その百十一 兆し
ウェルスとタリムは支え合いながら城内を歩いた。
血だらけの女と打ち傷だらけの男。
周りの魔族はその光景を遠巻きに眺めていながら、触れようとはしなかった。
「……ふっ。タリム、お前周りから随分ビビられてるじゃないか」
「これでも幹部だからな……でも、何故誰も助けに入らないんだろうな」
「厄介事に巻き込まれたくないんだろ。俺には分かる」
「厄介事に首突っ込んでるお前が言うか」
「それは……そうだな確かに。気づかなかったよ」
2人は顔を合わせ、不意に吹き出した。
満身創痍に見える2人だが、足を引きずりながらも進む姿はどこか楽しそうに見えた。
「……ウェルス。ちょっとだけ正直に話すけど、いいか?」
「……ああ、言ってくれ」
「実は人間としての生活が少しだけ楽しかった……マリ様とかと、あの中で過ごしたのが」
「知ってた。あの時のお前はイキイキしてたよ」
「昔は、人間っていうのは、魔族を殺すために生きてるような生物だって思ってた……けど、本当は違ったんだ」
タリムはしみじみと、思い出すように言った。
その胸懐にあったのは王都での光景。
マリやある人間と過ごした日々の情景である。
「人間だって一枚岩じゃない、って……知った時は混乱したけど、今はちゃんと割り切れてるよ」
派閥があれば争いが生まれる。
争いが起これば、憎しみが生まれる。
あのリーロも言っていたことだ。
当たり前だからこそ、受け入れなければいけなかった。
「きっとリーロの仇討ちに目が曇っていたんだ……やはり1度ここから離れてから、それから私はどうするか考えるよ」
「……父上達と対峙するかもしれないぞ」
「大丈夫だろう。人間側につくわけではないし……ここに居るよりは良いはずだ」
進化の方舟と共に加勢した魔族達は、旧魔族軍の持つ思想とは遠くかけ離れた集団であった。
旧魔王軍の目的が生存なら、進化の方舟は蹂躙。
それはタリムがかつてイメージしていた「悪しき人間」そのものと同じであったのだ。
「お父様達には悪いけど……私なりの答えを見つけてから、帰ろうと思う」
「ふ……いいんじゃないか?あのおじ様なら、許してくれる」
「出られたらまず、マリ様に謝るか……会ったら、まず殺されるかもしれないな」
「それで済むなら、お前にとっては安いものだろ」
先に待つ苦しみに嘆息しながらも、2人は順調に歩みを進めていった。
もうすぐそこまで出口は見えていた。
「よおレッドゲイルの。随分と辛そうじゃねぇか」
「……そこをどいてもらえるか」
出口直前に立ち塞がったのは進化の方舟幹部カヅチ・レックウ。
人間でありながら魔族の側につき、どんな状況であろうと戦いを望む戦闘狂だ。
己の意志で、それも イタズラに命を奪う分そこらの魔族よりもタチが悪い。
「退く、ね。いいぜ。ただしその横のヤツは置いていきな」
「……この者は私の部下だ。コイツがいなければ、私の世話をする者がいなくなる」
「ウェルス・ブルーファング。御三家の坊ちゃんだろ?知ってるぜ、強い奴のことはすぐに覚えられるんだ」
カヅチは自慢げに口角を上げた。
だが、顔の瞳は微塵も笑ってはいない。
獲物を狙う獣のように2人の姿を映すのみである。
「ちなみに強いかどうかの判断は、オレの目利きによって行っている」
「そんなことに興味は無い」
「そりゃすまねぇな……悪ぃけど裏切り者は殺せって命令されてんだ」
「っ……タリム、少し下がっていろ!!」
凍てつく一刺し。
ウェルスの手元に現れた氷の短剣が、カヅチの喉元に食らいつく。
その動作は、周りから見れば何の変化も無いように見えるほど些細で洗練されていた。
パ キ リ
短剣切っ先から氷が広がる。
当たってようが、防いでいようが、触れていれば超低温の波が対象を蝕むのだ。
「俺達は急いでるんだ。悪いが凍っていてくれ」
「かぁ、は……はっははは!」
「_______________!?」
「痛てぇし冷めてぇ……こりゃ強ぇわ」
氷は今まさにカヅチの自由を奪っている。
にも関わらずカヅチは動き、嬉しそうに笑った。
超低温下で人間の体などまともに動くはずがなかった。
「いいぜウェルス、お前は間違いねぇヤツだ!」
カヅチは嬉々とした表情で刀を抜いた。
「さあ、一戦交えようぜ!」
「こいつ……タリムは先に行っていろ!ここは俺が!」
「そんなこと出来るわけが……!!」
「へぇいウェルスゥゥ!他人気にしてる場合かぁ?行くぞおらぁ!!」
心配する暇すら与えない。
タリムが気づいた時にはもう、ウェルスの腕には刀が刺さっていた。
「はっははぁ!いい反応だ!やっぱ燃えるな戦いってのはぁ!!」
「俺のことはどうでもいいから!タリム、いいから早く!」
「_______________ウェルス」
目の前に広がる鉄と氷の死闘。
交わる剣戟の中、傷と苦悶に歪んでいくウェルスを目前にタリムの足は止まっていた。
予見していた通り、裏切り者であるウェルスがここに来て無事で済むわけがなかった。
「くぅ、あああ!!」
「そらそらどうしたぁ?!テメェの覚悟はその程度かよぉ!!」
ウェルスが死ぬ。
そのマイナスのイメージがタリムの膨れ上がっている魔力をわずかながら安定させた。
「っ、私の友に……手を出すなぁっ!!」
とてつもない魔力量から練り出された魔術が、一帯に放たれる_______________!!
「な、うおわぁ!!」
熱波と共にカヅチの身体は弾け飛んだ。
生み出された炎の波は的確にカヅチだけを穿ち抜いたのだった。
「はぁ……はぁ……!!」
「っ、タリム!あまり無茶をするな_______________」
パ シ ン
抱き抱えようと駆け寄るウェルスに、切れのある平手打ちが命中した。
突然の出来事にウェルスは呆けた表情をとるしかなかった。
「あ……え、タリム?」
「自分がどうでもいいとか、二度と言うな」
タリムの赤い瞳がウェルスを見つめた。
キッと鋭く睨みを利かせた瞳には涙がにじんでいる。
その表情を見てウェルスは自分の言動を恥じた。
誰よりも付き合いの長い自分を、仲間思いの彼女が置いていけるはずがなかったのだ、と。
だが、彼女の珍しい表情を見れて少しだけ嬉しい。
敵地でありながら呑気に思った。
「いつまでもボーッとするな……さっさと行くぞ」
走り出そうと、2人が動いたその刹那。
「……そうだな。すまな_______________」
一筋の黄色い閃光が、ウェルスの背中を貫いた。
「キヒッ……」




