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その十七 暗殺者

 

 白く朽ちた神殿。

 動けないワタシ。

 血に濡れたマリ。

 助けられないワタシ。


 ワタシはあの光景を目の裏に見ている。


 傷ついていくマリ。

 救えないワタシ。


 ああ、またこの夢だ。嫌になる。



「_______________っ!!」


 勢いよく開かれた瞼。そこに飛び込んできたのはいつもの光景だ。

 ベッドの上の(ワタシ)

 鏡に映る(ワタシ)

 これが真の現在である。


「マリ、すまない、な_______________?」


 無意識に口にするマリへの謝罪と、その後に来る謎の違和感。

 何か違う。何が違うかと言われればハッキリとは答えられないが、漠然とした不安がワタシを襲っている。


「? 何だ、一体何が……!」


 光差す窓に目を向けてようやく気づいた。

 そうかこれが違和感の正体。

 ワタシは階段を駆け下りた。


 〜〜〜〜〜〜〜


「セっ、セリル!!今すぐ朝の食事の準備だっ!!早くしろ!!」


 保護者のセリルに大声で呼びかける。


 太陽が真上に来るほどの時間、朝と呼ぶには遅すぎる時間帯。

 つまるところワタシは寝過ごしたのだ。

 明らかにいつもの登校時間に間に合う時間ではない。

 急いで出発した所で時間が巻き戻るわけではないが、謎の焦燥感がワタシを駆り立てた。


「うるさいな。もう用意してあるよ」


「ご、ご苦労っ_______________な!スプーンが無いではない!マリに素手で食べろというのかっ!」


「ああ騒がしいぞ!ほら、スプーン。ったくどうしたんだ、何か急いでるけど」


「学校に遅れるからだ!くぅっ、思った時間に起きられないなど、マリの身体はどこかが悪いのではないか?!」


 行き場の無い怒りをぶつけるように、スプーンでそこにある食べ物を掻き込んでいった。

 この女は何をとぼけているのだ。そもそもいつもの刻限に起きてこないのであれば、保護者である者が起こすべきではないのか。

 やりようの無い苛立ちを抑えるべくセリルを睨んだ。


「ん?……分かっていると思うが、今日は学校休みだからな」


「はむっ、はっ……休、み?」


 トン、と木製のスプーンを手から落とした。


「なんだその反応。たかが休みで大袈裟だな」


「休みって……無いのか?学校」


「2日の授業日毎に1日休み。ルールに反する者は目をつけられる、とか言って熱心に学校規則を読み込んでたのはどいつだ」


「あぁ、確かに休みとは書いてあったが……休みってそうか、そういう意味なのか」


 衝撃の事実。

 なんと今日は学校の授業がないというのだ。

 拍子抜けだ。強ばっていた身体から力が抜けた。


「まあ……いいか。なら、今日は王都へ出かける」


「何しに行くんだ?」


「図書館へ行ってセイヴハートについて調べるのだ。王都にあるのだろう?」


「どうだったかな……まあいいんじゃないか?ついでに観光でもしてこい。どうせ王都に行っても通学路しか通ってないんだろ」


「何故それを……監視でもしているのか」


「さあ、どうだろうな」


 セリルは食器を洗いながらニヤリと笑った。

 コイツなら監視していてもおかしくはない。


「セリル、貴様は結局何なのだ?マリを暗殺しようとしていたことしか知らないのだが」


「私がなんだろうとお前が気にするようなことではない」


「マリを暗殺しようとしたのだ。いつ私の気が変わって殺されてもおかしくない。だから言い訳なら述べておいた方が身のためだぞ」


「うお、急に脅すなよな……強いて言うなら罪滅ぼしだよ。まだ幼かった彼女を私は手にかけようとした」


「暗殺者とはそういうことを平気でやるのではないのか」


「そうだな。普通は殺すし、罪の意識も感じない……けど、色々あってな。私は違うみたいだ」


 セリルの食器を握る手に力が籠ったのがわかった。

 セリルが何故ワタシに協力するのかハッキリとは知らない。

 だが、そのセリルの言葉は心から漏れ出た本音のように感じられた。


