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その百十二 氷解

 

 眩む視界。

 体中からスルスルと何かが抜けていくような感覚。

 だが、不思議と苦しくはなかった。


「ぁ……気に、するな……」


「なんだ、いきなり倒れ込んでおいて……本当に何もないんだな?」


「あぁ……2人で、逃げるんだろ……お前を、一人にはしない」


「当たり前だ!とりあえず出口から出るぞ!いいな!」


「……?」


 目の前の人影が俺の手を掴んだ。

 霞んだ視界では、それが誰なのか分からない。

 まともに聞こえるのはその声だけだった。


「飛ぶぞ!まずはここを離れるんだ!」


「離、れる……タリム、なんだよな」


「ボケている暇か!いいから私についてこい!」


「……ああ、ああ!」


 その影を頼りに、背中の翼を羽ばたかせた。

 力強い語気に確信したのだ。

 この声が、この影こそが俺の_______________


 ~~~~~~


 御三家たるものなら、常に魔族を先導する存在であれ。


 幼かった俺はその教えを守ろうとしていた。

 御三家とは、数少ない魔王の側近の血族。

 魔王が封印された今でこそ、御三家が魔族達をまとめるべきであったのだ。


「お父様、何で僕たちは人間と戦わなければいけないのですか」


「戦わなければ人間に殺されるからだ」


「人間は、何で僕たちを殺すんですか?」


「……私たちが魔族だからだ」


 僕たちが魔族じゃなかったら、と言ったらお父様にぶたれた。

 みんな魔族なら、みんな人間だったら、こんなことにならなかったのに。

 戦うのが苦手だった幼い俺は先導者には向いていなかったが、一人息子だった俺に逃げ場などなかった。

 来る日も来る日も来る戦いの日々の中、何も考えないように動いていた。


「死ねぇ!魔族!」


「ウェルス、危ない!」


「_______________あ!!」


 ある日の人間との戦火の中、父は俺をかばって倒れた。

 優柔不断で、人間との戦いに疑問を持っていた俺の招いたミス。

 そしてその死は先導者たる父を頼りにしていた魔族達にとって大きな痛手であった。


「この役立たずが!」

「お前があの方の息子でなければ、今頃殺していたぞ!」

「貴様のような者が戦場に出てくるな!」


 戦いの中では優しき者が疎く、冷たき者が頼りとされる。

 才能を持っていながら動けない俺を魔族達は強く非難した。

 当然の批判、俺は自分を責めた。


 リーロと父の死を前にしながら、人間達を恨み切れていない自分に心底嫌気が差した。


「ウェルスは優しすぎるんだ。そのくせに自分に厳し過ぎる」


「何言ってるんだ……やるべきことがやれていない奴が、自分に厳しいわけがない」


「ほら私の言った通りだ」


 戦線を離脱させられ、部屋に閉じこもっていた所に親友であったタリムが来た。

 その時、誰にも必要にされなくなったと感じていた俺は酷く落ち込んでいた。


「皆魔族の存亡をかけて必死に戦っている。俺はそんな皆を導かねばならないのに……」


「ウェルスには無理だろ。他の命を背負うなんてさ」


「俺には、無理か……そうか……」


「落ち込ませるつもりで言ったんじゃないんだが……なあ、ウェルスは何を思って戦っているんだ」


「何を思って、か……」


「そういう私はリーロの無念を晴らすつもりで戦っているんだが」


「……この人にも大事な人が、とか。戦う理由があるんだろうな、って」


「う、む?なんだそれ、全然理解できないぞ。戦ってる時だぞ?」


 リーロの死からタリムは人間を酷く恨んでいた。

 タリムの思想は共感や同情をしようとする俺の考えとは遠くかけ離れているはず。

 だが、そんな俺をタリムは何も咎めなかった。


「……よし、分かった」


「何が、分かったんだ」


「私がウェルスの分まで人間を恨もう!」


「?どういうことだ」


「そのままの意味だ」


 ふざけたような考えに顔を(しか)めたが、タリムの真剣な表情から冗談ではないのだと分かった。

 それはタリムが自分なりに考えた解決法だった。


「ウェルスが感じられない感情を、私が請け負っているということにしよう!」


「ということにしよう……?」


「恨みとか、罪悪感とか、ウェルスの嫌だと思う感情は全部私のせいにしてくれ!」


「全部タリムのせいに……?何か、悪いな」


「だから、ウェルスは何も気にせず戦ってくれ!これなら絶対に上手くいくはずだ」


「でも、それだとタリムが辛くなるかもしれない」


「ああー、もう、いいんだよそういうのは。心構えの問題なんだから」


「俺が勝手に悩んでるだけなのに、タリムだけが負担するなんておかしい」


「うーん、じゃあ……ウェルスは私を監視してくれ。私が感情無いフリをしてたら、注意してくれ」


「……??なんだそれ」


「だ、か、ら、今のウェルスみたいに死んだ目で生きてたら目を覚まさせてくれってことだよ。分かるだろ?な?」


「……ふふ。いいよ、なんとなく分かった」


「……ホントだろうな?」


「本当だよ。何年お前の隣りにいると思ってる」


 ただ自分の思うことだけを信じて突き進むその気組みは優柔不断な俺とは全くの真逆だった。

 自分が正しいのだと思い続けることは俺には出来ないことだった。

 だからこそ、その姿が眩しく見えた。

 ずっと、その姿に惹かれていたのだ。


 あれからずっと、俺は君を見続けている。

 その思いに曇りが無いように。

 自分の思うことに、疑問を持たないように。


 人間の日常に触れた君は、その恨みを疑った。

 進化の方舟に入った君は、己の理念を疑った。

 死んだはずのリーロに気づいた君は、理の理不尽さを疑った。


 俺はその疑問を、君の妨げとなるものを祓おうとし続けた。


