その百六 歓迎
「着いたな……ここだ」
アジトの最奥にある一室。
石造りの壁に取ってつけたような扉が立ち並ぶ廊下の中、一際目立つ赤の扉があった。
「団長室」とご丁寧に名札まで下げてある。
「……魔王。覚悟はいいか」
「私はもう出来ているぞ」
「本当か?もう少し待ってもいいんだぞ」
「待たなくていい。顔も性格知らん奴を想像はできん。緊張しようにもできんのだ」
「そうか、お前にとっては初対面か。なら彼の容姿を教えておこうか……」
「いらん……セリル、どう見てもお前のが緊張しているぞ」
「そ、そそ、そんなことないだろ」
吃るセリルに嘆声を漏らす。
ヘタレたセリルが表に出てきたのだ。
ワタシやマイン達を前にしている時は、女丈夫を気取っているが、本質的な彼女はこっちなのだろう。
「会うのが怖いのか?」
「フッ、団長と言っても私が育ててた子だぞ。こっ、怖いわけがあるか」
「育児放棄したようなもんだ。お前の気質なら……そうだな。ソイツに何を言われるのかが怖いとみた」
「ギ、ギクゥ?!」
動揺のあまり、擬音らしき音を口にしている。
相当に参っているようだ。
「やっぱりな……」
「いい子だったんだ。私の言うことなんでも素直に聞いて……それこそ暗殺者になるような子じゃなかった」
「なら少しは感謝されてるかもな。最悪でも殺されはしないだろ」
「だからこそ怖いんだ……あの子に嫌われた、と思ったら」
「そうは言っても、入らないことには始まらないぞ」
「うぅ……あ、酒!酒は無いか?酔ってる状態なら会える気がする!」
「馬鹿者。交渉にすらならん。それこそ殺されるだろうが!」
ガ タ ン !
「ああもう!うっせぇですよ!用があるならさっさと入ってください!」
目の前のドアが勢いよく開いた、と思うとそこから銀髪の青年が現れた。
深い目のクマと顔に入った花のタトゥーが特徴的であった。
「あ……よ、よおナー坊。ひ、久しぶり」
「_______________セリル、さん」
セリルを見つめる屍術師の位ナーダの瞳には、困惑と動揺の色が滲んでいた。
「……とりあえず入ってください。話は中で聞きます」
しかし、ナーダは感情を噛み殺し意外にもワタシたちを招き入れた。
ひとまずは、とワタシ達は息をついた。
〜〜〜〜〜〜
「んだとテメェ!ぶっ殺すぞオラァ!」
「やってみろよオラァ!」
「テメェらオレの店の前で騒いでんじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」
「うへぇ……物騒すぎ……」
クル・スォートルはとある屋台の席で呟く。
見つめる先には殴り合う屈強な暗殺者達。
ちょうど今、屋台の店主らしき男がその殴り合いに参加したところであった。
「よっ、いしょっ!クルさん、お待たせしました!」
「ミーちゃん、ありがとう」
後ろからマインが両腕いっぱいに抱えた食べ物を置くと、すぐ隣に座った。
「……いっぱい買いましたね」
「はい!お店の人がいっぱいサービスしてくれました!」
「うへぇ……大丈夫?何もされませんでした?これ毒とか盛られてません?」
「きっと大丈夫です。話してみると皆さん良い人でしたし」
「順応早すぎるよ……てか、暗殺者に話しかけられるコミュ力がすごいよね」
「?なんです、コミュ力って」
「あぁ……ううん。こっちの話」
マインは首を傾げた後、手元にあった揚げた鶏肉を頬張り始めた。
「〜〜♡♡」
恐らく鶏肉を揚げて、何かの香料で味付けしただけの単純な料理だ。
どこで作っても同じような味になるであろう物を、マインは美味しそうに食べていた。
「本当、美味しそうに食べますよねミーちゃんって」
「はい、本当に美味しいです!これと、これはレイミに残しておきましょう♪」
「……あれ、そういえばケイニィとレイミさんはどこにいるんです?」
「うーん。何か現地の人とカードで遊んでくるって言ってましたよ」
「えぇ、カード?」
「はい。なんかお金をポイント?の代わりにして遊んでましたよ」