「今は、お前の保護者だ。それだけでいいだろ」


「そうか。答えたから許す……食って着替えたら出るぞ。適当な時間に戻るから心配するな」


「馬鹿言え、魔王相手に心配する奴なんていないよ」


 再びセリルはニヤリと笑った。


 〜〜〜〜〜〜


 王都へはいつも通り列車で行った。

 休みだからか人は少なく、制服を着ている者はほとんどいなかった。

 いつもより静かな車内が少し新鮮だった。


 王都に着くとすぐに向かったのは大通り。

 通学路でも通る道だが、1人で行ったのは初めてだ。

 普段は目を向けないレンガ造りの建物を眺めながら、歩みを進めていった。


「しまった」


 ふと、足を止めてワタシは気づく。


「どこだ……図書館」


 道が分からない。

 まるでどこに足を進めれば良いか分からないのだ。王都は広い。人間の歩くスピードで全体を回るには丸一日以上かかる。

 こんなことならセリルに場所を聞いておくんだった。


「おいコラ」


 薄い雑踏の中をまごついていると、背後から声がかけられた。それは昨日も聞いた声だった。


「貴様……確か、ん?誰だったか」


「忘れるな。俺だよ、ミヅキ」


 振り返ると、制服姿のミヅキ・レックウがいた。


「ミヅ、キ?ああ、お前か……ちょうどいい、図書館の場所を教えろ」


「開口一番にそれかよ。ったく、なんで王都にいんだよ。今日は学校休みだろ?」


「セイヴハートについて調べに来たのだ。協力しろ」


 言いながらミヅキの肩を小突いた。

 あの夜、色々聞いた結果ミヅキからセイヴハートの情報はほぼ得られなかった。

 分かったのは、関わりのある人物であろうとその全貌を知らないことだけだ。


「協力しなければ王都を滅ぼす」


「止めてくれ。お前だとシャレになんねぇよ」


「シャレではないからな。いいから協力しろ」


「それは良いけどよ……昨日言ったこと覚えてるよな?」


「ふん、魔王の記憶能力を舐めるな」


 こめかみの辺りを人差し指で軽く叩く。

 「昨日言ったこと」というのは学校で交わしたとある誓約のことである。

 セイヴハートと関わりのある人間と極力会わずに探ること、魔王であることを周りの人間に公表しないこと、王都で目立つマネをしないこと。

 この3つを守るという誓約であった。


「いいか?あんま王都で目立つなよ」


「分かっている……だが、お前らにとってセイヴハートに見つからないことはそんなに重要か?」


「身体はマリなんだから、もしかしたらあっちが連れ戻しに来る可能性もある。セイヴハートと言えど、魔王並みの力手に入れるなんて許されねぇよ」


「そういうものなのか……なに、本を読み漁りに行くだけだ。目立つようなマネはしない」


「いやー、その見た目ってだけで目立つんだよな。16歳のマリなんて誰も分からねぇだろうけどよ、やっぱなんつーか面影が」


「マリの美しさは幼いながらに国が傾くほどだったからな」


「いやそういう意味じゃなくて。せめて髪型はどーにかできねぇのか?生前と全く同じじゃねえか」


 そう言うとミヅキは前に立ち、ワタシの髪型を整え始めた。

 髪型に関してはどうしようもない。

 マリといえば、男と見まごう程の極、短髪である。

 それ以外の髪型は断じて認められない。


「っくそ。こんだけ短ぇと変えようが_______________」


「……委員長、そこで何をしてるんです?」


「あ、!?ケ、ケイナか。どうした?」


 ケイナ、その名にワタシの身体は強ばる。

 ケイナ・ビリッツァだ。丁寧な口調だが声からして間違いない。

 ミヅキはワタシを覆い隠すようにしながら、声の方に振り向いた。


「昼飯食ってくる、って言ってもう2時間経ってます。まさか、委員会の仕事ほっぽりだすつもりですか?」


「い、いやいや、そんなつもりはない。丁度戻るつもりだったさ。すぐに戻るから先に行っててくれ」


「まったく、まだやること残ってるんですからね……ん?誰ですか?その後ろの子」


「あ、ああ?誰、誰のことかな?ケイナ君」


 ミヅキの首からわずかに汗が浮かんでいる。

 2時間もサボるな。だからこんな状況になったのだ。


