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その十四 五聖

 

「よく避けたな。わざわざ死んだ人間の皮かぶって王都に侵入してるんだ。ただ者じゃあない」


 身構えるワタシを見て男は薄く笑った。

 持っていた片刃の剣は不思議なことに刃が消え、柄だけになっていた。


「ただ者って……私、人間ですから」


「なーにすぐバレる嘘言ってんだ。魔族はよく嘘をつくから、テメェは100パー魔族で決定だな」


 男は大袈裟に肩をすくめて見せた。

 ここら一帯を破壊して逃げることは出来る。

 だが顔を見られている以上、そうすれば学校には戻って来れないだろう。

 穏便に、かつ柔和に手の内を見せず口封じをできないものか。


「ところで、自己紹介ナシだが俺が誰だか、分かってるか?え、分かってるよな?」


「自意識過剰な人には違いない、と」


「あー、なるほど知らないのか。魔族じゃ俺の事知らない奴はいないと思ってたんだが、そうでもないらしい」


 男は柄を私に向け、面倒くさそうに言う。


「ミヅキ・レックウだ。「五聖(グローリー)」って知ってるか?俺はそこの「戦士の位(ウォーリアー)」で……っておい、わかるか?」


五聖(グローリー)……?」


 ミヅキと名乗った男は言い終わると、頭を掻きながら上げていた武器を下げた。


「いや五聖(グローリー)も知らないってのは無いだろう。マリもその1人だったんだぞ?」


五聖(グローリー)」 「戦士の位(ウォーリアー)

