その百四 一呼吸
「_______________。」
「あれ、マリー?なんですかその顔」
「どうかしたの」
「……これ、固まってますね」
コーサスが魔王の正体を暴露した直後。
マリは口を開け、何も言わず虚空を見つめていた。
「姉さん……もしかして一度に話すには情報過多だったんじゃ……」
「ほっときゃ起きますよ……あれ、マイン様もう平気なんですか?」
「……?」
「ほら、前はコイツの顔見ただけで調子悪くなったとか、なんとか」
「……あれ。ほんとですね。触っても平気みたいです」
「そう言うケイニィも、マインちゃんに対して気持ち悪い動きしなくなりましたね」
「っ、んんん!マインちゃんとか気安く呼ぶんじゃないわよ!アタシだって読んだことないのにぃぃぃ!!」
「いがががが!やっぱ変わってない!呼び、た、いなら呼ん、だら、いいじゃないですか!!」
「……あ、クルさん。私も、何かあだ名で呼んで欲しいです」
首を極められるクルに、マインはキラキラした期待の目を向けた。
その様子にケイナは恨めしいような、羨望の眼差しで腕を締め続ける。
「ぅぁ、マインちゃんは……そうだな。マイーン、いやマイニィ、ミニ、ミニー?」
「かっ、かわいいの!かわいいのを希望します!」
「……クル様。ついでに私もお願いできますか?」
「えっ……レイミ、さんも?」
「ダメですか?」
「いや、ダメってぇわけじゃないですけど……」
「……?クル、アンタなんかレイミに対してだけ謎によそよそしいわよね」
「え……だって、レイミさんは大人の女性だし、なんか普通に接するには恥ずかしいっていうか……」
「なに、アタシやマイン様はガキだって?」
「ケイニィは同級生だし、マインちゃんは背がボクより小さいし、年下って印象がありますからね」
「……レイミより私のが年上なのに」
「同級生でも、アタシは年上なんですけど!」
詰め寄る女性陣にクルは唸った。
彼女らは何やら、レイミとの接し方だけ違うのが気になるらしい。
クルは絞り出すように、理由を述べた。
「ほ、ら……レイミさん大人っぽいし、落ち着いてるっていうかさ」
「なんかハッキリしないわね。言いたいことあるなら言いなさいよ」
「う、ん……でもやっぱりおっぱ」
「オラァ!!」
クルが言い切る前に、ケイナの鉄拳が炸裂した。
彼が何を言おうとしたのか、誰も知る由はない。
「平和ですな」
遠巻きで眺めていたコーサスがしみじみ呟く。
その後ろから、細身な影が歩み寄って来た。
「本当、昨日のが嘘みたいな光景ですね」
「ウェルス殿。ご気分はいかがですかな?」
銀髪の青年が眠そうな顔で、コーサスの隣りに座した。
「良かったのですな。進化の方舟を抜けて」
「はい。元よりあの組織に手を貸す気などありませんでしたから」
「ご親友だという魔族を連れ戻すのは、もう諦めたのですか?」
「……いえ。まだです。彼女はいずれ絶対に引き戻します」
ウェルスの変わらない表情の中、唯一瞳だけが鋭く熱を帯びていた。
馳せる思いは、ただ1人の魔族に向けて。
「絶対に、僕が」
〜〜〜〜〜〜
「それで……あむっ。協力ひてやるが、まずは何をすれば良いのだ」
過度な情報によるフリーズから目覚めたワタシは、朝食を食べながらに言った。
ケイナやマイン達は街に買い物へと出掛けていったらしい。
この場にいるのはコーサスとワタシ、あとは地に伏したセリルのみであった。
「ワシの父、ジン・セイヴハートは想像もつかないほど強大です。どう力を合わせたところで、正攻法ではまず勝てないでしょうな」
「だろうな。最低でも私以上の力は持ってるんだ。勝算はあるのか?」
「あります。それには、貴方を封印した術式がカギとなりますが」
「封印?となると、どうすればいいのだ?」
「王都に向かう必要がありますな」
「王都か……」
その情景を頭に浮かべた。
王都には久しく訪れていない。
あの学校やセイヴハート邸はどうなってるだろうか。
今思えば、ワタシの現状は封印の間から出た当初とは大きく外れてしまっている。
「では、向かうとなれば善は急げだろう。まず向かう準備でも」
「無理でしょうな。今の我々だけで王都に向かうのは」
「……と、言うと?」
「ワシ達は恐らく父に警戒されています。今こそ見つかっていませぬが、目立つマネをすればヤツはワシらを始末しにすっ飛んで来るでしょう」
「今は大丈夫、なのか」
「恐らく、息子であるワシが生きているとは知りません。寿命で死んだとでも思っているのでしょうな。気づかれていないこの現状があるからこそ、慎重にいくべきかと」
コーサスの枯れた肌が皺で歪んだ。
人間にも関わらず、何百年もの寿命。
この原因はおそらく魔族と同じで、魔力の充足によるものだ。
魔力に満たされた空間というのは、時間の流れをある程度抑えられる。
それを人体で行っているだけのこと。
「ワシらに必要なのは貴方の遺体を封印している術式。あれは父が自ら編み出したものです」
「よく分からんが、それを無事に得るには目立たずに王都へ入り込めというわけか」
「はい。ですが、度重なる襲撃で今や王都の警戒レベルは最高潮。三国とも手を組んだのですから、生半可な警備ではないでしょうな」
「随分脅すじゃないか……それで、どうするんだ?」
「協力を要請します。ワシらよりも遥かに隠密に優れたある団体に」
コーサスは小さなバッジを出した。
黒い山羊の頭蓋を模したデザインが記されているバッジだ。
裏にはある団体の名が彫られていた。
暗殺団「影の骨」
「ちょうどよく、ワシらにはコネもあります」
「……なるほどな」
ワタシは地に伏している保護者目掛けて、呆れの視線を飛ばした。
セリル・イルギエナ。
この女が、今後の我らの命運を握っているのだ。
「……ん、んぐ……ご」




