その百五 侵入
時は正午。
人が多く住む街では、最も人の通りが多くなる時間帯。
王都や三国、どの国からも遠く離れた、人気のない森の中に洞穴があった。
付近には見張っている人間が2人。
洞穴は水平に伸びていて、かなり大きい。
人が入れるどころか、馬車ですら容易に通れる大きさだ。
グォン グォン グォン
その洞穴に駆動音と共に近づく機車があった。
角張った鉄紺の装甲に、少ない窓からは重苦しい雰囲気が漂っている。
機車は洞穴の入り口近くまで来ると止まった。
「……どこの者だ?」
見張りの1人が機車に向かって聞いた。
やがて運転席の窓が開くと、運転手が顔を出した。
黒髪の長髪と切れ長の目の女であった。
「団員だ。実行係。機車コードは……確か、S-039だったか」
「S-039……だいぶ古い機車だな」
「こう見えて結構な古参なんだ」
「古参ねぇ。ん?確かにアンタの顔、見たことある気が……」
「悪い。時間がないんだ。行っていいか」
「う、うむ。記録したので、行ってよし」
ご苦労、と窓を閉めると機車は洞穴の奥へと進んで行った。
エンジン音と微振動する機車の中。
ワタシ達は暗闇に埋め尽くされた視界で、目的地への到着を待っていた。
「本当にあっさり通れたな」
「この機車は私が現役の時に、団から借りてたやつだからな」
「そういえばいつの間にか乗ってたな。こんな物どこに隠してたんだ?」
「分解して家周りの木に隠してたんだ。案外バレないもんだよ」
「そりゃ私も気づかなかったくらいだからな……もしかしてあの時に一から組み立てたのか?」
「当たり前だ。流石に1人じゃ時間かかったけどな」
数分、暗闇のトンネルをしばらく進むと、射し込む光を合図に機車は止まった。
窓に広がったのは、広大な石の空間。
山の中とは思えないほど照らされた空間は目を張るほどに広く、高かった。
人通りは意外にも多く、屋台のようなものがいくつも建っている。
多少狭いが、賑わいは普通の街と遜色ない感じだ。
機車が多く止まっている地点に到達すると、セリルはハンドルから手を離した。
「到、着と。ここが暗殺団「影の骨」の本拠地だ」
「ようやっとか。さて、とりあえず降り……おい、どうしたお前ら」
機車から降りようと振り向くと、その場から動こうとしない四者の姿があった。
皆それぞれが青い顔をしている。
「あの……マリー?ここわりかしアウトローな場所ですよね」
「当たり前です。人殺しを生業とする者のアジトですから」
「そこらにいる人が通り過ぎるついでに刺してきたり、するんじゃないですか!?」
「いや知りませんけど……なんで着いて来たんですか」
「ア、アンタがまた無茶しないように見張るためよ!何も言わずに行こうとするんだから!」
震えながら声を荒らげるケイナ。
後ろのマインとレイミも同じような様子で、何も言わずに頷いている。
「頼る時はちゃんと頼るのだ。ったく、ならどうするんだ。用事終わるまでここで待つか?」
「出ても大丈夫だぞ。ウチの奴ら、見た目の割には落ち着いた奴が多いからな。目立ったマネしなけりゃ居心地はそれなりに良いぞ」
「……と、元人殺しが言ってるが」
「「……。」」
「おいお前ら。何故黙る」
車内は静寂に包まれた。
〜〜〜〜〜〜
煙舞う屋台、賑わう雑踏。
ランタンで照らされたを洞窟らしい冷たい風が吹き抜ける。
あの後、ワタシ達は目的を果たす組とアジト観光組の二手に分かれ行動を開始した。
当然、ワタシとセリルは目的を果たすべく人の群れをかき分けていた。
「ったくアイツら、慣れてきた途端に観光するとか言いよって……」
「魔王が人間の心配か」
「ここを歩いている奴らは皆、裏稼業の者なのだろ?万が一もありえる」
「全員がそうじゃない。直接ここに依頼しに来ただけの健全な奴もいるし、表に出られなくて住み着いてるだけの普通の奴もいる」
「表に出られずこんなとこに住み着いている人間は普通ではない……」
「そうか?でも傍からじゃこの人混みも、ただの人混みに見えるだろ?」
「これだけ人がいれば当然そう見える」
「世の中そういうもんだ。数多けりゃ全員の本質なんてよく見えないもんだよ。良い例として、私みたいな優しい暗殺者もいることだしな」
「……そういうことにしておく」
セリルの口数がいつもより多い気がした。
久しぶりの職場(?)で気分が盛り上がっているのか。
それにしては、表情は少し浮かない感じであった。
「ちなみにこれはどこに向かっているんだ」
「アジトの核。まあ所謂、ここの王様に会いに行ってるんだ」
「暗殺団の団長ということか。そういえばセリルはここではどういう立場だったのだ」
「副団長。上から2番目だった」
「?!……意外にも高位だな。女子供も殺れないクセに」
「現役の頃なら多分、やろうと思えば殺れてたんだ」
「何かあったのか?」
「引退する前、まだ幼かった団長の教育係をしてたんだ。前の団長は亡くなってたその代わりにな。だから、その時は実質的に私が団長だった」
セリルは昔を思い出すように、しみじみと語った。
「その時に、ザイン・セイヴハートから依頼が来たんだ。セイヴハートは結構贔屓にしてたから断れなかったんだなこれが」
「その依頼が、マリを殺す依頼だったわけか」
「まあいけるだろ、なんて思ってたが、その時の少女が団長と同じ年齢だったから躊躇った。てか、殺せなかった」
「今なら殺れるんじゃないか?その魔王も」
「今更やるかバカ」
セリルは笑って返した。
そこに殺しを生業とする者の表情は見当たらない。
向けられたのはいつも通りの穏やかな瞳であった。
「あの依頼から四年経ったが、私はこっちに1度も連絡を入れてないんだ……今日はその、ケジメをつけに来た」
「自業自得だな。最悪殺されるんじゃないか」
「最低でも恨まれはするだろうな……でも実は、お前もそこまで他人事じゃないんだよな」
「は?何故だ」
「魔王、お前五聖の位を全て言えるか?」
「何を急に……戦士の位、暗殺者の位、僧侶の位、魔術士の位、あとは……?」
「屍術師の位。表向きに公表されてないが、勇者は実は五聖の一員じゃないんだ」
「……初耳だぞ」
「今から会う団長が今のそれだ。覚悟しておけ」
「どうして私が覚悟しなきゃなんだ」
「団長の名前は、ナーダ・シャリテナ。」
「シャリテナ……!ローナと同じ家名か」
「そう、暗殺者の位の遠い親戚だよ。入る時は申し訳なさそうな態度でいった方がいい」
聞いた途端に、体が小さく強ばった。
ローナ、つまりリリナに関係する者。
彼女の死を目の当たりにしたワタシが、その者にどんな顔を向ければいいのか……。




