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その百十 暴露

 

 ウェルスは傷に埋め尽くされたタリムの肌を見て驚愕した。

 彼女の性質上、怪我など見ることがなかった故、その光景から受けたショックは大きかった。


「その身体……!まさか」


「魔王様から魔力を授かった。私にはまだ、負の感情が足りないらしい」


 そう言うとタリムは自虐めいた笑みを浮かべた。

 暗闇の中、目を凝らすとベッドまでも血だらけなのが分かる。

 今もなお増え続ける傷と滲んだ血の量が、時間の経過を表していた。


「でも、これを耐えれば私だって」


「何故そうまでして力を求めるんだ!」


「……ウェルスには、関係ないだろ」


 タリムは申し訳なさそうに、目を伏せた。

 生気の無い目と包帯だらけの身体が死をよけいに連想させる。


「ダメだ。やっぱりタリムはここにいちゃダメなんだよ」


「ここに居るのは私自身の意思だ!いつまでも私を知ったふうに言うな!」


「知ってるから言ってるんだ!何年お前の隣りにいたと思ってる!」


「黙れ!お前との時間が私の全てじゃない!」


 タリムは叫び、掴みかかる腕を振りほどいた。

 腕から飛んだ数滴の血が壁に赤い斑点を作る。

 その滴る腕にウェルスは顔を(しか)めた。


「馬鹿なマネは止せ。今ならまだ間に合う」


「離せ。この場所こそが私のいるべき場所だ!」


「そうやって傷ついているのは戒めのつもりなんだろ?人間として生きた時に少しでも幸せを感じてしまった、自分への」


「……分かった風に言うな」


「本当の自分が人間だったら。そう少しでも思ったから、わざと自分を苦しめてるんだ」


「やめろと言っている!」


「いいんだタリム。好きに生きたとしても、それを(とが)める権利は誰にもない」


「違う!私は_______________」


 ヂ リ ッ


 一瞬の閃光が、部屋を駆けた。


「フフ、何してるの?2人とも」


 指を鳴らす音と共に、部屋の照明はパッと灯る。


「2人揃ってるならさ、私も入れてくれないと寂しいな」


 明るくなった部屋の中。

 見ると、いつの間にか2人の間に魔族がいた。

 真っ白の頭髪に小さな背丈、頭の黄色いリボンには妙な懐かしさ覚える。


「ねぇねぇ、思い出話でもしてた?なら私もまーぜて♪」


「リーロ……!」


「ねぇ……ダメだよウェルス。タリムは進化の真っ最中なんだから、邪魔しちゃうなんて意地悪だよ」


「進化だと?お前もこうなるとは予想してたはずだ。タリムを止めようと思わなかったのか」


「止める?なんでよ」


「タリムが死ぬかもしれないんだぞ!」


「知ってるよ。でもさあ、そんときはそんときじゃん」


「っ、ふざけるな!親友の命なんだぞ?!」


「人間への憎しみが足りないのが悪いでしょ。普通は憎めるはずでしょ。出来ないなら魔族失格じゃない?」


 ね?とリーロは小首を傾げた。

 姿形は死んだ時のまま、幼い少女の姿。だが、その中身は全くの別物だ。


「ほらタリム、思い出して。私が死んだ時のこと。憎かったでしょ?恨めしかったでしょ?」


「……あの時の、っ!あぁ!う、あ!」


「そうそう!その調子その調子!」


 友の苦しみも、死の危険すらも(いと)わない。

 人間が苦しむ様を見るために生きているかのようだ。

 目の前の存在は、過去に見たリーロ・イエロークローとは程遠い存在であった。


「……今、分かった」


「んー?何がー?」


「貴様は、リーロじゃない」


「……は?」


「貴様はジン・セイヴハートが作った、リーロを模した魔族だったんだ」


「_______________なんでそんなこというの?」


 リーロの首が不自然に曲がった。

 体はそのまま、ウェルスを見るためだけに首が方向を変えたのだ。


「私はリーロだよ。2人の親友の……イエロークロー家の令嬢」


「違う。本物のリーロはとっくの昔に死んでる」


「違う違うってばぁ!魔王様に生き返してもらったの!私がリーロ・イエロークローだよ!」


「元より戦いを好む性格じゃなかった。リーロは人間を恨みこそしても、滅ぼそうなんて考えるやつじゃなかった」


「……ふふっ、何それ?間違ってるのはウェルスだよ。私たち魔族は元から人間を憎む生き物でしょ?」


 リーロが口に手を当てて笑うと、部屋の照明が全て消えた。

 再び、部屋は暗黒へと落ちる。


「戦って、失って、負の感情を量産する。死の数が増えれば、怨みも増えるんだよ」