 どの言葉もマリから聞いた覚えはない。まだ人間について調べるべきは多そうだ。

 ……いや、一つだけ聞き覚えのある言葉があった。


「ま、いいか。五聖(グローリー)については死んでからよーく学んでおくように」


 ミヅキは体勢を低くし、獲物を狙うように柄を構えた。

 対するワタシはその姿にムカつきを感じながら一歩近づいた。


「おい貴様。今、ミヅキと名乗ったな?ミヅキ・レックウと。それにマリを呼び捨てにしたな」


「あ?何だ急に変わりやがって……それが本性ってことか?」


「その名、今思い出した。聞いたことがあったのだ!マリに寄ってくる悪い虫の名だったよな!その名前!」


「な、は……急にどうしたお前」


 まだ幼かったマリを追想する。


『ミヅキくん、私の友達でね。すっごく強いの。よく2人で剣のお稽古するんだけど、私と同じくらい強いんだよ!』


 楽しそうに語っていたマリ。思い出すだけで、頭が沸き立った。


「私の前で、私以外のことで、マリにあんな顔をさせた!それも男だ!男だったのだ!」


「は、なんだ?どういうスイッチの入り方だ?!ま、まあいい、そっちがやる気の方ならコッチもやりやすいってもんだ」


「ミヅキ・レックウ、万死に値するぞ」


 穏便はやめだ。

 口封じなんて生温い。徹底的に叩きのめして屈服させるのが最善であるに違いない。

 だが、ミヅキはマリの友人ではあるはずだ。殺しはしない。

 だが、手を抜く気も無い。


「万死だ?勝手に言ってろ!!」


 ミヅキは一直線に走り出した。

 低い体勢で距離を詰めるその姿は弾丸の如く。


 近づいた、武器を振るった、などと判断する暇もない。

 その攻撃へと繋がる動作の全てが一瞬で行われたのだ。

 ワタシが感じられたのは、振るわれる刃の無い柄とほんのわずかな魔術の軌跡。

 そのわずかな情報の中、刃はワタシの肌に触れる。


「……?!」


 その刹那、息を飲んだのはミヅキだ。

 彼から放たれた渾身の一撃は、たった2本の指によって静止されていた。


「なるほど。手品レベルのしょうもない小細工か」


 ミヅキの振るった「刃の消える柄」の正体はそう複雑なものではなかった。

 柄が魔力を用いて振るわれる数瞬の間だけ刃を形成していただけだ。


「人間は随分回りくどいことをする。せいぜい刃渡りが測りにくい程度だろう。それで大きな差が埋まるわけではない」


「俺の魔導器を回りくどいだと……!一撃防いだ程度で調子に乗んなよ!!」


 刃が塵となり消えたと思うと、ミヅキは再び攻撃を開始した。

 素早い切り返しと目まぐるしいほどの連撃。

 技術も精度も威力もケイナ・ビリッツァの比ではない。

 それどころかワタシが封印される前に葬り続けた自称・勇者達にさえ、彼は届き得る。


 だがしかし、伊達にその勇者達を葬り続けてきたワタシではない。

 小さく拳に力を込め、刃を弾くように勢いよく振るった。


「は_______________なっ、素手で魔力刃を弾くだと!?」


「ふっ、ハハハ!」


「っ、くそ!何故届かない!何故当たらない!お前はこのスピードに反応出来てないはすだ!」


 斬撃の嵐を、魔力で包んだ手でただただ弾いた。

 塵となり宙を舞う魔力の結晶が花弁のように舞い散っていた。


 ミヅキの言う通り、この攻撃の全てを見切っているわけではない。

 数多の勇者を破ってきたワタシの直感で凌いでいるのだ。

 そこには絶対的な力も複雑な魔術も存在しない。


「存外大したことないな。そら、もっと踊ってみろ」


「くそ!!こうなったら俺の_______________」


 焦りと苛立ちから生まれる致命的な隙。

 いつも通りワタシはそこに付け入るだけだ。


「ご苦労、魔力の花弁はなかなかに楽しめた。だが、もう終いだ」


 風魔術を唱え、手をかざす。必要なのはそれだけ。


「なっ_______________」


 ワタシとミヅキの間に小さな光が生まれ、風魔術が発現した。

 発生した一陣の風は音を裂き、光を裂き、果てにはミヅキの身体を切り刻む。

 斬撃のような衝撃波がミヅキを鮮血と共に吹き飛ばした。


 ド ゴ ン


 白い壁に打ち付けられると、ミヅキは力なく項垂れた。

 人間は脆い。たった1つの魔術でこの有り様である。

 ワタシは首を鳴らしながらミヅキの方へとゆっくり近づいて行く。


「どうした、随分苦しそうだが。さっきの威勢はどこへいった?」


「ゴッ、ぼ。があぁぁぁあ!」


 近寄ると、ミヅキは口の中に血の泡を作りながらワタシ何か叫びだした。

 凄む余裕がある。つまり今度は上手く手加減できたということだ。

 動けなくなったミヅキを見下ろすと、頭に上っていた血がスっと引いた。


「さてと、喋れないんじゃ話が出来ないからな」


 口笛を吹きながら指先に魔力を込めた。

 先程の攻撃の魔術とは違う、治癒の魔術である。

 マリ以外に使うことは無いと思っていたがこんな所で役に立つとはな。


「安心しろ、治癒の魔術だ。貴様がマリの友人でなければ使わなかった。それどころかマリが存在していなければ、私はこの魔術を覚えてすらなかった」


「_______________っ!!ガほ、ごほっ!」


「だから感謝しろ。マリと私はお前の命の恩人だ」


「どう、いうつもりだ。魔族が俺を、助けるとは」


「言っただろう。貴様がマリの友人だと私が判断したからだ。まあ、もっとも」


 術は続けながら、治癒しきっていない腹に蹴りを入れる。

 ミヅキは赤黒い液体を吐いて悶えた。


「がっ、はあ、!!」


「命を狙ってきた貴様を何もせずに見逃す気ない。さあ、どうしたものか」


「俺がマリの友人だからだと?お前、一体_______________!」


「…?なんだ」


 ミヅキが突然笑ったと思うと演習室の壁がモザイク状に歪んだ。

 白く塗られていた壁はガラスのように透け、歪んだ壁の先を写し出す。

 現れたのは、この演習室をぐるりと囲む席の群れ。


「双方、動くな!……ミヅキ様?!これは一体!?」


「は、やっと来た。なあ魔族。悪いことは言わねえから手ぇ上げとけ」


 武装した人間が30人強、そこに現れた。

 どの人間も共通して同じ紋様が彫り込まれた鎧を着込んでいる。

 各々が武器をワタシに向けているのを見るに、ワタシの味方ではないのは明らかだ。


「降伏しろと?まさかコイツら全員が貴様より強いとでも言うのか」


「いーや全員雑魚だ。でもここで暴れるんならこの騒ぎは王都中に広がっちまうだろうよ」


「……言っておくが、コイツら全員殺そうと思えば殺せるぞ」


「分かった上で言ってるんだよ。どうもお前は騒ぎを大きくしたくないように見える」


「……」


 雑兵を見据えたまま、ワタシは考える。

 確かに今、この人数を相手にするとなれば穏便とはいかないだろう。

 見た感じ、コイツらは王都の警備をしている兵士と言ったところか。

 王都中を相手にできる自信はあるが、それはワタシの本意ではない。

 だがしかし、ここで大人しく捕まったところで良い結果になるとは思えない。


「やっぱ悩んでるみたいだな。どうだ魔族、ここは1つ取り引きをしないか」


「は?……まあいい、言ってみろ」


「俺が五聖(グローリー)という地位を利用してコイツらを説得する。お前は王都に来た目的を俺に話す。どうだ」


「バカか。貴様を殺しかけているこの状況をどう説得するというのだ。どうやっても怪しまれる」


「何かの手違いだ、とか。ちょっと激しめの演習だった、とかで誤魔化せば何とかなる。なぜなら?俺は五聖(グローリー)だからだ」


「それが通るとしても、貴様がその通りに応じると思えん」


「信じ切れないのなら殺せ……って出来ないんだっけか。まあ、そこは信用しろ。同じマリの友人の(よしみ)でさ」


「……そもそも、今こうして命を救ってやってるんだが」


「分かった事情は話さなくていい。治療の恩返しとしてコイツら説得してやるから。とりあえず信用しろよ」


「……はぁ」


 思わず漏れるため息と共に周りを見渡した。

 もはや、どういう手を取っても穏便に事は運ばない気がした。

 騒ぎが拡大し王都に近づけなくなるのなら、いっそセイヴハートの家ごと滅ぼして真相を確かめるのもアリだが……マリの望みを無視する形となってしまう。


 一か八か、このミヅキに賭けてみよう。

 どうも、ワタシは「マリ」と「友人」という言葉に弱いのかもしれない。


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