その二十七 目覚め
「マイン、よく見ていなさい。貴方はあの方を目指すのですよ」
「担当」だった女は5年前、そう言った。
窓越しに指していたのはマリ・セイヴハート。
私の姉に当たる人物だ。
姉は才能のある人だった。
魔王を討伐した勇者一行の僧侶、クリンズ・セイヴハートの再来とまで言われるほどで、周りからも尊敬されていた。
私も姉を尊敬していた。
「マリ・セイヴハート……あの、会った時はあの方をなんとお呼びすれば?」
「早計ですよ。そんなこと今考える必要はありません」
「でも、もし会った時に、何か無礼なことをしてしまったら……」
「まだ貴方は、マリ様の足元に及んでいないのです!いいから行きますよ。まだ今日の「調整」が済んでいません」
「はい……」
姉は私のことを知らない。
私が一方的に彼女のことを知っているだけだからだ。
私も彼女のその姿しか知らない。肌の柔らかさも、匂いも、性格や声すらも知らない。
姉と会えるようになるには、私が強くなってからだと言われている。
私が彼女と同じくらい、強くなってから。
姉と話したければ、彼女と対等にならなければいけない、と。
「マリ、お姉様かな。マリ姉さん、とか呼びたいんだけどなあ。ちょっと失礼かなぁ」
いつか会えることを、会話することを夢に見て私は頑張った。
それは、ある日に起きたことだ。
「マリが……死んだのだ」
「そんな_______________!!」
聞いてしまった。
それは私の「担当」と、主人であり「父」であるザイン・セイヴハートとの会話。苦悶の主人にも、初めて見た「担当」の泣き顔にも何も感じなかった。
姉が死んだ。
受けた衝撃が、私の心を轢き殺して行った。
痛いような叫びたいような。何も出来ないけど、苦しい感じ。
それに加えて、胸に穴を空けられたような喪失感もあった。
「_______________。」
私は何も言わずに部屋に戻った。
これから私が姉の代わりになるから、落ち込んでいる場合ではなかった。
出来る限り、心を強く持った。
そうすることしか、許されていなかった。
今でも私は心を強く保ち続けている。
そうしなければ、砕け散ってしまう。
私が私ではいられなくなってしまう。
〜〜〜〜〜〜
「_______________っ!マインッ!!」
ワタシは叫んだ。
セイヴハートとはできるだけ関わらずに事を進めてきたが、今回ばかりはダメだった。
マリの妹が死んでしまうのだ、仕方ない。
叫びながら走り出す。
魔力をフル稼働させメリルの攻撃を止めようとした。
だが、間に合わない。
ミヅキも止めに入ろうとするが、反応が遅かったのか間に合っていない。
メリルのその手がマインの首元に達しようとした、その瞬間_______________。
「きゃあ!!」
メリルの短い悲鳴と共に、辺り一帯に眩い光が現れた。
発光は一瞬。
微かにだが、剣を振るう人影がその中で見えた気がした。
「っ、コイツ、ああぁぁ!!」
光が消えるとそこには両腕を失ったメリルと金色の長剣を持つマインが居た。
「……おはようございます」
「マイン……無事、なんだよな。平気そうか?」
「大丈夫です。迷惑をおかけしました、ミヅキさん。それと」
マインはワタシに顔を向けた。
当然だが、ワタシに気づいている。
セイヴハートの人間にハッキリと見られてしまった。もう取り返しはつかない。
走る緊張の中、マインを見つめながら固唾を飲んだ
「……姉さんも」
そんな強ばったワタシを見て、マインは柔らかく微笑んだ。
「きゃは!なーんだ、貴方セイヴハートだったのね!せっかくのチャンス、無駄にし、ちゃっ、た!!」
グチャり、と肉の蠢く音。
ワタシが切ったはずのメリルの右腕が、みるみると再生していった。
あれでも上級魔族だ。あの程度の回復はお手の物だろう。
だが、いつの間にか無くなっていた左腕の方はまだ再生していない……いや、できないようだ。
「退魔の光を宿す「聖別」。あれがマインの内包式だよ」
「内包式。剣が光っているのはそれか。だが、何だ?退魔の光とは?」
「俺にもよく分からん。が、とりあえず魔族によく効く力って感じだ」
「また随分と適当だな」
「もう!五聖が2人いるんじゃ余計に分が悪いじゃん。逃げ逃げ!」
メリルが指を鳴らすと、木の影から十数体の下級魔族が現れた。
その群体は図体と数も相まってか巨大な要塞を連想させた。
メリルは下級魔族を囮にし、翼を使って逃げる算段のようだ。
「んじゃ、またね!」
「馬鹿が、逃がすと思うか_______________」
「っ、おい待て魔王!巻き込まれるぞ!」
ミヅキの制止に一瞬だけ踏み出そうとする足を止めた。
そのわずか一瞬の間を、閃光は走った。
「姉さん、見ててください」
刹那、金色の軌跡が森中を駆け回った。
その輝く剣が魔族と重なったと思うと、魔族の肉体は崩れ、血すら見せずに灰と消えていった。
駆けるその姿は、例えるなら金の流星。
セイヴハート。魔王を討伐した「勇者」の家系。
その称号に相応しい闘諍が垣間見えた。
「逃がしません!貴方で最後です!!」
「ははっ!ちょっと来ないでよ!セイヴハート!」
「っ、ぐぅ……!!」
走る閃光の先を押さえるようにメリルは連続で攻撃を放った。
マインはその攻撃を掻い潜りながらメリルに近づく。
が、人間の剣先が空を飛ぶ魔族を捕らえることはできなかった。
金の軌跡は力無く落下したと思うと、その光は一陣の風と共にワタシ達の下に戻った。
「_______________はっ、はっ、はぁ……すいません、今追撃を!」
「っ、おい!待てよマイン!とりあえず落ち着け。まだ病み上がりみたいなもんだろ」
「で、でも……!! 」
マインは息を切らしながら、不安気な表情でワタシを見た。
「焦ってんの、らしくねぇぞ_______________あ、そうか」
何かに気づいたミヅキはワタシを何度か小突いた。
なんなのだ。何を意図してるのか全く分からない。
「……マインからしたら、死んだ姉との感動の再開だぞ。ほら、なんか言ってやれって!」
ミヅキはしびれを切らしたように、ワタシにそう言って耳打ちをした。
「ほら早く。何でもいいからよ!」
「あぁ……えと、あんまり無理しない方がイイヨ」
「〜〜〜〜〜〜!!姉さんっ!!」
マインは堪えていた感情を爆発させるが如く、ワタシの腹に飛び込んできた。
「グエッ!」
ワタシはまた1つ、面倒事を抱えてしまったのではなかろうか。