「誰って、後ろに誰かいますよね?ウチの制服着てるみたいですけど」


「あ、この子ね。いや今年入った1年生で、王都の街並みに慣れないみたいだから道案内をしてたんだよ」


「委員長はやるべき事が残ってるんです。道案内くらい私が代わりますよ」


「いやそれは、ちょっと……これは俺にしかできない仕事っていうか」


「? おいミヅキどうした。何を焦っている」


 ワタシは声を潜めてミヅキに言った。

 何やらワタシをケイナから隠したいらしい。

 確かに個人的にはケイナとは接触したくないが、それをミヅキが察せるわけがない。


「なんだ。ケイナと私を会わせたくない理由でもあるのか」


「……コイツ、マイン・セイヴハートから頼まれてんだよ」


「何、頼み?」


「マリ似の生徒を探すこと」


「?!……私のことか」


「マインもケイナもお利口ちゃんだからな。お前見つけたらお家に即報告するだろうよ」


「それはマズイな。どうする?どう切り抜ける」


「いやどうするっつったって……」


「何をコソコソ話してるんですか!」


 そうこうしている内にケイナは近づいてくる。

 ミヅキの顔がみるみる青ざめていく。


「あ、あああまずい。まずいぞこれは。魔王、なんか、瞬間移動の魔術を今瞬間的に使えたりしないか?」


「出来るか馬鹿!なんでもやれると思うな!」


「ああ、おまえ魔王だろうが!何でもしろよ!どうすりゃいいんだ!!」


「貴様こそなんとかしろ!五聖(グローリー)なのだろう_______________お?」


 突如、後ろに引き戻されるような力が働いた。

 ワタシはバランスが取れずにその場に倒れ込んでしまう。


 バ タ ン


 そこそこに大きく転倒し、地面に打ち付けられる。

 だが、その場にいたケイナも、ミヅキすらもそのワタシの様子に気づくことはなかった。


「なっ、ん??」


 見るとさっきまでワタシが立っていた場所に見知らぬ女子生徒がいた。


「もう、なんです!何を隠してるんですか!」


「ああ、ヤバい。おいこうなっ_______________誰だ君ィ!?」


「え、その、道案内をお願いしていた者ですけど」


 不可解な状況だ。まるでワタシが見えていないかのように彼らは話を進めている。


「え?あ_______________」


「何を隠す必要があるんです?普通の生徒じゃないですか」


「ああ、普通の、生徒だな」


「あの、貴女が道案内してくださるんですか?ありがとございます」


「ええ、喜んで……では、委員長は仕事の方お願いしますね」


「ああ、おう。了解」


 そう言うと見知らぬ生徒とケイナは歩いてどこかに行ってしまった。

 残ったのは呆然とするミヅキと倒れ込んだままのワタシ。


「……おい、聞こえているか」


「ん?うお!!そこにいたのか」


 ミヅキは今気づいたような素振りをした後、手を引いてワタシを起こした。


「今のはなんなのだ?ミヅキがやったのか?」


「いいや。あれは多分、ローナの仕業だな」


「ローナ?誰だ。味方か?」


五聖(グローリー)の「暗殺者の位(アサシン)」だよ。隠れ身とか変装するのが得意なやつなんだ。今のも多分、変装だな」


「なんだ協力者か。なんとかなるものだな」


「ま、まあ助かった。から良い、のか」


「どうした?」


「お前についてはまだ誰にも話してないんだよ。アイツが知ってるわけ……なんか察してくれた、のか?アイツなら独自で気づいて動いてたってのも有り得る、かな?う、ん……?」


「……それは、ヤバいのか?」


「んー、まあ大丈夫だな。ローナならいいだろ」


 ホッとミヅキは肩を撫で下ろした。

 ローナ、ローナ、ローナ、ローナ……。

 心の中で反覆する。どこかで、どこかで耳にしたことがある気がする。


「あ」


『ローナちゃんね!とっても仲良しなの!いっつも、ミヅキくんとローナちゃんと私で、一緒に遊んでるんだよ!』


 マリが言っていた。確か、彼女とマリは親友だった。


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