリルさんに協力して、自分の意思でこの力を使っているんだ」
「自分の意思で、って相手は魔族なんだよ。分かってるの?」
「魔族でもいい。僕は、今までの自分を否定したいだけなんだ。じっと我慢してきた自分、ただ従ってきただけの自分を」
「そんなことで……」
「そんなことじゃない!!」
魔族とミヅキとの戦乱の中をフィンの怒号が響き渡った。
「僕にとっては重要なんだ……今の僕を否定することが」
「今の自分?なん、で……」
頭を過ぎったいつかの光景。
王都の人々が幸せそうに歩く光景。
ワタシとマリがそうであったように一人一人が人生を謳歌しているのだと、夕日の中で思えた安穏な光景。
「_______________この時代の人間は!何不自由なく生きられるはずだろう!貴様も、幸せに生きていたはず!なのに何故!」
「幸せなんかじゃない!」
「っ……!」
「両親に縛られていたんだ。レガート国の官僚だった両親は、僕が国に役立つ人材になるように育てた」
「当然、それに応えられるように必死こいて頑張ったさ。両親のためにと思って!」
「でもいつになっても国、国、国のため!学校で虐められている僕には見向きもしない!裏の戦争に勝った時のために、将来のお前のために厳しくしてる。そんな決まった台詞何回も聞いた!」
「それは、きっと両親が貴様の将来を真に思ってやったんだろう!」
「違う!あの二人は国からの名声が欲しいだけなんだ!僕の努力なんて見てない!」
「それは、貴様の主観だろう!両親はきっと……」
「黙、れ!知ったふうに言う、な……ふ、ふふ。でもそう、ふ、そうかもしれない。そう。でもね!もうそんなこと考える必要ないんだよ!」
フィンの怒りの混じった語りはうってかわって、笑いと狂気に混じったものに変わった。
「さっき、殺してきたんだ!メリルさんと、このポータルを使ってさあ!」
「な、に……」
「虹を見た時くらい、晴れやかな気分だったよ!メリルさんや僕に怯えながら死んでいくアイツらの様を見るのはさあ!」
「今まで2人のためにって!我慢してきた鬱憤を全部吐き出したんだ!めちゃくちゃにしたんだ!そりゃ、楽しかったさ!」
フィンのその声は、もう泣いているのか、笑っているのか分からない。
両極の感情がせめぎ合っているのような表情に見えた。
「その感情を内包式でみんなに送ったのさ!抑えてきた感情、心の奥底にある感情を解放させるような記憶のイメージをね!」
「それで……あんなことに……」
「はっはは!面白かったなあ、みんなおかしくなっちゃって……あ、ごめん。また、自分語りが過ぎたね」
そう笑うと、フィンはワタシに手をかざした。
「イルギエナさんには分かってもらえないみたいだ。だから_______________」
あの魔法陣が浮かび上がる。
フィンはワタシを攻撃しようとしている。
咄嗟に、そのかざされた手に向かって、腕を薙いだ。
「っ、なんで……!」
宙を舞うフィンの左腕と赤い血液。
「あ、いあああああぁぁぁ、あぁ!!」
「もう、いい……もういい!」
人間はここまで醜くなれる。
富と名声を求めた「勇者達」ですら、ここまで酷くはなかった。
善良そうに見える人間でも、ここまで歪めるのだ。
それが知れただけで十分だ。
「貴様は、私の知っているフィン・ランネルではない。そう思うことにした!」
「ひっ、ひあああぁぁぁ!」
「だから、死んで_______________」
怒りに身を任せ、ポータルへと走るフィンに手のひらを重ねる。後は魔力を込め、魔術を放つのみ。
だと言うのに。
『将来、魔導器を作る職業に就きたいんだ』
屈託ない笑顔で語る彼を思い出してしまった。何が彼を歪めた?彼の両親はなぜそこまで国のために。
何故、何故、何故。戦争の種となったのは一体_______________
「_______________戦争の種……魔王の、遺体!!私の、せい……?」
「しっ、死にたくな」
生への嘆願を言い切ることなく、フィンはポータルの向こうへと消えていった。
最後にそこに残ったのはそのポータルを生み出す装置のみ。
「……は、はは」
「おい魔王!もう、保たないからな!は、早くしろよなぁ!」
「ああ、もういいよ」
ワタシは無力感と重なる怒りに流されるようにして、一帯を破壊した。
今日のことは、ワタシの胸に深く刻まれるだろう。
人間の歪みと自分の存在の大きさを知った日として。




