その百八 秘密
「あっ、姉さん!おかえりなさい!」
ナーダとの交渉を終えて戻ると、席で何かを頬張り合っている4人の姿があった。
その内のケイナとレイミは何やら意気消沈している。
「どうでした?うまくいきましたか?」
「あぁ、何とかなった……2人はどうしたんだ?」
「姫が有り金全部スりました。私のも含めて」
「それだとアタシだけが悪いみたいよ。そもそもアンタが賭博しようって誘ったのが発端でしょうが!」
「違います!姫のあのミスが招いた結果ですから!」
「何だお前ら……バカなのか?」
互いを指さし合う2人の様子は、見るに堪えない有様であった。
セリルを除くと最年長たる2人がこの体たらくでは、他の2人にまるで示しがつかない。
「マイン。いいか、この2人のようにはなるなよ」
「え?あ、はい」
「クルちゃん先輩も」
「あー、ボクは大丈夫ですよ。流石にこの2人ほど愚かじゃありません」
クルは鶏肉を食べながら、嘲笑するように笑った。
その様子に、ケイナは思わず青筋を立てた。
「っ、はあ?じゃあクルもやってみなさいよ!絶対アタシらみたいになるから!」
「やりませんよ。金の無駄ですから」
「はっ!そんな臆病でいいの?勝ったら逆に増えるのよ?行かなきゃ自称天才の名が泣くわ!このビビり!」
「いや、やりませんて。なんですかその安い挑発は、その手にはのりませんよ」
「……この、学校じゃボッチのくせに」
「なっ、ちがっ、はぁ?!そんな言うならやってやりますよこのアマァ!!」
安い挑発にクルは立ち上がると、ケイナとレイミと共にどこかへ走っていった。
「……ああはなるなよ。マイン」
「は、はあ……」
ため息混じりに席に着くと、残っていた鶏肉に手をつけた。
肉の旨味と胡椒の風味。実に簡素な味である。
しばらくクル達が悪戦苦闘しているのを眺めていると、ナーダと話し込んでいたはずのセリルが戻ってきた。
片手には丸められた紙を握られている。
「戻ったぞ。契約書ももらったし、もうここには用はない」
「話はもういいのか」
「ちょっとした世間話をしただけだよ。そんな話し込むほどじゃない」
「そうか……では、戻るとしよう。いつ何が起きるか分かったものではないからな」
ジン・セイヴハートによる全生物の進化。
どういう手口で行われるかは知らないが、ヤツがいつ行動に移すか分かったものではない。
今に始まってもおかしくはないのだ。
速やかにコーサスの元へと戻り……。
「そういえば、コーサスさんは何で来てくれなかったんでしょうか」
「そういえばそうだな……セリル、何か知らないか」
「……さあ、何でだろうな」
質問を投げた途端、セリルは露骨に顔を逸らした。
明らかに何か隠している素振りだ。
「おい。こっちを向け」
「なんでさ……マイン。この肉貰っていいか?」
「……ダメです。隠していること話してからにしてください」
「……困ったな。何も、ないんだけどなぁ」
「嘘つけ。泳ぎっぱなしの目を何とかしてから喋ってみろ」
セリルは困ったように背を向けるのみ。
コーサスと彼女の間になんの秘密があるというのか。
どうやって喋らせば……。
「……セリルさん。喋らないと棚にしまってあるお酒、全部レイミに飲ませちゃいますから」
「っな?!」
「いいぞマイン、もっとやれ」
「機車の荷物に隠してあるのも、私全部知ってますからね」
「いや……あれは結構するやつだから……その、やめてもらえると……」
「なら喋ってください」
光る眼光に、セリルは滝のような汗を流した。
我が妹(仮)ながら、いつの間にこんな逞しくなったのか。
「っ、ぅうう……いぃや!影の骨とは、依頼主の機密を守る組織なのだぁ!」
「あ、行っちゃいました……」
視線に耐えられなくなったのか、セリルは謎の捨て台詞を残すと、どこか遠くへと走っていってしまった。
酒で脅されているのに話さないとは、よっぽど話したかったらしい。
「……ま、帰れば分かるか」
なんてことない些細なことだと、この時は思っていた。
〜〜〜〜〜〜
「本当に、いいのですな?」
コーサスの声と共に、宿の奥深くに存在しているポータルは開いた。
このポータルは「進化の方舟」の本拠地の付近と繋がっている。
以前はマリ達を連れ、脱出のために利用されたポータルだ。
その重要、かつ危険であるポータルの前に1人の影が立っていた。
「はい。覚悟はできていますから」
「それは、なんの覚悟ですかな?」
「……あえて言うなら、危険へと身を投げる覚悟でしょうか」
「死への覚悟は」
「それは……どうでしょうね」
銀髪の魔族は薄く微笑んだ。
その笑顔はどこか儚げでありながら、どこか無機質なものであった。
「このことはマリ様には言わないでください。あの方なら、私のために動くかもしれないので」
「当然です。マリ嬢はジン討伐のためにも、必要な人材ですので」
コーサスに、彼に対する慈悲は無い。
彼が望んだ行動に、付き合ってやっているだけであった。
「行くとしても、何故今行かなくてはならないのですか?」
「タリムが戻れる内に、戻れるようにするためです。彼女とて、望んであそこにいるわけではありませんから」
「それは貴方が分かることではないでしょう」
「そうですね……でも、多分俺は今行かなくちゃいけないんです」
笑顔で死地へと臨む彼に、コーサスは顔をしかめた。
魔族でありながら何故他人のために命を投げるのか。
「_______________では、行ってきます」
こうしてウェルス・ブルーファングはポータルへと身を出した。
この事を知っているのは、コーサス・セイヴハートとセリル・イルギエナの2人のみである。




