その百七 信念
暗殺団「影の骨」団長室。
部屋の中にはデスクと来客用のソファーが置いてある。
中へと踏み込むと、重々しい静けさが漂い出した。
「なに突っ立ってやがるんです。座ってくださいよ」
「じゃあ失礼して……」
「セリルさんは座らないでください」
「あ、はい」
刺すような視線にセリルは縮こまる。
だが、当のナーダは拒絶するような素振りは見せず、落ち着いた様子で席に着いた。
「で、要件は?」
「あ、その、うぅ……すまん魔王、代わりに言ってくれるか」
「私達はそちらの暗殺団に協力を要請しに来た」
「依頼ってことですか。よくもまあ、面の皮が厚いというか、恥知らずというか。セリルさん」
「すまん。それは、本当にすまん……」
「5年も音沙汰なし。突然来たと思えば、過去の標的引き連れて来るとか、頭おかしいにも程があるってんですよ」
「いや、こ、コイツ実はだな」
「知ってますよ。魔族だか、魔王だかなんでしょ」
「……!!」
「職業柄、国の情勢云々には詳しいってんですよ。アンタ殺せって依頼もいくつかきてます」
ナーダは面倒そうに机上に紙束を取り出すと、後ろに放り投げた。
「ウチは討魔師のギルドじゃないんで断ってますけど」
「ナー坊、まさか協力してくれるのか?」
「バカですか。アンタら2人のこと、別に恨んじゃいません。依頼が来たところで殺すつもりにはなりません。けどね……」
ナーダは手元にあったナイフをワタシ目掛けて投げつけた。
刃は頬を通り過ぎると、薄皮を切りながら後ろの壁へと突き刺さる。
「気に入らないってんです。ウチを抜けた女も、ローナを殺したアンタも」
「っ!私はローナを殺してない!」
「知ってますよ。でも、死んだ時に目の前にいたって話じゃないですか?見殺しにしたも同然ってんですよ!」
さっきのナイフとは違う。
明確な殺意と共に、手元の鉄の針はワタシに向けられた。
「魔王なのでしょう?強いのでしょう?何故ローナを救えなかったんです」
「私は……!!」
「なんで、なんでローナが死ななくちゃいけなかったんですか!!」
怒号と共に鉄針は飛んだ。
凶器は一直線に、ワタシ目掛けて飛ぶ。
避けようと思えば避けられる。だがナーダのこの攻撃は、避けてはならない気がした。
「……?」
「いや、避けろよ。普通に危ないだろ」
針はすんでのところで、セリルによって止められていた。
「っ!アンタもアンタだ!何がしたいんだ!ウチを抜けて、急に見知らぬガキを育てだして!」
「コイツは魔王なんだ。ウチを敵視すれば、何をしでかすか分からなかった。だから、保護したんだ」
「はあ?だからって、何も言わずにいなくなるかよ!」
「いや、それは……本当にすまないと思ってる」
「そんな謝ったからって、今更戻って来たからって……!」
「本当にすまない。私のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
そう言ってセリルは跪き、頭を地につけた。
彼女なりに誠意を見せたつもりなのだ。
依頼を無視し、自分勝手に振舞ったセリルに出来ることがそれだった。
許すも、許さないもナーダ次第であったが……。
「だから、こいつの頼みだけはどうか聞いてくれないか」
「育てた恩があるからって……!アンタは、ズルい、です」
ナーダは押し殺すように呟くと、嘆息しつつも席に戻った。
頭を抱えたその表情には悲しみや恨み等、複雑な心情が入り混じっているようだった。
「……とりあえず、依頼内容を聞かせてください。それから、考えます」
「聞いてくれるのか?」
「いいから話してください!こっちの気がいつ変わるかわかりませんよ」
「……ああ、まずは_______________」
それからワタシは、ここに至るまでの道のりをナーダに話した。
リリナとの出会いから、ローナが死に至るまでも……。
「_______________ということで、私はこの暗殺団に依頼をしに来たんだ」
「つまり、王都にカチコミに行くから手伝えってんですか?」
「いや、カチコミと言うほど物騒に行く気はない」
「穏便に、は無理ですね。俺たちがいようと、王都との交戦は絶対に避けれませんよ」
「そうか……でも、それでも私は」
「ダメですね。俺は協力する気にはなりません」
「……わかった。では、邪魔をした」
「うぉい!ちょっと待てってんですよ!する気は無いけど、しないとは言ってませんって!」
部屋から出ようとしたワタシを、ナーダは引き止めた。
何やら難しい顔をしている。
「うーん……色々とそちらの事情は分かりました。ローナの死も、近年の騒ぎも、黒幕がいるって話ですね?」
「ああ。私達はそれを阻止したいんだが」
「それです。それが気に入りません」
「……なんの事だ」
「コーサスってやつの言うこと全て信じるなら、そうするのも道理っちゃ道理です。でもアンタ自身の意思が感じられません」
「私はコーサスから聞いて止めなきゃと思っただけだ」
「ここに来たのもそいつのお使いみたいなもんでしょう?なんでその本人がいないのかは知りませんけど_______________」
ナーダは席を立つと、ワタシと近距離で目を合わせて言った。
「芯がブレブレなんですよ。復讐したいと言っておきながらウジウジと。アンタの信念が見えない。何故、何を思ってそれを止めるってんです?」
「私の、信念……?」
言われてみて、初めて考えた。
ワタシが守ろうとしてきたもの。
最初はただマリの無念を晴らしたかった。
可哀想だと思ったから、セイヴハートが気に入らなかったから動いていた。
なのに何故、世界と新人類などという問題に関わっている。
「黒騎士となったマリを……いや違う」
マリだけでいい。
それは最初の思想。今は違う。
ジン・セイヴハートの計画が達成されれば、ほとんどの人間や魔族が死に絶える。
ミヅキもケイナも皆死ぬ可能性がある。
それを止めようとしているワタシが願っているのは……。
「……幸せでいて欲しい。私の手の届く範囲の人間、魔族、全てが幸せに生きていて欲しい」
「……!」
「魔王、お前」
「私が望んでいるのは多分、それだけみたいだ」
「……バカバカしい。何が魔王ですか。ただのお人好しじゃないですか」
すっと胸のモヤが晴れた気がした。
生きて欲しい人を守り、救う。
いつだってワタシの奥底にあったのはそれだけだったのだ。
「はぁ……分かりました。協力しますよ。「影の骨」は貴女達の依頼を受諾します」
「ナー坊……!いいのか」
「勘違いしないで下さい。完全にこの魔王を認めたわけじゃないし、セリルさんに関してもまだ許してません。いつか償ってもらいます。ただこれは……」
これは後に聞いた話だ。
屍術師の位と暗殺者の位。
初代五聖では、双子の兄妹であった二人。
時を経て血の繋がりは薄くなろうとも、この二人は必ず互いを思い合うという。
ナーダとローナは1度も声を交わしたことが無かった。
ナーダが闇の住民であるが故に、ローナを巻き込んでしまうのを恐れたからだ。
会ったことはない。それでも2人は互いの存在を意識し合っていた。
「アンタの信念がローナと一緒だったから。助ければ、ローナが少しは報われると思ったからです」
触れられないからこそ尊い。
ナーダは目を細め、何かを思い浮かべながら言った。




