その百九 試練
時は数日前に遡る。
それはマリ達が「影の骨」の本拠地へ発つ前の出来事。
コーサスがウェルスに向けて、全ての真実を話した時であった。
「ジン・セイヴハートが魔族を……それは、随分と突飛な話ですね」
「貴方にとってはそうかもしれません。ですが、そうだと思えば少しは辻褄が合うでしょう」
「はい……でも、全ての生物を新人類とやらにするのは、そこまで簡単なことなのですか?」
「ジンによる魔力の授与。ほとんどはそれで目覚めますな」
「魔力の、授与」
「はい。力に適せなければ、死にますがね」
その時のウェルスの頭に過ぎったのは、進化の方舟が誕生した時の出来事。
魔王から魔力を与えられたという魔族が、爆散した光景である。
そして、次いで思ったのはタリムの行方。
幹部となった彼女は、確かある儀式をしようと……。
「……その魔力の授与を俺がしたとして、生き残る見込みはありますか?」
「適応には強い負の感情が必要、と言われています。今の貴方には不可能でしょうな」
「強い、負の感情……そんな曖昧なもので命を左右するんですか」
「すいません。ワシにもまだ分からないことが……」
「っ……コーサス殿、あのポータルはまだ使えますか?」
「ポータル?ええ、使えますが」
「今すぐ使わせてください!お願いします!」
ウェルスは必死の形相で頼み込んだ。
頭にあったのはタリムの生死のみ。
彼女が力を求め、ジンの魔力を授かったとすれば生き残れるだろうか?
否、今の彼女には強い負の感情はない。
マリと会った時の彼女が全てを物語っていた。
「何故今になって」
「助けなきゃいけない人がいるんです!死なせたくない人がいるんですよ!」
「何を……!貴様が動けば、それを憂いたマリ嬢までもが本拠地へと赴く!それがどういうことが分かっておるのか!」
「分かって、います!マリ様が貴方にとって重要な人材なのは!」
「ならば弁えよ!その魔族1人の命とその他大勢の命運、どちらが大事だ!」
「それは……!」
ウェルスは言い淀んだ。
その問いにハッキリした答えは出せない。
だが、なりふり構っている場合ではなかった。
今の彼に選べる手段はない。
「なら、俺一人で_______________」
ガ タ リ
「何を……話してるんだ?」
物音と共に、2人は後ろを向いた。
そこには訝しむセリルの姿があった。
〜〜〜〜〜〜
黒の渦を抜けると、目的の地である山の中へと出た。
空が表すのは、今が深夜であること。
だが、魔族には朝だの昼だの時間の概念は無かった。
_______________セリル殿、マリ様達には黙ってくれただろうか。
自分勝手なワガママに付き合わせては悪い。
あの場にいる誰もが、タリムを救いたいとは思っていないだろうから。
昔からそうだった。
人間も魔族も関係ない。
皆幸せならそれでいいじゃないか。
目に映る光景だけで幸せならそれでいい、なんてずっと考えていた。
「……タリム、無事だろうか」
そんなんじゃ人間から皆を守れないぞ、と昔にタリムとリーロから怒られたっけか。
そんなどうでもいい追憶を後に、ウェルスは先を急いだ。
不可視の結界を抜けると、城には難なく入れた。
ウェルスの裏切りに気づいているのは極小数。
恐らく知っているのは「進化の方舟」の幹部だけだ。
普通の魔族なら、ウェルスの名前すら知らないだろう。
「この前の人間、女子供ばっかりだったらしいぜ!」
「知ってるよ。もうあとちょっとって所まで追い詰めれてたらしいな」
「マジィ?あー殺してぇ!犯してやればよかったのにな」
「捕まえたらぜってぇ奴隷とかにするのによー」
城内にウェルスを怪しむ魔族はいない。
見知らぬ魔族達が通り過ぎる廊下を何食わぬ顔で進んだ。
流れてくるのは、世間とはどこか倫理観がズレている会話ばかりだった。
今思えば、突然現れたこの魔族達はジン・セイヴハートによって造られた急ごしらえの存在なのかもしれない。
数だけの捨て駒。恐らくジンの計画通りに事が起これば、ここにいる魔族すらほとんどが死に絶える。
「……いかんな」
同情する暇など自分には、と喝を入れる。
自分とて今ここで殺されてもおかしくないのだ。
周りと目を合わさないよう、目指すべき部屋へと急いだ。
キィ……
そうして部屋へと着き、ドアを開けた。
入ったのは、幹部タリム・レッドゲイルの一室。
幹部になれば個別に部屋を用意されるそうだが、この部屋は旧魔王軍の時からタリムが使っていた場所だ。
「……タリム?」
部屋には灯りの1つも点っていなかった。
一面に広がるのはただの暗黒。
だが、ウェルスはそこにある魔力を感じ取れていた。
「_______________ぅ、あ」
「タリム、いるんだろ」
ベッドで蹲るその存在に声を掛ける。
「何で暗いままなんだ。明かりをつけた方がいい」
「ウェ……ル、ス?そこに、居るのか」
死んでいない。生きている。
その事実にウェルスは安堵しながらも近づいた。
「ウェルス。お前は、裏切ったんだよな。進化の方舟を」
「ああ……裏切った。お前も薄々勘づいているだろ?この組織は信じるに値しな」
「裏切った、裏切った裏切った裏切った裏切った裏切った裏切った、よくも裏切ったなあぁ!!」
「どうした、しっかりしろ!」
「憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、お前が憎い!!」
「う、ぁ!」
タリムは呪詛を吐きながら、ウェルスに掴みかかった。
立ち上がると共に舞い上がった風には、微かな血の匂いが混ざっていた。
「憎い憎い憎_______________!!」
「タリム……?」
「っ……ダメだ。お前を憎むことなんて、できない」
やがてタリムの手が離れると、ウェルスの目にはその全貌が映った。
破れた衣服、赤く滲んだ包帯、真っ白な肌。
そこに居たのは変わり果てた傷だらけのタリムであった。




