その二 乗車
「おい。もうすぐ出発だろう!早く降りて来い!」
下の階から声が聞こえる。
窓の外の朝靄が晴れる頃、ワタシは鏡をじっと見ていた。
見えるのは極端に短い金髪に緑色の瞳。軍服のような服装は……下がスカートだ。
「今、行くよ」
返事の後、ワタシことマリ・イルギエナはあの日から10年経った姿で部屋を出た。
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窓の外を流れる景色。
ここはとある列車のとある車両内。
木々の群れが流れ行く風景を後目に、ワタシは静かに辺りの様子を見ていた。
乗客は皆ワタシと同じ制服を着ていて、隣の者と喋ったり読書をしたりとそれぞれが自由に過ごしていた。
「あ、すいません。お隣よろしいですか?」
後ろから声に目線を投げる。
長い黒髪に、眠そうなタレ目。装いはやはり制服。
声をかけてきたのはワタシと同じ年くらいの娘だった。
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。あ、もしかして今年から入学の方ですか?」
はい、と短く応えた。
入学というのはこの列車の向かう先にある都市の学び舎の生徒になるということ。
学び舎と言っても、魔術や剣術を中心に学ぶ場だ。
「私もなんです!じゃあ同級生ですね!剣術科ですか?魔術科ですか?」
「あー、っと確か……剣術科、かな?」
「じゃあ一緒のクラスですね!同じ剣術科のリリナ・テガローナって言います。よろしくお願いしますね!」
リリナと名乗った少女は一息に言うと、ワタシの隣の席に腰を下ろした。
「私はマリ・イルギエナ。よろしくね、リリナ」
首を傾け、口角を軽く上げた。
薄く微笑んだワタシを見てリリナはホッと安心した表情を浮かべる。
「良かったぁ。私、何か失礼なこと言ってませんでした?」
「え?……よくわからないけど、まだ自己紹介しかしてないよね」
「いや、あぁ、まぁそうですよね!すいません、人と話すの慣れてないもので。つい不安になって」
リリナは急に顔を赤らめながら額の汗を拭った。
彼女自身が言った通り、他人と接するのに慣れていないのが様子から見て取れる。
話し掛けるだけでも相当な勇気が必要だったに違いない。
「ええっと、そうですね。マリ……マリ・イルギエナ、さんは落ち着いて、で、いらっしゃいますね」
「私のことはマリでいいよ。だから、まずは落ち着いたら?」
「あっ、ははっ、ですよね?!だっ大丈夫です。大丈夫、大丈夫……」
「なんかただ事じゃないような反応だけど」
「はぁ……すいません。これが私の普通なんです。もう少ししたら慣れると思うので」
「……ぷっ、はははは!」
ふう、と上気させたリリナの顔を見ていると、つい可笑しくなって笑ってしまった。
おかげで強ばっていたワタシの緊張もほぐれた。
実を言うと、尋常ではないワタシも、他人と上手く話せるか不安だったのだ。
「はは……リリナほどじゃなきゃ、みんなそんなに焦れないよ」
「ふふっ、ですね。私初めて列車に乗ったっていうのもあって緊張してたみたいで……知ってました?この列車、魔石で走ってるんですよ」
「知ってるよ。世界に3つしかないんだってね」
リリナの言う通り、この列車は魔力を結晶化させた魔石で走っている。
魔力というのは大気中、地中、人間の身体にも存在する神秘的エネルギーのことで現代の人々の暮らしを支える重要なエネルギー。今では人々の生活を支える大切な資源だ。
「実は王都に行くの初めてで……どんな所か知らないんです。マリ、さんはご存知ですか?」
「人が多い、建物が無駄にデカい、あとは騒がしい、かな」
「行ったことがあるんですか?いいなぁ、なんてったって世界の中心地ですからね!」
わざとらしく天井を仰ぎ、何か物思いにふけるリリナ。
王都というのはこの世で最も巨大で、最も栄えていると言われている都市。
なんでも、三つの大国の停戦と友好のために作られた都市だと聞いている。
ワタシはその王都に少し前に訪れただけでなく、住んでいた、ということはわざわさま話さなくてもいいだろう。
目をつぶると、王都で過ごした「親友」との日々が頭を過ぎる。
彼女も確かに、そこに居たのだ。
『間もなく到着致します』
列車内のアナウンスに我に帰る。
「あっ!すごいすごい見てくだ……って見たことあるんでしたね」
リリナが見つめる先、目的地の王都がすぐそこに見えていた。