 暗闇の中、リーロは爛々と瞳を輝かせながら近づいてくる。

 見えにくい手元で金色の雷が瞬いていた。


「そうして世界を憎しみに満たせば、私たちは次の段階に進めるの。世界の進化には魔族が必要……ねぇ分かるでしょ?」


「やはりそうだ……ここも、貴様も、とっくに腐りきってたんだ」


「私達のウェルスはそんなこと言わない……貴方こそ偽物だったのね。でなきゃ進化の方舟(わたしたち)を裏切ったりしないもの」


「_______________!!」


 ビ シ ュ ン


 閃光と共に、鋭利な一突きがウェルス目掛けて飛んだ。

 直撃した衝撃は魔族1人の体など軽々と吹き飛ばす。


「っか、はぁ!」


 壁に打ち付けられる衝撃にウェルスは掠れた息を吐く。

 初撃の予測はしていた。

 それでも反応出来なかった。


「!!ウェ、ルス」


「ねえ偽物さぁん、痛い?泣いて謝ったら手加減してあげるよ?」


「は……誰が、偽物ごときに」


「ばーか」


 瞬き、接近。

 ウェルスの情報はそこまで。

 気づいた時には、リーロの足先が顔面に達していたからだ。


 ド ゴォ


「_______________が、ぁ」


「あは!ざーこ。ざこざーこ!そん!なん!でっ!私に逆らわないでよね、偽物さぁん!!」


 目にも留まらぬ蹴撃の嵐がウェルスを襲った。


 生体電流の調整により生み出される筋肉の強化。

 そこから放たれる神速の連撃。

 緻密な魔術こそが、イエロークローを御三家たらしめている能力であった。


「_______________あは、たまんなぁい♡」


「ぁ、はあ、は、ごっほ……」


「リーロ、やめてくれ!ウェルスは敵じゃないだろ!」


「ターリム、ちょっと黙っててよ。今いい所なんだ、か、ら……んふ♡」


 傷だらけのウェルスを見て、リーロは恍惚の表情を浮かべた。

 返り血を浴びながら歪む、幼い顔。

 ウェルスにはやはりそれが異様な光景に見えた。


「ねぇ?助けて欲しい?許して欲しい?」


「……ああ」


「じゃあリーロちゃん可愛いって、リーロちゃん最高って、言って?土下座して、媚びるように言って?」


「リーロち_______________」


「っ、先に土下座しろよお!!」


 貫くような蹴りがウェルスの腿を射抜く。

 瞬間光った雷撃が、暗がりすらも照らした。

 焼くような鈍痛に苦しむ姿にリーロは再びうっとりとする。


「ぁ、はぁ、は……ぁ」


 言われた通りにウェルスは膝を折り、息も絶え絶えに頭を垂れる。

 苦しげな息遣いが響く度、リーロはその身を悦びに震わせた。


「リーロ、ちゃん、可愛い、リーロちゃん、最、高」


「ぁ、はぁぁ……♡そう、凄いでしょリーロちゃんは♡もっと、私の足下まで来て!もっと苦しそうに、惨めにぃ♡」


「リーロ、ちゃん……最高、リーロ、ちゃん可愛い」


 頭を地に擦りながらリーロの足元へと這いよった。

 足に触れるか触れないかくらいの距離でウェルスは絞り出すように繰り返す。


「リーロ、ちゃん……可愛い、リーロ、ちゃん……」


「さあ……もっと、もっと聞かせてぇ♡」


「リーロ_______________貴様、馬鹿だろ?」


「え_______________」


 ウェルスの腕がリーロの脛に触れると、絶対零度の凍結が一瞬で駆け上がった。


「……くっ、は、はは!難儀な性癖をしてるな!貴様は、やはりリーロではない」


 ウェルスは首から下を氷漬けにされた魔族を嘲笑いながら立ち上がった。


「っ!テメェ!この氷解け!おいゴラァ!待てって!!お前、今すぐぶっ殺してやるからぁ!!」


「下品な言葉遣いだ。御三家のフリをしたいなら、もっと丁寧にやることだな」


「〜〜!!殺す!殺す!殺す!」


 ウェルスは後ろからの怒号を無視しながら、覚束(おぼつか)無い足取りで歩いた。


「タリム、肩を貸してくれ。1人じゃ歩けない」


「どこに行くつもりだ」


「ここから抜け出すに決まってる。見つかる前に、ほら」


「……無理だよ。もうどうしたって私は死ぬ」


「まだ分からないぞ。こっちには、その手のに詳しい奴がいるんだ」


「私は……」


「いいから来い。騒ぎに他の魔族が集まってくる……少しでも、俺を死なせたくないなら手伝ってくれよ」


 不安げなタリムに、ウェルスは力なく笑うだけだった。


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