 ~~~~~~


 ある地点へと二つの翼が舞い降りた。

 高くそびえる城の下、木々が生い茂る中に炎の翼と氷の翼がゆっくりと降下した。


「よし逃げ切ったな_______________おいウェルス!脱出のためのポータルとやらは」


 タリムは炎の翼をたたみながら、振り向いた。

 その目に映ったのは、砕け散る氷の翼と崩れる親友の姿だった。


「_______________は」


 その倒れる身が地に着く前に、タリムは受け止めた。

 抱きとめた親友の体は、かつてないほど冷たかった。


「悪い冗談は止せ。眠いなら、帰ってからにしろ!おい!」


 どんなに呼びかけても、どんなに揺すっても返事は返ってこない。

 力なくタリムにもたれかかるだけだ。


「違う、嘘だ!だって、2人で逃げるって……さっきまで……!」


 タリムの瞳から大粒の涙が零れた。

 落ちる雫は身に纏う炎の熱で上空へと帰っていく。

 ウェルスの身に纏った氷も同じように、空のどこかへと消えていくのみであった。


「そんな、ことって!うぁ……!!」


 不意にタリムを襲う身を焼くような感覚。

 身に秘めた魔力が膨大し続け、とうとうその器を破ろうとしている瞬間であった。


「見つけた!見つけたぞ!ここだ!」

「動けていない。片方は死んでいるぞ!今がチャンスだ!」

「リーロ様に報告しておけ!処理はこちらでやっておく!」

「どこかに逃走用のポータルがあるはずだ!探せ!」


「ぅ、あ……く、そ」


 追手の追跡に気づくもタリムは思うように体が動かないでいた。

 ウェルスの亡骸を抱きとめることすら敵わなくなり、小さくその場に(うずくま)った。

 寄りかかり冷たくなっていく体に反比例するように、魔力の熱は増していく。


「ん?どうした、万事休すだぞ裏切者がぁ!」


「違う……納得、できるか」


 近寄り、容赦なく振り下ろされる凶器をタリムは身を(よじ)りながらに回避する。

 生にしがみつこうと逃げるその姿には御三家の雄姿(ゆうし)はないようだった。


「往生際が悪いな。あそこの魔族を見習ったらどうだ元幹部様」


「……ウェルスは、諦めて死んだわけじゃ、ない。最後まで生きようとしていた!分かったように言うなよ、下っ端が」


「はっ!いつまでそんなことが言ってられるかな、っとぉ!」


 動かないウェルスの身体を無慈悲な刃が貫いた。

 死んだ魔族の身にかける想いすらない。

 旧魔王軍の持っていた矜持など、この者達には欠片も無かった。


「ふざ、けるな……お前らのような輩が、魔族を名乗っていいわけがない……!」


「はあ?何言ってんだお前、俺ら全員魔族だぜ?そんなに早く死にてぇならよ、早く言ってくれよ。コイツみたいにしてやるからさあ!」


「……!!」


 乱暴に持ち上げられた遺体。

 その時に初めて見えるウェルスの死に顔。

 瞳に光の宿っていない。

 しかし、その表情はどこか安らかなものだった。

 なんの悔いも持たないような顔だった。


「ウェルス……!お前が繋ごうとしてくれたこの命が、ここで消えていいはずがあるか?」


「死ぬだろが。どう考えても瀕死の状態で抜けれる包囲網じゃねぇ」


 宙すらも覆う魔族の追手。

 幹部であった魔族を仕留めるに十分な戦力であった。


「_______________おい待て」


 その空へと目掛けて炎が豪と舞い上がる。

 友の消えいく意志を薪に、火の手は意思を持たず悦楽に殺しをする魔族へと。


「違うだろ_______________まだ消えない。私が、消させない」


 親友の死を前にした悲しみ、その負の感情は彼女を「新人類」へと覚醒させるには十分すぎた。


「私たちが、ここで消えるわけがないっ!!」


 その瞬間こそが不死鳥を冠するレッドゲイルの目覚めた時であった。


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