その百十六 突破
「_______________臨界!!」
告げると同時、身体中を魔力が巡った。
頭髪が、瞳が、青白く光っているのが分かる。
流れる血液全てが別のものに変わった感覚。
意図して「新人類」の域へと踏み入った瞬間であった。
迫る銀狼。
向けている瞳に、意識を集中させる。
魔力の充足による時間経過の遅延。
ワタシには超人的なミヅキの動きがコマ送り見えた。
「くたばれ!!」
風切音と共に凶刃が振り下ろされる。
「……実力行使だ。悪く思うな!」
ワタシは臆することなく迫る無数の刃を1つずつ受け止めた。
必殺の斬撃はワタシに達することなく、無惨にも砕けていく。
「?!のやろぉ!!雷傷、最大出力だ!!」
ミヅキの叫びに応えるように、鎧は唸りを立てて周囲の霧を吸収した。
その間は数秒も満たない。
駆動音と共にミヅキの右手から超高密度の魔力刃が生成された。
「数でダメなら、質だ!!」
「私にその程度の小手先が通用しないと、お前は知っているはずだ!」
バ リ ン
拳に触れ、砕け散る薄刃。
舞い散る青白い魔力片の中、止まったミヅキに向かってきつく拳を握る。
「_______________いい加減目を覚ませ、この捻くれ者が!!」
ボ ゴ ォ ! !
手加減抜きの一撃が白銀の鎧を穿ち抜いた。
「ご、おぁぁぁ、っ!!」
吹き飛んだ五体は金属片を撒き散らしながら壁にぶつかった。
虚の空いた鎧から、傷だらけの腹が覗く。
ワタシはフンと鼻を鳴らし、俯いたミヅキへと近づいていった。
「ふぅ……いつかと同じ状況になったな」
「いつだよ」
「初めてあった時だ。こうやって瀕死のお前を見下ろしていただろう?」
「……どうだか、覚えてねぇな」
不貞腐れた物言い嘆息しつつも、ミヅキのひび割れた兜を小突いた。
パカン、と小気味よい音で兜は真っ二つに割れた。
「……!魔王、お前、その姿」
「やはり私の姿が見えてなかったか……人間が、あのスピードの中で正確に見えるわけがない。大方、この紋章を頼りに動いていたのだろうな」
「……御明答だよ。コノヤロウ」
ミヅキは血だらけの顔で言った。
今すぐ死ぬような傷ではないが、あのまま戦い続けていればミヅキは死んでいただろう。
本当にこの男は命を削ってワタシを殺す気だったのだ。
「はぁ……嫌になるぜ。こんな化け物の相手ばっかで」
「そういう宿命なのだろう。お前は死ぬまで苦労し続けろ。まだ死ぬな」
「相変わらず訳わかんねぇやつだな。ったく、魔族なのか人間なのか……」
「一応人間だ。これは内包式を使っただけで、何も特殊なことはしていない」
「十分特殊だろーが」
ミヅキが諦めたようにクシャッと笑った。
もう交戦の意思は無いようだ。
ワタシは内包式「臨界」を解いた。
「この力は3人に1人使える可能性があるそうだ。もしかしたらミヅキも使えるかもしれんぞ」
「ああ、そう。じゃあ俺も挑戦してみよっかなー」
「もっとも、私ですらつい最近になって扱えるようになったのだがな」
「じゃあ無理だわ……」
コーサスから聞いた話では「臨界」を1度発動したものなら、感覚を掴めば自由に扱えるらしい。
出発前にワタシは1日かけて会得したのだ。
「……何見てんだよ。倒したんだからさっさと先行けよ」
口を尖らせるミヅキに指を近づけて魔術を唱えた。
かけたのはなんでもない、ただの回復魔術だ。
「……一つ貸しだ。だから、私に協力しろ」
「馬鹿言え。王に刃は向けられん」
「違う。来る日……進化の方舟と相対する時に、だ。そこでならマリも救えるのだ」
「どうだかな。暇だったら手を貸してやらんでもない」
「そうか……言っておくが、ローナの死はお前の責任ではないからな」
「ばーか。んなの俺だって元から分かってんだよ」
薄く笑みながらミヅキは悪態をついた。
だが、すぐさま何かを思い出すとその顔は深く俯いた。
「でもな……馬鹿な野郎はちょっと前まで、本気で全員守れる気でいたんだ。その結果がこれだよ」
「今からでも遅くない。目につくもの皆を守ってみろ。まだお前は16年しか生きてないだろ」
ワタシは治癒し切ったミヅキの体を確認すると、立ち上がった。
「現実ばかり見るな。たまには理想にも目を向けろ」
「……そりゃ、俺にはキツい忠告だな」
彼には辛い現実だと分かった上で言った。
ミヅキにはそれが必要だったからだ。
ワタシは踵を返すと目の前の城に向かって走り出した。
やるべきことはまだ残っている。
〜〜〜〜〜〜
「あー、つら……王。すいません突破されました」
霧の立ち込める街の中、壁にもたれた騎士が小さく告げた。
目の前には誰もいない。
だが、応える声はすぐに返ってきた。
『そのようだね。まあ気にしないでくれたまえ。君には元より何も期待していない』
「でしょうね。貴方はそういう御方だ」
ミヅキは苦笑した。
伝播する声には何の感情も宿っていなかった。
怒るわけでも呆れるわけでもなく、当然のように告げるだけである。
『三国の守護者を全て魔王に回す。ここの守りさえ固めていれば、他の地点は突破されても問題ないだろう』
「まあ、アイツらがいれば大概は何とかなりますから」
『そういう事だ』
「王……貴方は何故、魔族が人間から生まれたのだと知っていたのですか?」
『……知りたいかね』
「ええ、心底知りたいですね」
「フフフ、教えなーい_______________」
通信はノイズと共に消え失せた。
「……はぁ」




