その二十八 変貌
「ねぇねぇ、姉さん」
「な、なんだ……」
「呼んだだけです♡」
ワタシの腕に抱きついたマインが猫なで声で喋る。
上級魔族メリルからの襲撃後、ワタシ達は逃げたメリルの後を追っていた。
ただし、なんの魔術も利用しない徒歩で。
「マイン、歩きにくいから離れて欲しい」
「ご、ごめんなさい。でも私、まだ少し調子が悪いみたいで……このままじゃ、ダメですか?」
「ミヅキ代わってくれ」
「いいだろ。体くらい貸してやれよ」
「はぁ……」
「……♡」
片腕に確かな重量を感じながら、ワタシは歩いた。
魔力感知によれば、メリルの囮となった下級魔族が残りの全てだった。
残すは元凶のメリルのみ。
ワタシ達はマインの回復(?)も兼ねつつ、こうして歩いて向かっていたのだった。
「……ぬ、ぬあああ!離れろ!もう十分回復したはずだ!」
「う……ご、ごめんなさい。姉さんに会えたのが嬉しくて、つい」
「急は要さないにせよ、まだ魔族はいるのだ。そう悠長にしていられる状況じゃない!それでもセイヴハートの人間なのか!」
「え、あ……ね、姉さん?もしかして、今ので私のこと嫌いになりました?」
「は?なんだ急に」
「い、嫌。キライに、キライにならないでください。ごめんなさい。私ぃ、謝りますからぁー」
堰を切ったように、声を震わせて泣き始めるマイン。ヤバい、コイツはかなり面倒くさいぞ。
軽率にセイヴハートと関わるべきではなかったか。
「お、おい。泣くな!立ち止まるな!い、いいのか、ここに置いていくぞ!」
「ごめんなさいぃ!姉さんがいないと私ダメなんですぅぅぅ!」
「クッハハ!おいお姉様。置いていくのはいいが、お前肝心なこと忘れてるんじゃないか」
「は、肝心なこと?」
「セイヴハートにお前の存在が気づかれるかどうか、マインにかかってるんだ。あんま機嫌を損ねない方が良いんじゃねえか?」
「な……!マ、マイン、すまん!腕くらい幾らでも貸してやるから。すまん、泣き止んでくれ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私を嫌わないでぇ……」
「ああっ、すまん。ええと、ほら!片腕とは言わん、両腕も貸してやるから!どうだ、だ、抱きしめてもやるから」
「ぶふっ!はっはははははは!!」
「おいミヅキィ!貴様も他人事ではないだろぉ!」
「ひ、いや。お前が焦ってんの、面白、くふ、て」
何故か今まで以上に愉快そうな様子のミヅキと、何故か精神干渉時以上に弱っていくマイン。
幾千の魔族を相手にするよりもこの2人の相手をする方が大変だ……。
〜〜〜〜〜〜
「あはっ!あはははははは!!」
刻まれた肉片達と血の沼。
その中でリリナは笑っていた。
なんとも嬉しそうに、心の底から笑っていた。
「見てください!タリム!私達を襲ってきたヤツら、こんなになっちゃいましたよ!!」
「あ、ああ……」
タリムは困惑していた。
突如出現した魔法陣。それが消えるのをきっかけにリリナの様子はおかしくなった。
先程まで彼女は蹲り、動けない状態だった。そしてその時に、木陰から魔族は何体も飛び出し、彼女を襲った。
「ガ、ガ……ガ」
その魔族は今では死にかけている。
タリムはリリナを守るつもりだった。
魔族が出現した時、そんな気は毛頭なかったが、襲われようとした時、見過ごせない気がしたのだ。
だが、その瞬間にタリムの出る幕は無かった。
「ははは!さあ、先を行きましょう!この状況、マリちゃんが心配でしょう!?」
リリナが駆逐したのだ。
方法は分からない。見えなかったのだ。それほどに速かった。
「と、当然だ。まずはマリ様を探すぞ」
タリムは恐怖を感じていた。
得体の知れないこの人間を。自分のことを「協力者」と呼び信頼したはずのこの人間を。
「……タリム。私達、協力してるんですよね。マリちゃんを支えるために」
「あ、ああ、ついさっきお前が言ったことだ」
「じゃあ、今から私が聞くことに正直に答えてくれます?」
「質問によるな」
「タリム、貴方は魔族ですよね?」
「……!」
さっきまで嬉々としていたリリナが鋭い視線でタリムを見ていた。
タリムの頬に冷や汗が伝う。
「はいと答えたとして、貴様はどうするのだ」
「どうもしません。これはただの質問ですよ」
「答えを聞いた場合、貴様は生かしておけない 」
「……。」
リリナは何も言わずに笑った。
タリムにはその姿が何よりも不気味に見えた。
「あっはは!冗談ですよ。こんな人間の身近な場所に魔族がいるわけないじゃないですか」
「さっき魔族に襲われたばかりだ!冗談になっていない」
「ふふ。でも私、タリムが魔族でも仲良くできるかもと思ってます」
「ふん……かも、しれないな」
「それと、人間と魔族は手を取り合って生きていける、と私は本気で思っています」
「……」
「ごめんなさい。今日の私、少しおかしいみたいで_______________さあ、行きましょうか」
ニコリ、と笑うとリリナは踵を返して森を進んでいく。
そこに居るのは1人の人間と1人の魔族。
さっきまでの緊張が嘘かのように、2人は並んで歩いた。
「誰が、貴様らなんかと」
誰にも聞こえない声でタリムは呟いた。