「賭博じゃん……ガッツリ賭博じゃん……むっちゃ楽しんでますやん……」
項垂れるクルに、マインは揚げた鶏肉を差し出した。
クルはうんざりとした表情をしながらも受け取り、かぶりついた。
「……クルさん、疲れてます?」
「はい。精神的に疲れてます」
「暗殺稼業の人といっても、皆同じ人ですから。そう思ったら、ここもお祭りみたいで楽しいと思えません?」
「いや……ここの居心地が悪いってことじゃないんです。むしろ賑やかでボクは好きですよ、ここ」
クルは殴り合う男たちを目で追いながら言った。
「じゃあ、なんでそんなに疲れてるんですか」
「……ミーちゃんはこういう食べ物初めて食べました?」
「?はい。形白の食料は大体支給された味のない携帯食料です……今までの01達もほとんどがそうみたいでしたからね」
「ですよねぇ」
「??」
クルは殴り合う男達をバックに、骨だけになった鶏肉を左右に揺らした。
どこか虚ろなクルをマインは不思議そうに見つめている。
「ボク達ここの用事が終わったら、王都に喧嘩売りに行くんですよね」
「喧嘩売りに、ってほど物騒にはならないと思いますけど」
「うーん……ミーちゃん。ミーちゃんには逆らっちゃいけない人っていました?」
「私は形白ですから。主人となる方には逆らえないように出来てますよ。今の主人は……リンク様です」
「でも、ミーちゃんは現在進行形でその人に逆らってるんですよね?」
「はい。いざ顔を合わせたら逆らえるかどうかは、怪しくなると思いますけど……」
「……怖くないですか?逆らうの」
「怖いって、多分少しくらいは……?クルさん、どうかしましたか?」
「ボクにも逆らっちゃいけない人がいるんです。それも王都に」
見ると、クルの目からは覇気が消え失せ、死んだような目になっていた。
机に突っ伏している腕は微妙にだが震えている。
「ボク達が王都に行けば、その人は絶対ボクの前に立ち塞がります……マリーの為にも、ボクはその人に頑張って逆らわなくちゃいけないんですけど……」
やがてクルの顔は腕の中へと見えなくなり、声も絞り出すような怯えたものになった。
「怖い、んです……今がその時じゃなくても、想像しただけで、どうしようもなく怖いんです」
「クルさん……!」
マインはその様子に何かを堪えれなくなったのか、クルの手を力強く掴んだ。
その行動に驚いたのか、クルは赤く腫らした瞳を上げた。
「っ、だ、大丈夫ですわ。クルさん」
「ミーちゃん……!」
「えと、どうやれば……その、すいません。何て言えばいいのか分かりません!」
「えぇ?」
「けど、大丈夫です!元気出してください!クルさんなら、できます!私だって、何とかなったんですから」
「ボクでも、大丈夫ですかね?」
「大丈夫です!できます、できます、できるったらできるんですよ!怖いとか、感情が原因なら、大事なのは気持ちの持ちようですから!」
「……っ、ぷふっ、ぷはははは!!」
「え、あっ、あの、クルさん、笑うところじゃないです」
クルは赤く腫らした目のまま、大声で笑い出した。
周囲や、その場で殴り合っていた男たちすら、クルの笑い声に驚き注目を集めた。
「ふふ、ご、ごめんね。ミーちゃんが必死にしてるのが、ちょっとおかしくって」
「む、確かに励ますのは下手かもしれませんけど!私なりに頑張りました」
「ごめん、ありがとう……もし良かったら、その人に会う時、ミーちゃんはそばにいてくれませんか?」
「……私で、いいのなら」
「へへへ……」
うってかわって、不満そうなマインと笑顔のクルは互いの手を握り合った。
謎の良さげな雰囲気に、屋台にいた者達は控えめな拍手をしだした。
殴り合っていたはずの男たちもいつの間にか和解して、肩を組み合っている。
突然の周りの反応にマインとクルは照れくさそうに笑った。
その直後。
「うわぁーっ!!」
「だから言ったじゃないですか!姫っ、このバカーッ!!」
「いや、だってこのタイミングならいけるって!!」
遠くから響いてきた声に、2人は思わず吹き出した。




